表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/50

11.降るは民心、崩れる城

大井口砦が陥落して三日後。

 美濃の村々では、すでに空気が変わっていた。


 尾張通宝が普通に使われるようになり、米や塩が正規価格で売られる。

 尾張軍の兵士たちは略奪も暴力もせず、むしろ耕作を手伝い、病人の看病をする者すらいた。


 村の長老たちは、夜ごと囲炉裏を囲んで話し合う。


 「……あの若殿は、戦をせぬ。民に手を出さぬ。……ならば、尾張に付いても良いのではないか」


 「……ああ。あの人は、きっと“この国を変える”」


 かつて“うつけ”と呼ばれた男は、今や“民を救う殿”として語られ始めていた。



◆ 稲葉一鉄、ついに動く


 その夜。稲葉山城の西館にて、稲葉一鉄は側近を集めていた。

 彼の顔には迷いはない。


 「斎藤義龍殿に忠を尽くしてきた。しかし……民を顧みぬ者に、この国の舵は任せられぬ」


 誰も異を唱えなかった。

 信長の示した“新しい国の姿”は、すでに家臣の胸にも届いていた。


 一鉄は、家臣のひとりに封をした書状を託す。


 「清州へ。織田信長公に伝えよ。――我ら、今こそ膝を折る覚悟なりと」



◆ 稲葉山城、動揺と裂け目


 それから数日。

 斎藤義龍のもとに届いたのは、信じがたい報せだった。


 「稲葉一鉄が……裏切った、と?」


 「しかも、砦を明け渡し、領民ごと尾張へ引き渡したとのことです……」


 義龍は、拳を震わせながら机を叩いた。


 「この裏切り者どもが……!」


 だが、それは始まりにすぎなかった。

 翌日には安藤守就が、さらにその翌日には氏家直元が、相次いで信長への“帰順”を表明。


 戦を経ずして、美濃の防衛線は――音を立てて崩れていった。



◆ 清州、信長のもとに使者が届く


 「美濃三将より、連名にて書状が。

 “もはや抗う理由なし。民のため、我らも殿の天下布武に従う”とのことです」


 信長は、深く息をついた。


 (これが、“武に頼らぬ勝利”)


 砦を焦がすことなく、城を包囲することなく、民を殺すことなく――

 敵国を、まるごと“味方”に変えた。


 “戦わずして勝つ”

 それは古今東西の理想であり、信長にとっての“本気の実験”でもあった。



◆ 美濃・帰蝶の涙


 清州の中庭。

 春の風が、咲き始めた花の香りを運んでくる。


 帰蝶は、一人静かに目を閉じた。


 「……美濃が、尾張になったのですね」


 「いや、“俺の国”になったんだ」


 そう言う信長の声に、帰蝶はふと涙を浮かべた。


 「父上が見た未来が、今、やっと……本当に、動き出したのですね」


 信長は無言で頷く。


 この瞬間、“うつけ”織田信長は完全に死に、天下を見据える“時代の革新者”が誕生した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ