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2.目覚めと決意


 ――天下布武。


 その四文字を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 それは、ただの言葉じゃなかった。

 何百回と聞いた、歴史用語のはずだった。けれど今は違う。

 この空間に、空気に、そして自分の胸の奥に、確かな“実在”として突き刺さってくる。


 (俺は……信長なのか……?)


 信じがたい。だが、さっきから脳裏に流れ込んでくる感覚が、それを否応なく認めさせる。

 父・信秀の病床。弟・信行の冷たい視線。城下の蔑みの声。

 それでも、自分はこの国を変えると、どこかで強く願っていた――そんな、他人とは思えない記憶。


 「……殿、……ご気分は……いかがにございますか……?」


 再びかけられた声に、今度はようやく返せた。

 声はかすれていたが、確かに、自分の口から出た。


 「……名を、聞いてもよいか……?」


 「は……っ!? お……恐れながら、柴田勝家にございます!」


 勝家――その名を聞いた瞬間、心がざわついた。

 歴史に名を残す猛将、鬼柴田。

 彼が、目の前で土下座している? いや、そうか……この時代では、まだ“俺”に仕えているのか。


 「……そうか。お主が……勝家か」


 「はっ、ははっ! まさか、拙者の名を……殿が……!」


 柴田勝家の顔に、驚きと喜びがないまぜになった表情が浮かんだ。

 その背後には、もう一人、二人……畳に正座し、こちらを窺っている家臣の姿も見えた。

 皆、息をひそめ、こちらの一挙手一投足を凝視している。


 (やはり……俺は、“うつけ”と呼ばれていたらしいな)


 その視線は、恐れと疑い、そして微かな期待に満ちていた。

 まるで、“この男は本当に変わったのか?”と試すような目。


 (いいだろう……ならば、見せてやる)


 ゆっくりと、手を突き、上体を起こす。

 多少の眩暈はあるが、動けないほどではない。

 そして、しっかりと床を踏みしめ、立ち上がる。

 周囲が一斉に息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


 「……勝家」


 「はっ!」


 「尾張の兵糧の備蓄を調べろ。城下の守りと、兵の配置も再確認せよ。……今川が、気になる」


 勝家は目を見開いた。

 そして、一瞬呆気に取られたあと、全身を震わせながら深く頭を垂れた。


 「……は、ははっ! 畏まりましたっ! すぐに手配いたします!」


 その声には、確かな敬意と――畏怖が混じっていた。



 静かになった部屋の中で、俺はひとつ、深く息を吐いた。

 冷静な声を装ったが、心臓はずっと高鳴っていた。


 だが、もう迷いはない。


 俺は、“織田信長”になってしまった。

 だが、“令和の記憶を持つ俺”である限り、この時代を変えられる。


 武で人を屈服させるだけでは、国は治まらない。

 知を用い、道理で納得させ、民が生きやすい国を築く――

 それが、かつて誰にもできなかった“天下布武”の、もうひとつの意味だ。


 掛け軸の「天下布武」を、今度は真正面から見据える。


 「……始めよう。俺の天下を」


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