第7.5章「灰徴兵団・残火」
戦場の残骸に、まだ熱がこもっていた。
焦げた匂いと血の鉄臭さが入り混じり、夜風に流れていく。
私は、黒く焼け焦げた仲間の腕を必死に引きずっていた。
かつて鍬しか握ったことのなかったこの手で、今は剣を振るい、そして同胞の亡骸を運んでいる。
農村の端に生まれた私が、なぜ灰徴兵団にいるのか。……答えは簡単だ。
「従え」と言われたからだ。逆らえば村も、家族も焼かれる。
だが今、胸を掴むのは敵の恐怖ではない。
――味方であるはずの幹部、その存在の方がよほど恐ろしいのだ。
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「貴様のせいで兵が半数燃え尽きた!」
牙様の怒声が響く。
顔を上げれば、岩を砕くような勢いで焔様に詰め寄っていた。
その背を見て、思わず息を呑む。
あの獣のような男が……苛立ちの裏に、わずかな怯えを含んでいるのを、私は確かに感じた。
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焔様は、子供のように首を傾げて笑った。
「だって壊れちゃったんだもん〜。
灰王さまが許してくれるよ〜」
その名が出た瞬間、空気が凍りついた。
兵も牙様も、誰一人として言葉を返せない。
私の喉がひゅっと鳴り、呼吸が止まりかける。
焔様は無邪気に手を振りながら続けた。
「灰王さまはね〜、言ったんだよ〜。
『遊んでいい』って。だから燃やしても、壊してもいいんだよ〜」
兵士の一人が吐き気を堪えきれずに膝をつく。
だが、誰も咎めなかった。
咎めること自体が、命を捨てる行為だからだ。
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「……貴様と組まされるとはな」
牙様が吐き捨てる。
拳を固め、焔様を睨むその表情には、怒りと同じくらいの嫌悪が混じっていた。
焔様は笑顔を崩さず、指先に炎を揺らした。
「え〜? 一緒に遊ぼうよ、牙ぁ〜。
せっかく兵も燃えてくれたんだから、次は君も燃えようよ〜?」
牙様の巨体が、わずかに後退する。
あの獣人のような怪力が……子供じみた狂気に押されている。
私は戦慄した。
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その時だった。
炎の揺らぎに、さらに冷たい闇が重なった。
「……赤布の犬は、生きている」
振り返れば、そこに影様がいた。
黒布に包まれた輪郭は揺らめき、足音もなく岩陰から滲み出た。
影様が一歩進むたび、炎の明かりが淡く揺らぎ、彼の輪郭は煙のように溶ける。
「闇は逃さない。どれほど走ろうと……赤布は影に絡め取られる」
兵士たちの背筋が一斉に凍りついた。
私自身、足が地に縫いつけられたように動けない。
牙様が低く唸る。
「勝手にしろ。ただし、俺の獲物を横取りするな」
「ふふ……狩りに、順番など要らぬだろう」
影様の声は、耳ではなく背骨に直接響いた。
焔様は面白そうに手を叩いた。
「わぁ〜、影だぁ! 一緒に遊んでくれるの〜?」
だが影様は焔様を見向きもせず、闇に溶けて消えていった。
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私は気づいてしまった。
幹部同士すら互いを憎み、恐れている。
組織を束ねているのは「絆」ではなく、ただひとつ――灰王の支配。
あの名を思い浮かべただけで、喉が焼けるように渇いた。
もし次に「赤布の犬」とやらが我らの前に現れたなら……
恐ろしいのは敵ではなく、味方の幹部の方かもしれない。
震えは、止まらなかった。




