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短編2

王家に伝わる惚れ薬活用法

作者: 猫宮蒼

 とても平和的な惚れ薬の話。



 メイ・ヴァゼラスは元平民の、現男爵令嬢である。

 母が貴族と関係を持って、とかそういうわけではない。単純に親が爵位を得たために、その娘であるメイもまたそうなっただけだ。


 メイの両親は研究者として何やら凄い発見をしたらしく、その結果男爵位を与えられた事で王立研究院で働くことができるようになってウキウキしていた。根っからの研究者である。


 けれどもメイはそんな両親から生まれたものの、自分はそういうのに向いていないなと割と早い段階から思っていた。植物がどうの、鉱物がどうの、数値がどうした、そんな事には一切興味を示せなかった。小難しい本を両親が喜んで読んでいても、メイは試しに自分も読もうなんてこれっぽっちも思えなかった。

 それよりもメイの興味は美味しくて可愛らしいスイーツや、綺麗なドレスやアクセサリーだったのである。

 年頃の娘らしいと言えばそうなのだろう。


 そして、その欲望は彼女が男爵令嬢――つまりは貴族の仲間入りを果たした時点で加速した。

 今までは平民だったし両親は研究熱心でそれ以外の事にはとんと無頓着であったため、メイは頭の中で素敵なドレスやアクセサリーを思い浮かべてそれを脳内の自分に着飾らせたりするのが関の山だった。

 お小遣いでたまに美味しいお菓子を買ったりして、友人たちとの話に花を咲かせる。

 慎ましく、身の丈にあった贅沢。


 けれど貴族になったのであれば、もしかしてお城のパーティーとかにも参加できちゃったりして!? なんて思ってしまったわけで。

 そしたらドレスだって用意しなくちゃ! なんて夢は膨らむ一方だった。


 綺麗なドレスに我が身を飾るアクセサリー。それらを身につけてパーティーに出て、そうして素敵な男性に見初められたなら。

 親が貴族になったとはいえ、メイ自身はこれといった功績を持ち合わせているわけではない。

 両親はどうやら凄い研究者らしいけれど、メイは研究なんてものとは無縁の存在だし興味もないのだ。


 だから、もし。


 両親が死んだ後の事を考えたなら、自分はどこか素敵な貴族の殿方に嫁ぐのがいいだろう。美形なのは勿論、お金持ちであることも重要だ。

 メイにとって大切なのはいかに自分が贅沢な暮らしができるかなので。


 今の今まで平民で、なおかつ両親のしている事にも興味がないメイにとって、貴族の義務だとかそんな精神は一切宿っていなかった。


 年頃の貴族たちが通う事を義務付けられている学園に通う事になった時、メイの心境としてはうわ面倒くさい、であった。

 けれども、すぐに考え直す。

 確かに勉強とか面倒だしやる気もないけど、しかし年頃の貴族の少年少女たちが通うとなればそこで自分の将来の結婚相手を見つける事ができるのではないだろうか。


 そう、運命の出会い、だとか。

 市井に出回っている娯楽小説にありそうな波乱万丈ドキドキワクワクしちゃう甘酸っぱい恋物語勿論最後はハッピーエンド、なんて感じの事ももしかしたらあったりするんじゃないかしら~~~~!?

 なんて、メイはあまりにも浮かれ切った事を考えていた。


 娯楽小説はあくまでも娯楽なので、現実にはありえないとんでも展開のオンパレードだ、と以前は思っていた。

 思っていたのだけれど、しかしメイは今まで平民として生活していたのが一転貴族令嬢になったのだ。

 それだけでも物語の導入部分みたいな出来事なので、もしかしたらもしかしちゃったりなんかして!? と、思ってしまったのは仕方のない事だったのかもしれない。

 自分の身にそんな出来事が何一つ起きなければ、メイだってもう少し現実を見据えていたはずだ。

 しかし一つ、まるで物語のような出来事が我が身に降りかかってしまった事でもしかしたら他の展開も起こりえるのではないか? そんな期待を持ってしまっていた。


 今まではお近づきになろうと思っても無理だった貴族の方々。しかも皆年頃となれば、より取り見取りである。

 実際そんな事はないのだが、メイの脳内ではそうだった。



 学園に入学したものの、メイの成績はそこまで良いわけではない。当然だろう。本人がそもそも学問に一切のやる気を持っていないのだ。いくら両親が素晴らしい研究者だろうとその娘まで素晴らしい研究者になれるわけではない。


 なので学園で最初に両親に興味を持って娘の方もさぞ志の高い研究者として将来はそうなるのだろうと思っていたであろう、令嬢や令息たちがそれとなく近づいたりもしていたけれど。

 実際のメイを知ってその後は自然に距離を取っていった。


 元は平民とはいえあんな素晴らしい研究者の両親とお近づきになりたい! きっとその二人の子だって向上心に溢れた凄い研究者になるだろう人に違いない。そんな幻想は早々に打ち砕かれた。

 両親に憧れを持った令息たちはメイと結婚すれば距離をぐっと縮められる! と思ったようだが、いかんせんメイはそんな令息たちの理想から遠くかけ離れていたので。

 両親とはお近づきになりたいけれど、しかしそのためにこの娘と縁付くのはちょっと……となったのである。


 メイの方もなんか知らんが小難しく何の面白みもない話をしてくる令息に興味なんて持たなかった。

 メイが両親と同じような研究者タイプの娘であったなら、そういった令息たちとは話も弾んだだろうけれど、そうではなかったのでこれっぽっちも弾まなかったのである。


 メイはできるだけ将来の自分が贅沢をして楽しく暮らすため、玉の輿にのるべく獲物を見定めていた。

 そうして大物を釣り上げたのである。


 この国の第一王子。


 王子様ともなればこれはもう完全勝ち確である。

 王子の方もメイとの身分差に悩みつつもそれでも捨てきれない恋心に翻弄されていたようだが、それがまた二人の恋に絶妙なスパイスとして効果を発揮していた。


 メイは度々王子の婚約者である令嬢にそれとなく注意をされたり忠告をされたりしていたけれど、それもまた娯楽小説にあったような展開だったので自分が本当にヒロインになったみたいだわ、と内心で盛り上がっていた。令嬢の言葉をマトモに受け止める事はなかった。


 そうこうしているうちに、両親の研究に何やらあったらしく、将来的にその研究を引き継ぐため、とかどうとかメイにはよくわからない理由で、なんとメイに婚約者が決められてしまったのである。

 そのお相手が素敵な人でメイの事を愛してくれるのであれば、王子様はもったいないけどまぁ仕方ないかなぁ、と思ったりもしていたのだ。メイは贅沢ができて自分をちやほやして甘やかしてくれるイケメンであれば、王子じゃなくてもまぁいいか、と思っていたので。


 けれどもメイの婚約者として紹介されたのは、メイの好みにかすりもしていない堅物生真面目君だった。

 なんか、そういや、学園に入ったばっかの時に少し声をかけられた気がするぅ……でもあまりにも話がつまらなすぎて秒で別れたっけ……と漠然とした過去の記憶が蘇った。


 これと結婚!?

 冗談ではない!


 メイは思い切り反対したかったけれど、この婚約はよりにもよって王命なのだという。

 王命。

 それの意味は流石にメイだって理解していた。


 この婚約に逆らうってことは王様に逆らうってことで、そしたら、そしたら……


 どうにかならないかしら、と第一王子に泣きついてみれば、彼もまた望まぬ婚約に心を痛めてくれたけれどすぐにどうにかできるものではない、と難しい顔をしていた。

 だがしかし、そんな本人にとって悲劇的な展開もまた物語のようで。


 メイと王子の仲は深まり、燃え上がっていったのである。


 周囲がいくら苦言を呈したところで、そんなものは自分たちの恋の燃料にしかならなかった。


 研究ばかりであったメイの両親も王命で婚約者が決まったとなれば、その意味を把握している。

 だからこそメイに婚約者の彼ともっと話し合ってお互いを理解し合うようにと口を出すようになってきたが、メイはそれらを鬱陶しいとしか思わなかった。幼い頃から研究研究とのめりこんでいた両親に口を出されたくない、という気持ちが大きかった。


 両親は別に研究に情熱を注いでメイを蔑ろにしたわけではない。

 メイにも自分たちがしている事に興味を持ってほしくて、そういった話をしたこともあった。幼い子供にもわかりやすいように、興味を持ってもらえるように。

 けれどもメイが一切興味を示さなかったから、研究以外に会話の引き出しがなかった両親とメイとの会話が徐々に減っていったのはある意味当然の事で。

 そうしてメイに友達ができるようになれば、親よりも友達と遊ぶ方が楽しいから余計にメイは両親への関心をなくしていったのだ。


 メイからすれば両親が研究にかまけてばかりで自分を放置していた、という認識だが両親からすれば話しかけても返事もしてくれない反抗期の娘という認識だった。


 とはいっても、だからといってメイと王子の仲を放置するわけにもいかない。

 王子にだって婚約者はいるし、メイにも婚約者はいる。

 メイの婚約者は王命ではあるけれど、それでも一応メイと歩み寄ろうと自分は一切興味がないがメイの興味のありそうな物についていくつか調べたりして話題を増やそうとはしていたのだ。まぁ、興味がないものを調べて知識を深めようとすると見当違いの方向に行く事もあるので、空回りしていた事は否めない。


 メイの婚約者の友人の令息は、孫との共通の話題作りのために流行りものに翻弄される祖父母か何かか、とメイの婚約者に突っ込んでいた。



 周囲の反応としては、婚約者がいるんだからそっちと親睦を深めなさい派と、身分違いの結ばれぬ恋愛……悲劇ね見てる分には楽しいわ派に分かれていた。真実の愛って素敵ね、とかそういう事を言い出すようなお花畑がいなかったのが幸いか。一番のお花畑はメイと王子である。

 メイの方は元は平民だったから仕方ない部分もあるかもしれないが、王子はどうしようもない。


 周囲がいくら言葉をかけたところで、自分たちの悲劇的な恋の材料にしかならず周囲は徐々に二人から距離を置くようになった。王子の側近たちもまた同様である。

 匙を投げたというよりは二人の劇場にうっかり演者として組み込まれないためである。

 二人だけで盛り上がっているとしても、周囲も観客のように巻き込んでいたようなものだ。ではその観客がいなくなれば少しは冷静になってくれるのではないか? そんな感じで。


 王子の婚約者も一応しかるべきところに報告はしていたが、この頃にはもう注意も忠告も警告も何も言わなくなっていた。言えば言うだけ頑なになるのだから、言うだけ無駄。でも何も言わず放置も婚約者としてどうなの? となりそうだから一応やるだけの事はやりましたよ、というスタンスだった。



 さてそんな中、王家からの呼び出しがあった。


 メイはてっきり真実の愛を認めてくれたのかしら!? なんて浮かれたが呼ばれたのはメイだけではなく両親と、それからメイの婚約者もであったので認めてくれないにしても婚約の解消とかかしら……? とやはり己に都合の良い想像をした。

 そんな事よりお城に呼ばれたのだ。

 なんの用事か知らないが終わったら王子と少しくらい会えないかしら。

 そんな風に、メイはどこまでも楽観的に物事を考えていた。



 呼び出された場所で、案内されるままに座る。


 両親とは少し離れた席にメイは座る事になり、テーブルを挟んで向かい側に婚約者が腰をおろした。

 王様がいたとかそういうわけではなさそうだが、とりあえず偉いであろう人が何やら両親と話をしている。

 メイには難しい内容なので、聞いてるだけで頭がいたくなりそうだわ、と早々に受け流す事にした。自分の事を話題にされているわけでもなさそうなので、聞き流したところで何も困らないだろう。


 なんだろう、あの人たちが話してる間、こっちはこっちで話してろって事なのかしら……? と思いつつも、運ばれてきた紅茶に口をつける。

 貴族になったとはいえ男爵家。城で出される紅茶は明らかに我が家で飲むものとは比べ物にならないくらい薫り高く味もまた美味しくて。

 メイは知らず小さく笑みを浮かべていた。


「メイ嬢」


 名を呼ばれて、しぶしぶ顔を上げる。

 向かいにいる婚約者の顔を見る。相変わらずの仏頂面で何を考えてるのかさっぱりわからない。


「何かしら」


 どうせまたつまんない話なのでしょうね、と思いながらもしかしここで両親の話が終わるのを待っている間、暇つぶしにくらいはなるだろうと仕方なく婚約者との会話を試みる。


 婚約者は少々躊躇った後に、紅茶は好きかと聞いてきたので美味しいものは好きよと答えた。


 どこの茶葉が好きか、とかそういう事はあまり詳しくない。

 けれど、婚約者はこの茶葉はどうやらメイの両親が研究した結果品種改良されたものなのだと言う。それが王家で愛用される事になったのだとか。

 今はまだあまり生産されていないが、いずれはもっと生産量が増え、そうすれば他の貴族たちも愛用する事になるだろうとも。


 その話を聞いてメイは――


「詳しいんですね……?」

「いずれはあの人たちの研究を継ぐので」


 気付くかどうかわからないくらいの、小さな笑み。

 それを浮かべた婚約者を見て――


(あれ? なんかカッコよく見える……というか素敵すぎでは私の婚約者)


 どうして今まで気づかなかったのだろうか。


 自分が両親の研究にこれっぽっちも興味を持たなかったからというのもあるが、そんな両親の研究を途中で終わらせず引き継いで、そうして国のためになるようにと熱意を持っている婚約者。

 両親の研究に携わっていくために彼は婿入りする形となる。

 伯爵家の出である彼が、男爵家にだ。

 王命だからというのもあるのだろう。それでも、彼は男爵家だからと下に見るような事もしないでメイと歩み寄ろうとしていた。

 それをメイは今まで雑に扱っていたのだ。


(え、私どうしてそんな失礼な事してたんだろ……こんな素敵な人相手に。

 あ、だめだ自覚したらなんかもう穴掘って埋まらないといけない気がしてきた……)


 なんて恥知らずだったんだろう。

 そう思うと一気に顔に熱が集まる感じがした。


「メイ嬢?」


 声をかけられて、ひえっ、いい声……となる。

 ただでさえ今、少し前までの自分がいかにどうしようもなかったのか、を自覚したばかりなのにこんなところでそんな素敵な声をかけられたらちょっと心の余裕とかなくなっちゃうんで……と言いたいが言えば言ったで恥ずかしくなりそうなのでメイはあわあわしながらも、どうにか婚約者に不審に思われないように、と返答をしていたが。


 傍から見たらどうしたってテンパっていたのである。



 ――それと同時刻、別の部屋では王子とその婚約者、そして婚約者の両親と国王夫妻が集まっていた。


 てっきりお小言をくらうものだとばかり思っていた王子は若干不貞腐れた表情を浮かべつつも、出されたお茶に手を付ける。

 普段飲んでるお茶とは何か違うな……と思いはしたがそれだけだった。


 ただ、その後婚約者の令嬢に声をかけられてぽつぽつと話をしていくうちに、思ったのだ。


 どうして今まで彼女の事を蔑ろにしていたのだろうか、と。

 メイは確かに愛らしい。一緒にいて楽しくはある。

 だが、それでも時として、やはり身分が違いすぎる事もあって目につく部分は色々とあった。それすら今までは珍しいものだと受け入れていたが、もしそのまま彼女と結ばれたとして……

 自分はそれをいつまで受け入れられるだろうか……?


 自分の生活の基準と違いすぎて驚く事も確かにあった。

 だがそれを受け入れる事ができていたのは、今までメイとはある程度距離があったからではないか?


 もし、仮に。


 何か上手い事いってメイが自分の嫁になったと想像する。

 彼女に王子妃が務まるだろうか?

 元は平民で、男爵令嬢になった今も礼儀作法に疎い部分がある。

 見ている分にはまだ許容できるが、しかし彼女と共に社交の場に出ろ、となったとして。

 その拙さを周囲が自分のように許容してくれるかはわからない。そうなった時自分がカバーするにしても、それだって限度があるだろう。


 王子妃ですら苦労するようなら王妃になど更に長い道のりが必要となる。

 下手をすれば自分が次の王になれるかも微妙である。

 子供ができたとして、自分をすっ飛ばしてその子供が次の王に、なんてことになるかもしれない。


 もし、仮に。


 自分が王族としてではなくメイの家に臣籍降下という形で婿に入るとしてもだ。

 自分に男爵の暮らしができるだろうか。

 平民など以ての外。


 想像すらできない。


 その点自分の婚約者なら礼儀作法だけではなく、それ以外の部分も文句なしだ。

 勿論最初からそうだったわけではない。自分との婚約が決まった時点で彼女は沢山の苦労をしてきた。そして得たのだ。王子妃として相応しい教養も知性も何もかもを。

 それなのに、自分はどうしてそんな彼女を蔑ろにできたのだろう。


 自分のために、自分と歩むために多くの苦労をした彼女を、その努力を当然だと思い込んで、あげくお高くとまっているだなんて。


「殿下? どうなさいましたか?」

「あ、あぁ、いや、何でもない……何でもないんだ……」


 自分を見る目が、かけられた声が。

 穏やかで優しくて、どうしようもなく愛おしい。

 思わず触れたくなったけれど、少し離れた席には両親がいる。自分の両親だけではなく、彼女の両親もだ。

 なので下手な事をすると彼女の両親を怒らせてしまうかもしれない。それは避けたかった。


「その、言ったところでどうしようもないかもしれないけれど。

 今までの事は本当にすまなかった」

「まぁ殿下。どういう風の吹き回し?」

「や、その……」

「いいんですよ、気にしていない、と言えば嘘になりますけれど。殿下が殿下として相応しい行動をして下さるのであれば、それでいいのです」

「本当に、今まで悪かったよ」

「ふふ」

 まったくしょうがない人、と言わんばかりに微笑む婚約者を、王子は眩しいものを見るような目で見ていた。



 その後メイは両親から話が長引きそうだから、婚約者と一緒に先に帰っていてほしいと言われて。


 王子は婚約者と久々に中庭を共に歩かないか、と誘って。


 そうして途中でばったりと出くわしたのだが。


 お互いがお互いを愛おしそうに見るなどという事もなく、軽く挨拶だけをして早々に別れたのである。

 メイにも王子の目にも、今まで浮かんでいた熱情のようなものはどこにも残されていなかった。



「大丈夫そうです」


 そして、そんな一部始終を見ていた家臣の一人が当事者たちの両親が待機していた部屋に駆け込んでくる。

 ほっと安堵の息がそこかしこで吐き出される。


「上手くいったようですね」

「あぁ、一時はどうなる事かと……」

「そうですね、最悪我が子を廃嫡する覚悟が必要になるかと」

「うちもうっかり娘が処刑されるんじゃないかと……」


 メイの両親も、国王夫妻も、王子の婚約者である令嬢の両親も。

 皆このままでは色々と面倒な事になりかねないと思っていた。


 王子と令嬢の婚約も、メイと令息の婚約もどちらも王命である。

 それ故に、うっかり悲劇の恋人気分で婚約破棄を突きつけるだとか、駆け落ちをするだとかされるととても困るわけで。

 そもそも駆け落ちしたところで、王子が市井で暮らしていけるとは到底思えないのだが、若さとは時として無謀な事を軽率に行う行動力が備わっているのでそれはない、と思って油断しているととんでもない結果になりかねないのだ。


 そうでなくとも、このままでは婚約者に対して不満ばかりを募らせて結婚後もギスギスしたまま、なんてことになりそうだし流石にそれは困る。

 令嬢はそこら辺上手く隠して仮面夫婦でも王子妃やゆくゆくは王妃としてやってくれるとは思うけれど、令息の方は間違いなく苦労するのが目に見えている。苦労した果てに泥沼の修羅場とかありそうでとても恐怖。


 真面目な人間がプッツンと理性の糸を切って怒りに支配されるような事になれば、その原因を作るであろうメイの命はきっとその時に失われるだろう。


 流石にそれは両親も望んでいなかった。


 確かに、あの子は研究とかそういうのにこれっぽっちも興味を示してくれなくて、そのせいで親子間での会話はちっとも弾まなかったけど。

 でも、あの子が好きそうな植物関連の研究をして、この先ちょっとでも興味を持ってくれると思いたかったし、そうでなかったとしてもいくら話が合わないからとて、死んでほしいとかそういう事は思ったりしなかった。


 国王夫妻だって王子が令嬢と仲良くしないのはどうせ親が勝手に決めた婚約だからと、大人にいいように扱われる事への不満だとか、そういう思春期と反抗期にありがちなものだとは思っていたけれど、そのせいでうっかり市井に出回っている娯楽小説のように大勢の前でお前とは婚約破棄だッ! とかやられてみろ。

 その場合流石に対処しなければならない。そうじゃなかったら令嬢の家が王家の敵に回ってしまう。

 国王も王妃もそれは望んでいないのだ。令嬢の家が敵に回ったら、国内の貴族たちの派閥間でも相当ギスギスする事になるし、不穏な気配を察知して他国が今がチャンスといらぬちょっかいをかけてくるかもしれない。


 令嬢の親も娘を蔑ろにされるのは怒りたくもなるし不愉快だけれど。

 だが王家と敵対するまではいかないのだ。というか、そうなった場合無関係な人間が死ぬような展開になりかねないので王家とはそんなバチバチに敵対するような関係は避けたい。かといって、愛する娘に我慢を強いるばかりなのも遠慮したい。


 メイと王子が出会う前は王子と令嬢の仲はそこまで悪くはなかったし、メイも婚約者である令息の事は堅物生真面目で面白みもない人、みたいに思っているがむしろ両親はあのメイにならそれくらい真面目な人じゃないと将来楽な方へ流れていこうとして人生まるっと道を踏み外しかねないと危惧もしている。

 両親としては平民のままの方が良かったのだろうか、と思った事もあったけれど、どっちにしても悪い人に食い物にされる可能性は存在している。

 であれば、メイにはできるだけしっかりした人と結婚してほしかった。



 だが大人たちの思惑なんぞ関係ないとばかりに王子とメイの悲劇の恋人ムーブは加速する一方だったので。


 これは本当にもしかして、卒業式とかそれ以外でも大勢の人が集まるような場で婚約破棄とかやらかす可能性があるぞ……と懸念していたのだ。やらかさないかもしれないけれど、やるだろうなと思える可能性がとても高かったしそうなれば後始末に奔走するのが目に見えている。


 お互いに話し合って理解できる、と言い張る場面はとっくに過ぎた。

 令嬢が既に散々やったのだ。両親たちも一応何度か折を見て言葉を交わしたけれど言えば言うだけメイと王子が盛り上がるものだから。


 じゃあもう残された手段は一つだね、と国王が言い出したのである。


 王家に伝わる惚れ薬を使っちゃおう、と。


 王家には特殊な薬がいくつか伝わっている。

 一番わかりやすく知られているのはやはり毒杯に使われる毒だろうか。

 それ以外でも、いくつかの薬が伝えられていて、惚れ薬もその一つだ。


 ただ、その惚れ薬は別に王族が好きになった人間に使うとか、そういう使い方をするわけではない。

 例えば他国へ嫁ぐ王女が、大切に扱われているにも関わらず相手を愛せない場合に、その気持ちを塗り替えるためだとか。

 例えば不慮の事故で婚約者を失った王族が、新たな相手と向き合ってなお気持ちの整理がつかない場合だとか。


 王族だろうと人間なので、いくら己を律したところで無理な時というのはどうしたって存在するのだ。

 なので、そういう時に。相手と向き合うためのものとして使うのだ。

 万が一あまりにも愚かな者がこれさえ使えばいろんな相手を虜にできるぞ! なんぞとやらかした場合は王家に伝わる毒の中で最も最悪な物を使用しての処罰が与えられるとされている。

 それ以前に、そういった愚かな相手の手元に惚れ薬が簡単に渡るような管理はしていないのだが。


 惚れ薬を仕込まれたのは言うまでもなくメイと王子である。

 紅茶に混ぜられた惚れ薬を口にして、その直後に二人はお互いの婚約者を見て――効果がじわじわと効いてきたのだ。


 まだ効果が出ていなければ、途中ですれ違った時にお互いを愛おしそうに見たりしたかもしれない。けれどあの時点で効果はしっかりと出ていたからこそ。

 王子はメイに興味を示さなかったし、メイもまた己の婚約者をぽーっとなりつつ見つめていたのだ。


「薬の効果はいずれ切れる。それまでに、お互いが仲を深められればいいのだが……」

「その時にまた仕込んだりするのはどうなんですか?」

「もう一度くらいなら大丈夫だとは思うが、何度も服用させるのは副作用の観点からお勧めしない」

「それは確かに」


 何度も服用させて結果として意識障害だとか、最終的に廃人になりました、はそれぞれの親の望むものではない。


「このままお互いの婚約者と上手くいけばいいんですけどねぇ……」


 薬がいつ効果を失うかはわからないが。

 ともあれ上手くいってほしいという気持ちは同じだった。




 ――休み明け、学園で多くの生徒たちは何があったのだろうと思いはしたが、そこまで騒ぎになるような事ではなかった。

 何せ休み前まではメイと王子はいかにも想い合う恋人同士のようだったのに、何故か今日は二人が一緒にいる事もなく、それどころか王子は婚約者の令嬢と共に颯爽と登校しているし、メイはメイで婚約者の令息にあれこれ質問しているのだ。

 そしてその質問に婚約者の令息は一つ一つ丁寧に答えていた。


 えっ、何事……?

 休み前までの光景を見ていた生徒たちからするとまさしくこれに尽きた。


 けれども、本来ならばこれがあるべき姿なので。

 しばし戸惑いはしたものの、まぁあのめんどくさい恋愛劇をやられるよりはマシか、となって。


 生徒たちのほとんどはあっさりその光景を受け入れたのであった。



 なお、二人の薬の効果は学園を卒業する前には切れていたが、二人がよりを戻すような事はなかった。

 何せ卒業したらその後王子は王族としての執務がどかんと増えるし、そうなればメイに構う余裕なんてどこにもない。それ以前に、何の責任もない学生時代ならまだしも、この先の事を考えたら自分の事を支えてくれる婚約者の存在に感謝しかなくて。そうやって改めて婚約者と向き合えば、どうして今まであんな態度をとれたのだろうと後悔するくらいに、彼女の存在が愛おしすぎて。


 後にあれは若気の至りでした! と婚約者に平身低頭謝罪をかます事になったのは、令嬢と一部の側近たちの間だけの秘密である。



 メイはメイで何の面白みもない相手だと思っていた婚約者が物知りで、自分の疑問を即座に答えてくれることに尊敬するばかりだった。

 美味しいスイーツや綺麗なドレス、アクセサリーといったものが大好きなのは相変わらずだが、スイーツの原料になるだろう材料や、ドレスの素材となるべき布や糸、そういったあれこれにはメイも興味を持てたので、それに気づいた令息はその手の話題を少しずつ増やしてメイの興味を惹いていった。

 自分の興味がある事には意欲的に学ぶメイは、そこから少しだけ両親の研究にも興味を持つ事となったのである。とはいえ、自分が研究者になるのは無理だと断言しているので、変化といえば今までより少しだけ両親との会話が増えたくらいだろうか。

 興味が持てない話題には相変わらずの反応だが、興味がある話題には食いつくようになってきた。



 結果として、どちらも結婚後良好な関係を築いたのである。


 なおどの家の両親たちも孫が誕生した時は快哉を叫ぶなどし、事情を知らない者たちにぎょっとされたのだが。それはまた別の話だ。

 なろうで見かける惚れ薬が出てくる話は大体悲劇かロクなオチにならないのが多いのでそっと平和的かつハッピーエンドになるようなのを考えた結果こうなりました。人権とか知らね。

 だが王族が使い道間違えたらバッドエンド一直線。ギリギリ綱渡り。


 次回短編予告

 身分違いの恋。

 真実の愛。

 えぇ、そう言うだけならば構わない。けれども、それで周囲に迷惑をかけるのは問題しかないの。

 いいですか、本当に真実の愛だと言うのなら――


 そんな感じで王子は母に諭されるのである。過去の父の真実の愛を引き合いに出されて。


 次回 真実の愛だから結ばれなければならない? 果たしてそうかな


 ありがちテンプレ、投稿は明日。

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― 新着の感想 ―
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