31. 南蛮交渉
天正二年、盛夏。岐阜城の一室。
「南蛮船、今期も平戸に寄港。火薬、香料、絵画、書物、多数持ち込みあり――」
南蛮貿易に詳しい間者からの報告を受け、信長は地図に視線を落とした。
描かれていたのは、若狭湾に面した敦賀の港。越前の西端に位置する小さな港町である。
「堺でもない、博多でもない。……この国の“新しい入口”は、ここでいい」
光秀が訝しむように尋ねた。
「敦賀は辺境。兵站の確保が難しゅうございます」
信長は微笑した。
「港は、“国と世界をつなぐ門”だ。いずれ、天下の中枢は“内陸”ではなく、“海上”になる」
⸻
◆ 南蛮商人との接触
信長は独自に派遣していた貿易使節を通じ、南蛮船との交渉を取りつけた。
来日したのは、ポルトガル人の青年商人と、若き宣教師・ルイス・ソテロ。
織田軍の出迎えに驚きつつも、彼らは珍しい道具のいくつかを岐阜へ持参していた。
「コチラ、ニホン人喜ブ、遊ビ道具ネ。水ヲ熱スル、羽回ル」
信長の前に置かれたのは、奇妙な金属製の球体だった。
小さな穴から蒸気が噴き出すと、取り付けられた羽が回転を始める。
「これは……動くのか?」
「ハイ。湯気デ、回リマス。昔ノギリシャニ、似タ物、アル」
⸻
◆ 蒸気の“芽”を見る眼
信長はその玩具――古代ギリシャの**“ヘロンの蒸気球”**によく似た代物――を興味深そうに見つめた。
「火と水で、力が生まれる。……なるほど、“力を生む道具”か」
光秀が控えめに言う。
「殿、これは所詮、子供の遊びでございましょう」
信長はかすかに首を振った。
「いや――これは“未来”だ。
今は玩具でも、工夫し、応用し、仕組みを活かせば――いつか“動力”になる」
そして静かに続けた。
「火薬で戦を変えた。ならば、次は……“力”で国の形を変える時だ」
⸻
◆ 港町・敦賀の整備
敦賀には、すでに仮の交易港が築かれつつあった。
物見櫓と蔵、交易商館、通訳詰所、そして港湾警護の常設兵。
信長はこれを「南蛮門」と名付けた。
「ただの港ではない。ここは、“世界と国をつなぐ道具”になる」
⸻
◆ 南蛮との貿易項目
信長が望んだのは、ただの鉄砲や硝石ではなかった。
- 医薬書と南蛮薬(蒸留酒・水銀・香薬)
- 西洋の数学書(特に十進法と幾何)
- 印刷機と活字
- 蒸気模型と構造図(未来の参考資料)
- 物価の帳簿(世界との経済比較)
光秀が苦笑した。
「軍備ではなく、“文明”そのものを取ろうとされるお方は、殿以外におらぬでしょうな」
⸻
◆ 信長の構想
岐阜へ戻った信長は、蒸気模型の羽を指で押しながら呟いた。
「火と水で動く玩具。それは今、笑い話に過ぎぬ」
「だが、人が仕組みを解き、工夫を加えれば、
それは“国を動かす道具”になる」
「必要なのは――見抜く眼と、変える意志だ」




