20.一向一揆、蜂起す
岐阜城の書院で、信長は一枚の地図を前に沈思していた。
地図には、越前から近江、摂津に至る“宗教勢力の拠点”が朱で塗られていた。
「……本願寺の背後に義昭。やはり奴は、信仰を使って俺を封じる気だ」
傍らで光秀がうなずいた。
「石山本願寺はすでに兵糧と鉄砲を買い込んでおります。
京・堺の一部寺社も檄文に呼応。これまでとは違い、“本格的な宗教戦争”の様相を呈しています」
「将軍職に就いた男が、戦乱を煽るとはな……。
それもこれも、“朝倉が義昭を早期に擁立した”からだ」
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◆ なぜ義昭はすでに将軍か
信長は静かに立ち上がり、窓の外を見やった。
「本来なら、義昭は細川らの斡旋を受けて“俺とともに上洛”したはずだった。だが――」
光秀が続ける。
「転生者である殿の活躍により、美濃平定が史実より早まり、朝倉家も危機感を抱いたのでしょう。
結果、朝倉義景は史実とは異なり、“義昭を奉じて上洛”し、三好残党を一掃。室町幕府の再建を先んじて果たしました」
「だが、それが義昭の“誤算”だ。
朝倉は名目を果たした途端に義昭を冷遇し、上洛の大義だけを得て後は動かず。
義昭は孤立し、“信長に頼ることもできず”、今では宗教勢力に縋っている……」
信長は呟くように言った。
「歴史が一つ変われば、政も、人の運命も変わる。これが……俺の生きる世界か」
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◆ 一揆蜂起――堺、近江にて
同時刻、近江南部――かつて六角氏が支配していた土地にて。
寺社に集う信徒たちが、武器を手にしていた。
「信長を討て! 仏敵を焼き払え!」
「念仏の敵に、慈悲は不要!」
各地で“非武装のはずの宗教民”が武器を取り、役人や代官所を襲撃。
中には鉄砲や火薬を持ち出す一派も現れ、戦の形を成し始めていた。
――それは、信仰が怒りをまとった姿。
理ではなく“心”で動く軍勢だった。
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◆ 教育で信仰に挑む
一方、岐阜ではすでに“対宗教戦”の布石が打たれていた。
城下に設けられた“読み書き所”には、子供たちだけでなく農民、商人も集まり始めていた。
「これは“読み方”というんだ。言葉の意味を知れば、誰かの嘘にも気づけるようになる」
教えるのは、信長に仕える文士たち。
使用するのは、仏典ではなく「論語」や「兵法」、そして“庶民のための生活書”だった。
「……殿の思惑、浸透し始めております」
光秀が報告する。
「理を知らねば、祈ることしかできぬ。
祈るしかなかった人々が、“選べる”ようになったとき――信仰は初めて、討たれるのだ」
信長はうなずいた。
「俺は、火薬と鉄砲で国を変えるのではない。
“考える民”を生み出して、“絶対”を壊すのだ。義昭も、顕如も、それを恐れている」
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◆ 宣戦の口火
堺の町――幕府の使者と石山本願寺の連判状が、民に読み上げられた。
「かの織田信長は、天下を私し、仏敵たる行為を重ね、民を家畜と見なす――」
「石山本願寺は、浄土を守るために立ち上がる! 我らもまた、祈りと刃で応えよう!」
義昭と顕如は、“信仰の旗”の下に全国の寺社勢力を集結させつつあった。
火薬でもなく、鉄でもない――今度の戦は、“心”との戦だった。




