第19章「牙音の咆哮」
町を後にした一行は、北の街道を避け、西へと逸れた。
古い石畳は苔に覆われ、途切れ途切れに獣道へと変わる。湿った林の空気がまとわりつき、木漏れ日の下では薄靄が漂っていた。
「……足跡だ」
シバの鼻がぴくりと動く。湿土に刻まれた靴跡は複数、しかも新しい。
その直後、茂みから矢が放たれた。金属が空気を裂く音と共に、地面へ突き刺さる。
「灰徴兵団……!」
翠の目が細く光る。
斥候兵が吠え、林に鬨の声が反響する。十数人の兵が影のように木々から現れ、槍や剣を構えて突進してきた。粗末な鎧に灰色の布を巻き、瞳は血走っている。
矢が放たれた瞬間、ライカの体が地を蹴った。
「速ぇ……!」
綺羅の瞳が見開かれる。
四足に身を沈め、狼の本能そのままに駆ける。土を抉り、獣道を風のごとく走り抜ける。背中の双剣が金属音を響かせながら揺れ、彼女は一気に間合いを詰めた。
跳躍。
刃が背から閃き、交差する。
「牙音ッ!」
双剣が空を裂き、前列の斥候三人をまとめて叩き伏せた。鉄と肉が裂け、甲高い金属音と獣の唸りが重なり合う。
「まだまだだろうがッ!」
背後から迫る槍兵に、振り返りざまの一閃。左右の刃が狼の爪のように軌跡を描き、血飛沫を撒き散らす。
牙が鳴るたびに、乾いた林に澄んだ響きが反射する。金属音はただの音ではなかった。
それは敵兵の心を削り、勝利を呼ぶ予兆のごとき「牙音」だった。
「や、やべぇ……!」
「一人で十人も止める気かよ……!」
兵たちの声が震える。だが恐怖が広がる前に、指揮役らしき大柄の兵が怒鳴った。
「怯むな! 囲め!」
四方から槍が突き出される。
ライカは一歩も退かない。双剣を交差させ、槍を弾き、反動で身体を回転させる。狼の尾が空を切り、銀白の刃が連続して閃いた。
「はッ!」
短い気合と共に一人の腕が飛び、絶叫が木霊する。
さらに別の兵が背後から迫る。
ライカはわざと一瞬背を見せ、飛びかかるタイミングで低く沈んだ。四足の姿勢から跳ね上がり、喉笛を裂く突き上げ。
「ぎ……っ!」
血が噴き、兵が崩れ落ちる。
残る斥候が怯え、半歩退いた。
その刹那、ライカが地を踏み鳴らした。
——牙が鳴る。
双剣が同時に斬り下ろされ、最後の抵抗も打ち砕かれた。
戦場に沈黙が訪れる。木々のざわめきと、血の滴る音だけが耳に残る。
「はぁ……ッ、まだいるな!」
肩で息をしながらも、ライカの瞳は爛々と輝いていた。
シバは無言で頷き、軍用ナイフを握り直す。
翠は煙草を咥え直し、冷ややかに吐き捨てた。
「……派手にやるじゃねぇか。こりゃ“銀の牙”って通り名も伊達じゃねぇな」
綺羅は小さく笛を吹くように口笛を鳴らし、笑う。
「こりゃ頼もしいのが増えたねぇ」
アズラは筆を握ったまま戦場を見渡し、血に倒れた斥候の徽章を確認した。
「灰徴兵団……この先に本隊が潜んでいるやもしれん」
息を荒げながらも、ライカはにやりと牙を覗かせた。
「なら、ちょうどいいじゃねぇか。面白そうな方に賭けるぜ」
シバは赤布をなびかせたまま、その瞳で彼女を見据えた。
次の瞬間、言葉なく歩みを再開する。
森は再び静寂を取り戻し、しかしその奥にはさらなる脅威の気配が潜んでいた。




