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第8.5章「寄り道の誓い」




夜の森を抜け、三人は小さな沢のほとりに腰を下ろした。

戦闘の疲れが骨の髄まで染み込んでいるようで、誰もすぐには口を開かない。


アズラが火打石を打つと、ぱち、と乾いた音と共に火花が散り、やがて小枝に炎が灯る。

綺羅は不満げに背嚢から干し肉を取り出し、ぶっきらぼうに言った。

「とりあえず食っとけ。……さっきの“影”、正直、洒落にならなかったよね」


アズラは焚き火に眼鏡越しの瞳を映し、短く答える。

「光と影は相克する。だが、あれはまだ“試し”に過ぎない。奴らが本気を出せば――」


「言わなくていい」

綺羅が遮る。その声には強がりと苛立ちが混じっていた。


シバは黙って赤布を膝に広げ、指先でその端をなぞる。

炎に透かした布は、夜気の中で小さく揺れていた。


――護りであり、縛りでもある。


自分にそう言い聞かせるように、シバは目を閉じた。

「……必ず、終わらせる」


低く呟いた声は炎に溶け、星空へと昇っていった。



---


その夜は交代で見張りを立てた。

最初はアズラ、次にシバ、最後は綺羅。

彼女は「眠い眠い」と文句を言いながらも、夜明けまでしっかりと目を光らせていた。


朝――。

冷たい朝露がシバの毛を濡らす。

曇天の空の下、三人は北へ向かう街道を歩き出した。

半日ほど進んだ頃、風に焦げ臭い匂いが混じる。


丘を越えた先に広がっていたのは、焼け落ちた村だった。

黒焦げの家々、踏み荒らされた畑。

静寂の中で灰が舞い、足元に積もる。


倒れかけた柵にもたれ、かろうじて息をしている老人が一人いた。

煤で真っ黒になった着物は破れ、片腕には粗末な包帯。

足を引きずり、瞳は恐怖に曇っている。


「……わしは、この村で木を伐って生きてきた……」

老人は掠れた声で語り始めた。

「女房も子も、孫も……皆やられた。

 わしだけ、納屋の下敷きになって、死んだふりで……こうして生き残っちまった……」


綺羅が息を呑む。アズラは表情を変えず、静かに耳を傾けた。


老人は震える指で西を指した。

「“カザル村”が危ない。ここより大きい村だが、防備は薄い。

 男の大半は徴兵で取られ、残るは年寄りと女と子供ばかり……

 昨夜、偵察兵の影を見た。間違いなく、次はあそこだ……」


その言葉は灰の臭いよりも重く、胸に沈んだ。


綺羅が眉を寄せ、声を荒げる。

「寄り道なんかしてたら、本来の目的が遠のくよ!」


アズラがゆっくりと眼鏡を押し上げた。

「だが、見捨てれば同じ悲劇が繰り返される」


シバは赤布を握り締め、一歩前に出る。

「助けに行く。誓いを違えるわけにはいかない」


綺羅は舌打ちをして顔を背けた。

「……あんたって、本当に融通が利かないね」

それでも彼女の口元はわずかに緩んでいた。


アズラは微笑みを隠すように咳払いをし、

「ならば決まりだ。西へ向かおう」

と静かに告げた。



---


北へと続く街道を離れ、三人は西へと足を向ける。

道は狭く、丘陵を越え、川を渡らねばならない。

それでも躊躇う者はいなかった。


寄り道であろうと――救える命があるなら。


その先で待つのは、まだ見ぬ仲間。

灰に覆われた村を守る、ただ一人の医師。






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