表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/50

5. “通貨”で天下を取る



 城に戻った信長は、すぐさま書院に座し、筆と紙を取った。

 目の前には白紙の和紙。そこへ、慣れないながらも確かな筆運びで、何かを描き出していく。


 それは、丸に十の文字。

 銀の縁取りを施した、掌に収まる銅銭の図案。

 ――後に「尾張通宝おわりつうほう」と呼ばれる、新通貨の原案だった。


 (重さ、寸法、鋳造方法。……まだ精度は荒いが、必要なのは“信用”と“使う理由”だ)


 信長は現代でのキャッシュレス化や、地域通貨の原理を思い出しながら、それを戦国の構造に当てはめようとしていた。


 「年貢は、この尾張通宝で納付を認める」


 それが第一条件だった。

 これだけで、村々の庄屋や農民たちは、その銭を確保しようと動き出す。

 さらに――


 「城下での買い物に使えば、三分の一の免税とする。市の関所を通る際も、この銭を持つ者は通行料を免除」


 つまり、**“尾張通宝を持つ者は得をする”**という構図を作り出す。

 使わざるを得ない。誰もがそれを欲しがる。そうなれば流通は自然に広がる。



◆ 家臣たちの反応


 信長の提案は、すぐに重臣たちを集めて披露された。

 柴田勝家、丹羽長秀、佐久間信盛、林秀貞――いずれも顔をしかめ、困惑していた。


 「殿……それはつまり、金座をお作りになると……?」


 「そうだ。尾張で鋳造する。そして民に配る」


 「し、しかし、それは……従来の銭を取り仕切る寺社や、堺の商人たちとの摩擦を……」


 「構わん」


 信長は、静かに言い切った。

 その目に、躊躇はなかった。


 「彼らは、貨幣を“自分たちのもの”と思っている。だが違う。銭は、“民”のためにあるべきだ」


 家臣たちは沈黙した。

 その場には言葉にならない緊張と――どこか震えるような感動が漂っていた。


 (……これまでの“信長さま”とは、まるで別人だ)


 そう思った者もいただろう。だが、誰もが同じことを感じていた。

 この男は、すでに「うつけ」ではない。

 何かが、確実に動き出している。



◆ 民衆の動き


 その数日後。

 尾張の町には、白く塗られた立て札が立ち始めた。


 ――「尾張通宝、来月より領内流通を許す。所持者は税の減免を得る」


 町の者たちは最初こそ怪しんだ。だが、城の役人が銭を配り、関所での通行料が免除されると分かるや、反応は一変した。


 「なんだい、これ使えるんだってよ! 関所、ただで通れるって!」


 「おお、村の代官がこれで年貢を納めろって言ってたぞ!」


 尾張通宝は、やがて鍛冶屋、魚屋、茶屋にまで流れ込み、日を追うごとに使われる場所が増えていった。


 通貨の信頼は、“殿”への信頼と同義だった。



◆ そして、動き出す外の目


 その噂は、ほどなくして京の坊官たちの耳にも届いた。


 「尾張のうつけが……銭を造って、領民に配っているそうじゃ」


 「ふん、愚かな。やがて失敗するわ。民に通貨など扱えるものか」


 だが、その背後では、別の動きが生まれ始めていた。

 商人の一部が尾張に支店を出し始め、鉄砲鍛冶が堺から呼ばれ、次第に“尾張”は別の空気に包まれていく。



 夜の帳が落ちた書院。

 灯明のもと、信長は地図を見つめながらつぶやいた。


 「武ではなく、銭で国を取る。……その先に、真の天下がある」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ