21.火薬の檻
岐阜の城下では、連日のように「読み書き所」に人々が通っていた。
“念仏より算盤”“祈りより計画”――信長の掲げる思想は、静かに庶民の中へ浸透し始めていた。
だが、時を同じくして――近江・南部では石山本願寺を中心とする一向宗徒が一斉蜂起。
信仰の名のもと、代官所や商館が襲撃され始めていた。
⸻
◆ 対“信仰の戦”防衛策
「殿……このままでは尾張・美濃にも一揆が及びます」
光秀の進言に、信長は静かにうなずいた。
「攻めるのではなく、守るための備えをする。“戦”において、防衛こそが命を救うんだ」
彼が示したのは、“町ごとの防衛網”だった。
火薬庫の分散配置。
堀や土塁ではなく、“火線”による侵入遅延。
柵の代わりに“火薬入り竹筒”を埋めて、敵の通過経路を限定させる罠。
そして――
「避難壕を作れ。民が逃げられる場所があれば、混乱も暴力も抑えられる。
火薬は、人を殺すものではない。民を“守る檻”だ」
柴田勝家が息を呑む。
「……戦でここまで考えるとは。殿、そなたはもはや武士ではなく、軍略家の域を超えておりますな」
「違う。“構造家”だ。
この国を変えるには、人の心を変える前に、“仕組み”から変えねばならん」
⸻
◆ 火薬装置――「焔檻」の実験
城外の試験地にて。
信長の命で築かれた“仮想村落”に、光秀と工兵が集合していた。
「火薬筒、埋設完了! 焔檻、作動待機!」
信長は導火線を指差す。
「合図と共に、仮設柵を越えて侵入する敵兵役を進ませろ。火線が作動すれば、煙と音で足止めし、視界も遮る」
「戦わずして、敵を止めるのですな」
「そうだ。“撃つ前に止める”。それが未来の合戦だ」
そして、実験は始まった。
――ズガァン!!
土煙と白煙が一斉に上がり、仮設柵の前で足を止める兵役たち。
その様子に、信長は満足げにうなずいた。
「この“焔檻”を、すべての村と街道に敷く。武器ではない、“抑止”として火薬を使う。それが……国を守る仕組みだ」
⸻
◆ 本願寺軍、進軍す
一方、近江からは続々と一向一揆の軍勢が南下を始めていた。
義昭の放った密使が本願寺に糧秣を供給し、顕如は膨れ上がる信徒軍に“護法の軍”と名を与える。
「仏敵・信長の城下に、正義を示せ! 戦わずして、心を取り戻すのだ!」
だが――その行く先には、焔檻が待っていた。




