35. 黒船より速く
岐阜城の作戦室。
信長の前には、大きく拡張された地図が広げられていた。そこには「港」の文字が無数に書き加えられている。
敦賀、堺、尾鷲、伊良湖、そして志摩半島――。
「陸を制した者は“武”を得る。だが、海を制した者は“富”と“時”を得る」
明智光秀が静かに口を開いた。
「殿。まさか“造船”と“海軍”の整備までお考えかと……」
信長は頷く。
「商船と軍船を分ける。それが“未来の船”だ。
この国に、まだ“海の戦術”という概念すらない。ならば、今始めるしかない」
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南蛮式船の構造解析
信長の命を受け、木下藤吉郎ら工匠隊は、敦賀に停泊中のポルトガル船の構造を詳細に観察していた。
「この“バウスプリット”ってのが前方支柱か……。この帆は風を切るための……」
「どうだ? 使えそうか?」
「はい、殿!……ただ、鉄の釘や太い綱が不足しておりまして」
信長は考え込む。
「……ならばまずは、“部品”の量産体制を整える。港と一緒に、工場も作れ」
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“海運庁”構想
岐阜に設けられた新たな部署――その名は「舟役所」。
その実態は、造船・港湾整備・海上交通管理を担う、“前近代の海運庁”だった。
「港には荷物だけでなく、“人”と“情報”が集まる。
ならば、それを“制度”で動かす。これが俺の狙いだ」
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南蛮人たちの驚き
敦賀に戻った宣教師ソテロは、日報の報道と信長の造船構想を読み、こう呟いた。
「この男、我らより半世紀は早く“貿易国家”を築こうとしているのでは……?」
「彼は宗教も軍も“仕組み”に変えてきた。……次は、“海”すら変えるつもりか」
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岐阜日報 第七号
・舟役所創設、尾鷲と敦賀に“造船屯所”設置決定
・南蛮船構造、初の和訳資料を発刊
・新税「港関」導入で財政再建と航路整備へ
岐阜日報は新たな展開を民に告げ、
“海の国”へと歩み始める信長の構想は、少しずつ現実味を帯びていく。
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信長の海図
夜、岐阜城の奥。
信長は南蛮から入手した“世界地図”を広げていた。
ユーラシアの西の果てには、黄金の都市があり、
南には香料の海が広がっている。
「ここが……“地の果て”か。だが――この岐阜から、繋がっているのだな」
彼の指が、世界をなぞる。
「黒船が来る前に、黒船を作る。
黒船に驚く国ではなく、“迎え撃つ国”を創る。
それが……理の国の、第一歩だ」




