第14.8章「残された村と翠の決意」
朝の光が村を洗っても、空気の重さは消えなかった。
黒く焦げた柵、崩れ落ちた屋根、踏み荒らされた畑。勝利はした——だが、代償は小さくない。
「……三人、駄目だった」
村長の低い報せに、広場が静まり返る。
名を呼ばれた遺族が声を殺して泣き崩れ、幼い子が母の胸で嗚咽した。
「だけど……」若い男が、握った鍬を見つめて言う。
「もっと多くの命が奪われてたはずだ。みんなが踏ん張ったから、生き残れた」
誰かが「ありがとう」と言い、別の誰かがそれに続く。
泣き顔に、それでも小さな笑みが灯る。
シバは耳を伏せて立ち、綺羅は視線を斜めに落としながら拳を握る。
アズラは筆を胸に抱え、封じた黒い欠片の方角へ短く目をやった。
「今後のことだ」
村長が顔を上げる。「見張りを強める。東の畑道に見張り台を立てる。罠の位置は記し直して、夜になったら火種の藁束を補充しよう」
「裏山の洞窟は当面の避難所だな」「橋の補修は明日からやる」
ハルじいが剣の鞘を叩いて笑う。「わしの腕も、まだ鈍っちゃおらん。若いの、稽古つけてやるぞ」
アズラが頷く。「念のため、結界符を三枚置いていく。完全じゃないが、影の気配が濃くなれば鳴く仕掛けだ」
村人たちは真剣に頷き、符の扱いを教わった。
その輪から一歩抜け、翠が前に出る。
白衣の裾は煤に汚れ、指には包帯の白。だが瞳は澄んでいた。
「私も、行く。あんたたちだけじゃ無茶ばかりだ。医者が必要になる」
「センセイ……行っちゃうの?」
涙目の子が裾をつかむ。翠はかがみ、目線を合わせた。
「……約束する。だから行ってくる」
ぶっきらぼうで短いが、揺るぎない言葉。
子は唇を噛み、力いっぱい頷いた。
「センセイ、気をつけて」「必ず戻ってきておくれ」
村人たちの声に、翠は一度だけ軽く会釈した。
シバが1歩を踏み出す。
「行こう」
綺羅が肩を回し、アズラが筆袋を正す。翠は無言でシバの隣へ並んだ。赤布が朝風に揺れ、四人の影が地面に長く伸びる。
彼らは北へ——灰徴兵団の拠点へと続く道を、静かに歩き出した。
背後には、失ったものの大きさと、それでも生きるために立ち上がろうとする村の姿があった。




