15.岐阜に集う
岐阜の空が、澄み渡るように晴れた日。
城下の広場に、張り紙が貼られた。
>【布告】
> 来る六月晦日、岐阜町にて「市」と「祭」を催す。
> 出店する者、芸を披露する者、集まる者、すべて歓迎。
> 他国よりの来客も妨げず。
> 商いと祝祭こそ、新しき天下の礎なり。
> ――織田信長
それは、武士が政でなく“祭り”を布告するという、破天荒な告知だった。
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◆ 城下、騒然
「殿が……祭りを開くとな?」
「市とは別にか? いや、市と“同時”か……?」
商人たちは色めき立った。
百姓たちも、遠く美濃北部の山間からも、見物人や露店の準備が始まっていた。
中には京から茶道具を運び込む者、伊賀から曲芸師を連れてくる者、果ては南蛮渡来の楽器を持つ旅人まで。
岐阜の町が、まるで生き物のようにうごめき始めた。
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◆ 信長の思惑
「市は銭を集め、祭は人を集める。
両方あれば、町は“国”になる」
信長は地図を前に語った。
「京を抜けずして、ここを“天下の中心”にする。
そのために必要なのは、金でも兵でもなく、“人と熱気”だ」
柴田勝家は戸惑いを隠せなかった。
「城主たる者が……踊りを見せ、酒を振る舞うなど……」
だが、帰蝶は笑みを浮かべる。
「それこそが、あの人の戦。民を味方にするための、戦わぬ戦」
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◆ 岐阜祭、開幕
当日。
町は朝から人で溢れかえっていた。
屋台には、南蛮風の甘い菓子。
広場では、修験者の舞と念仏踊り。
城下に住む僧侶が仮装して即興芝居を演じ、少女たちは踊りを披露する。
信長は、軍装ではなく、銀糸の入った水干姿で姿を現した。
「ようこそ、我が岐阜へ」
ただ一言、それだけだった。
だが、その姿と言葉が、“織田信長はただの武将ではない”と民に印象づけた。
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◆ 技術者たちの目
人混みの中には、遠く堺や博多、果ては京の職人たちの姿もあった。
「……尾張・美濃にこんな町ができるとはな」
「ここに店を持てば、売れる。人がいる。守られている」
その場で岐阜に店を出すと決めた商人は、十を超えた。
銭を数える声、契約を交わす声――それら全てが、岐阜という“市場国家”の胎動だった。
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◆ 信長、独りごつ
夜。祭の喧騒が落ち着いた後、信長はひとり城の高台から町を見下ろしていた。
「戦に勝つのではない。国を“創る”のだ」
背後から帰蝶が寄り添う。
「……殿、京へは行かぬのですか?」
「京は、過去の都。俺が作るのは未来の都だ」
岐阜という新たな中心に、人と文化と富が集まり始めていた。




