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第14章「夜明けの光廊下」




咆哮に応えるように、シバの赤布が輝きを増していく。

その光は、夜を裂く狼の遠吠えの余韻と混じり合い、闇を押し返すように広場を照らした。

影がうねり、死兵が呻き声をあげる。黒い糸に操られた骸たちが軋む音は、耳障りな絶望そのものだった。


「……もう時間がない」

アズラの息が荒い。瞳は光を映しながらも、筆先を握る指が震えていた。

翠が彼に駆け寄り、皮の小瓶を差し出す。

「飲め。強心滴よ。あと四半刻は動けるはず」

「……助かる」アズラは苦笑しつつも、喉を震わせて飲み干した。


綺羅は左翼に回り、鍋蓋を叩いて太鼓のように響かせた。乾いた草に火をつけ、煙を漂わせながら叫ぶ。

「こっちだよ! 化け物め、ついてこい!」

その声に合わせて村人たちが鍬や槍を構え、音に合わせて動きを同期させる。


「……畦道だ」

アズラが筆を振ると、地面に二筋の光が走った。導光の碑文──照縄だ。

畦道を挟み込むように光が線を描き、影の進路を縛る。

「光は光で増幅できる。赤布の輝きと重なれば……奴を廊下に閉じ込められる」


シバは二足で構えた。赤布を翻し、影の群れへ挑発的に吠える。

次の瞬間、四足に切り替え、地を蹴った。羽織の裾に刺繍された「風守」がかすかに揺れ、追い風のように足を後押しする。

彼自身は気付かぬまま、風が背を押していた。


照縄の光廊下が完成し、影がその中へ誘い込まれる。左右への広がりが削がれ、動きが縦へ縛られた。

「今だ、押し込め!」綺羅のナイフが影兵の喉を貫く。

村人たちの火矢が一斉に放たれ、炎が影を縫い止めた。


だが、影の反撃は苛烈だった。

地面から伸びた黒い手が、シバの足首を掴もうと伸びてくる。

「っ……!」赤布を振り払うと、焦げる音がした。影が後退する──赤布の力が確かに影を痛めつけている。


その瞬間、赤布の端に刻まれた刺繍が一つ、赤く燃え上がった。護紋──焔紋だ。

熱が一気に増し、殻持ちの影兵を焼き払う。

だが同時に、シバの前脚に灼けるような痛みが走った。

「ぐっ……!」

熱が逆流する。護紋は力を与えると同時に、痛みを分け合うものだった。


アズラが呻きながらも筆を走らせ、光の強度を上げる。翠がシバの腕を掴み、応急処置の布を巻く。

「まだ持つ! あんたは倒れるな!」

綺羅が煙幕を追加し、影の注意を引き続けた。


やがて──東の地平が淡く染まった。

一条の黄金が畦道を貫き、光の廊下に差し込む。

影が甲高い金切り声をあげ、溶け崩れていく。死兵たちも糸の切れた人形のように倒れ伏した。


しかし、裂け目そのものは消えなかった。

残されたのは黒い欠片──冷たい石のようなもの。

アズラがそれを見つめ、「これは……座標の媒体だ。だが素手で触れるな」と低く告げる。


村人たちが安堵の息を吐く中、翠は負傷者の手当てを急ぎ、綺羅は震えない手でナイフを拭った。

シバは前脚の痛みに顔を歪めつつ、残骸を睨む。

「……必ず、あの影の主に届かせる」


その時、遠くの空に白い狼煙が上がった。

「見ろ! 西の街道だ! 白い外套の一群がいる!」

村人の声に、アズラの目が鋭く光る。


東の空は、既に朝を迎えようとしていた。






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