第21章「捕縛の鎖」
林を抜けた一行の前に、緩やかな丘陵が幾重にも重なり合う光景が広がった。
東の地平を覆う稜線は朝靄に霞み、白くぼやけている。
「……ここで休もう」
シバが周囲を確認し、低く告げた。
大小の岩が折り重なる岩場。冷たい川を越えて辿り着いたこの場所は、身を隠すにはうってつけだった。だが同時に、岩を崩せば敵の足場を断てる戦術的な地形でもある。
岩陰に身を寄せ、火は焚かずに干し肉をかじる。水筒を回しながらも、誰一人口を開かない。
疲労は重く積み重なっていたが、背後に迫る灰徴兵団の気配を思えば、安眠など望めるはずもなかった。
次の瞬間、鎖の束が岩場を叩き割り、一行を包囲するように四方から伸びた。
「捕らえろ! 生きたままだ!」
姿を現したのは、灰徴兵団の捕獲部隊だった。重鎧を纏った兵が列を組み、網と鎖を操る影兵が岩陰から迸る。
鎖はただの鉄ではない。節ごとに棘のような突起が仕込まれ、絡みついた肉を裂き、毒を滲ませる仕掛けがあった。網の繊維は影に侵食され、斬っても再生する。
「やっぱり狙いは、あたしか犬っころだな!」
ライカが背の双剣「牙音」を抜き、牙を剥いた。
鎖が唸りをあげてシバを絡め取る。足を取られた瞬間、岩の上から別の兵が跳びかかる。
「っ……!」シバは軍用ナイフで鎖を弾き飛ばすも、腕に鋭い痛みが走る。切り傷に、熱が広がっていく。
翠が駆け寄り、低く罵声を吐いた。
「クソ、毒か……!」
持ち歩いていた小瓶を開け、傷口に薬液を押し当てる。じゅっと音を立てて泡が立ち、シバが低く唸った。
「我慢しろ。今、神経を焼いてる。動けなくなる前に散らす」
「岩を崩せ!」アズラの声が鋭く響いた。
筆が岩肌に走り、光の符が浮かび上がる。次の瞬間、地鳴りが轟いた。
ごろり、と巨岩が揺れ、さらに上から連鎖するように大小の岩塊が崩れ落ちる。
轟音と土煙が狭い岩場を覆い、捕獲兵たちの陣形を呑み込んだ。
「ぐあっ……足場が──!」
兵の叫びと共に、鎖を振るう影兵が岩とともに押し潰される。
だがアズラの額には玉のような汗が滲んでいた。
「……術式を重ねすぎた。持って……二度が限界だ……!」
筆を支える手が震え、彼自身も崩落に巻き込まれかけて膝をつく。
崩落で生じた一瞬の隙を、シバは見逃さなかった。赤布を握り締めると、布が熱を帯びる。
だが先の戦いで燃えるように輝いたほどではない。淡い光が縁を走る程度にとどまった。
「……まだ本気じゃないのか」
歯を食いしばり、軍用ナイフを構える。光は弱くとも、敵を退ける意志だけは揺るがなかった。
ライカは四足に沈み込み、双剣を閃かせる。
「牙音ッ!」
交差する刃が捕獲兵の網を裂き、裂け目から影が霧散する。
綺羅はその影を利用し、別の兵の足を絡め取った。
「影に喰われてろ!」
動きを止められた敵を、ライカがまとめて斬り払う。
その時、捕獲兵の一人が角笛を吹いた。乾いた音が岩場に木霊する。
「増援が来るぞ! 退け、作戦を切り替える!」
敵兵たちは崩れた岩場を利用して後退し、鎖を引きずりながら闇に消えていった。
岩場には破れた網と鎖だけが残され、風がざわめきを運んだ。
翠は荒く息を吐き、シバの腕を確かめる。
「痺れは残るだろうが、命に別状はねぇ。だが……狙いはお前だ、シバ」
シバは黙って頷き、赤布に触れる。淡い光はすでに消え、ただの布切れのように沈黙していた。
「……捕獲じゃなく、奪取だな。赤布ごと」アズラが呟いた。
彼の視線の先には、崩れた岩の隙間に残された灰徴兵団の刻印があった。
朝靄に霞む稜線を見据え、一行は再び歩みを進める。
捕獲の鎖を振り払った足跡が、確かに東へと続いていた。




