第1章「誓い ―赤布の犬―」
戦後十年。荒廃した大地を駆ける獣人シバは、師の遺した「赤いスカーフ」に誓いを刻み、藍翠の羽織に眠る遺志を背負って逃走する。碑文術という代償つきの力が支配する世界で、孤独な旅人は仲間と出会い、やがて世界を揺るがす戦いに挑む。
――赤は誓い。藍翠は遺志。その両方を背負い、影は走る。
「誓いを忘れるな」――その声だけが、今も首に巻かれた赤布に残っている。
夜風が荒野を吹き抜け、布を裂くように翻した。
藍翠の羽織は影に沈み、犬とも人ともつかぬ影が疾走する。
四足で砂を蹴り、荒野を駆け抜ける姿は獣のよう。
だが翻る二色の布は、ただの獣にはない意志を示していた。
背後で砂を踏みしめる音が迫る。
金属の擦れる音、甲冑の重み、そして吠え声。
追手だ。三……いや、四人。
「見えたぞ!赤布の奴だ!」
「逃がすな、捕らえろ!」
怒号が荒野に響いた瞬間、矢が闇を裂いた。
シバは身をひねり、赤布が閃光のように翻る。
矢は藍翠の裾を裂き、布の切れ端が宙に舞った。
「くそっ、外した!」
「走り方が人間じゃねぇ……!」
舌打ちしながら、シバは短剣を口に咥える。
四足のまま崖へ突進し、その勢いで跳躍した。
一瞬だけ二足に切り替え、崖を駆け登る。
「師なら、ここで迷わず飛んだ……」
心の声を噛みしめ、腰の袋から粉チョークを取り出す。
崖肌に素早く碑文を走らせた。
――《封結》
淡い光が石に広がり、岩の壁が盛り上がる。
追手の兵が足を取られ、悲鳴を上げて転げ落ちた。
「術だ!あの犬、碑文術を使いやがる!」
「近寄るな、代償で動けなくなる!」
怒号とともに矢が次々に飛ぶ。
だが崖上に立つシバの姿は、影に紛れて見えにくい。
指先が痺れ、呼吸が荒くなる。
小さな術でも代償は確かに牙を剥く。
「まだ全力は……使えない」
崖の上に立ち、赤布を結び直す。
藍翠の裂けた裾が夜風に揺れ、砂を払うように震えた。
遠くで笛の音が鳴る。
増援の合図――。
「まだ……振り切れないか」
呟きとともに、シバは再び四足で荒野に身を投げた。
誓いと遺志、二色の揺らぎを背負いながら。
◆
岩陰の闇に身を潜め、シバは荒い息を押し殺していた。
耳を澄ませば、遠くで追手の声がまだ響いている。
「赤布を見失ったか!」
「崖の上に回れ、足跡を探せ!」
声は次第に遠ざかる。だが完全に消えたわけではない。
荒野の夜は、いつまた気配が迫るか分からない緊張で満ちていた。
赤布が汗に濡れ、頬に張り付く。
藍翠の裂け布を腕に巻き直し、指先で刺繍の線を確かめる。
意味は分からない。だが、この布がまだ彼を守っていることだけは確かだった。
「……一人でも、行くしかない」
低く呟き、背を押し出すように赤布が風に揺れた。
その後ろで藍翠が影となり、夜の荒野を包み込む。
足音が再び近づいた。
追手か、それとも別の何かか――。
シバは立ち上がり、腰の短剣に手をかけた。
赤と藍翠の二色が月明かりに翻る。
その姿は、誓いと遺志を背負う旅人そのものだった。
夜はまだ、終わらない。
初めまして、柴野なのだ と申します。
柴犬が好きすぎて物語まで書き始めた犬バカです。
私は書く事は全般 苦手で
拙い表現等もあると思いますが、
良ければ楽しんでください。
柴獣人 シバ の冒険譚、始まります。