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 天気は晴れ。雲一つ無い紛うことなき快晴の中、二羽の鳶が弧を描くように舞っていた。


 地上では、鼓膜を突き破りそうなほどの、蝉の大合唱が響いていた。年々その声量は増して、確実に暑さをより体感させる要因の一つになっている。この声があるだけで、プラス五度くらいには感じていそうだ。

 周りへの迷惑を考慮して、もう少しくらい静かにしてくれてもいいだろうにと、目の前にあった木を睨みたくなった。


 

 わたしが今いるこの場所は、のどかな田舎で、流行りの観光地や商業施設なんてものは無い。

 娯楽には欠けるが、その分煩わしさが無いというのは良いと思う。まぁ、こんなことを言いつつも、わたしもここの住人というわけではないのだが。

 ここは祖父母が住んでいる土地であり、幼い頃から家族で何度も訪れていた。それこそ、近所の子ども達がどこに秘密基地を作るのかすら把握しているくらいには、馴染んでいると自負している。



「あー………あっつい。川の方にでも行こうかな?でも、お兄に止められてるしなぁ」



 責めるような陽射しから逃げて、大きな木の木陰に腰を下ろした。ベンチなんてあるわけもなく、地べただが、これがひやりとしていて中々気持ち良い。

 背負っていた小さいリュックからマグボトルを出して、勢いよく飲んだ。からんと鳴った氷の音が、とても心地よかった。


 確か、もう少し歩けば川があった筈だが、一人で行くのは4つ上の兄に止められていた。水辺に一人で近寄るのが危ないのはわかるが、わたしももう16歳になったし、ここいらの川は浅かったはずだ。それこそ、小学生の膝下ほどしか無い。

 そこまで過保護にならなくても……と、思うところはあるが、心配してくれているのがわかるので、どうしても、無下のできない。

 そもそも、暑さから逃れたいのなら、祖父母の家に帰れば良いだけだ。エアコンだってあるのだから。



「あっついけど……、なんか好きなんだよなぁ、ここ」



 それでも外にいたくなるくらい、この土地が好きだった。


 喉を潤して一息つくと、汗を拭ってから辺りを見渡した。

 ここに住んでいるのは、母方の祖父母だ。農家を営んでいるが、祖父が体調を崩したので、今回はお手伝いがてら家族でやって来ていた。


 両親は主戦力となり貢献しているが、わたしはまだ高校生ということで、簡単な作業だけ手伝えば後は自由時間となっていた。

 一応、宿題も持ってきてはいる。進んではいないが。ちなみに、兄は早朝からしっかり手伝わされているので主戦力の一部のようなものだ。そんな兄を、わたしの分まで頑張ってと労って、今日はこうして出てきたのだった。



「んー……やっぱ帰ろうかなぁ……」



 こうしていると、みんな頑張っているのに自分だけ楽をしている気分になってしまって、どうにも落ち着かない。だからといってお手伝いを申し出ても、やんわりと断られてしまうのだ。

 気晴らしにとこうして散歩に出てきてみたが、想像を遥かに超える暑さだった。こうしている間にも、さっきとった水分が、次から次へと流れ落ちてきている。

 帽子と冷たい飲み物のおかげで、首の皮一枚繋がっているようなものだ。

 こんなに暑いだなんて、なんてことをするんだと恨めしそうに空を見上げると、まだまだ元気な太陽がこちらを見て笑っていた。

 普段、外出をなるべく避けていた弊害がでたのだろうか。暑さにここまで慣れていない自分が情けなかった。



(熱中症とか怖いしねぇ……。今日は帰るか)



 負け戦は嫌だと、あまり重たくもない腰を上げ、家の方へと歩き出す。

 そうやって、俯きながら少し歩いた頃だった。



(……泣き声?)



 風の音に紛れて耳を掠めたのは、人の泣き声。辺りを見回したが、姿形も見えない。

 でも、確かに声がしたのだ。


 人気のあまり無い田舎だ。近くの民家から漏れ出た声にしては、距離がありすぎた。迷子か?怪我した人か?はたまた、お化けとか……?

 想像が、くるくると頭の中を回っては消える。そうしている間にも、声を押し殺そうとしている泣き声が聞こえてきていた。

 


(――あぁもうっ!)



 苦しそうな泣き声をどうにも無視できなくて、先ほどよりも注意深く、蟻の子を探すように見渡した。


 すると、一本の大きな木が目に入った。枝も広く、葉も生い茂った大きな木だ。


 耳を澄ますと、どうやら泣き声もそちらの方向から聞こえてきているようだった。そおっと足音を殺して、木へと近づく。

 段々と近くなる泣き声に、ここだと確信を持った。


 木の側まで来ると、一度止まって呼吸を整えた。心配する気持ちと、僅かばかりの好奇心が早くしろと急かし立てるのだ。意を決して、木の向こう側を覗き込んだ。



(――えっ?)



 そこには、一人の少年が座り込んでいたのだった。


 予想していたのは、小学生くらいの迷子だ。だが、実際いたのは恐らくわたしとそう変わらないであろう年頃の子。膝を抱えて座り、顔は膝の間へと埋めているせいで、顔はわからない。

 でも、今も声を殺そうとしているので、きっと泣き顔なのだろう。

 何かあったのか、声を掛けていいものか、悩んだ。だって、小さい子ならまだしも、この年頃の子が見知らぬ他人に、泣いていることを心配されるのは些か居心地悪そうだ。同じくらいの年頃の人が相手となれば尚更。

 そっと離れるべきかとも考えたが、そのとき、風に揺れる少年の髪色が目に入った。



(きれいな、髪の色をしてるなぁ……)



 少年は、つい見入ってしまうような、美しい色合いの髪をしていた。

 色は金。だが、少し鈍い色や明るい色。角度によって雰囲気の変わるその色は、ただ金一色よりも美しかった。

 わたしは、思わず心のなかで感嘆の息を漏らす。それに、この濡れたような艶…………。

 いや、違う。これ、艶というより、頭からずぶ濡れになっているんだ。暑いとはいえ、頭からずぶ濡れのまま、この少年は、どれくらいここにいるのだろうか……。


 そう気付いてしまった瞬間には、声を掛けていた。



「―――ちょっと、なんでこんなに濡れてるの!?川からはちょっと離れてるのに……もしかして落ちたの!?じゃなければ、自分で持ってきた水を被ったとか!?いくらこんな季節とはいえ、ずぶ濡れのまま日陰にいるのは駄目でしょう!」


 つい、早口で捲し立てていた。

 すぐに「やってしまった」と焦ったが、もう遅い。突如声を掛けられた少年は、びくりと肩を跳ねさせて、こちらの方へ驚いて顔を向けたのだった。


(―――うわぁ)


 思わず、瞬きするのを忘れて目を見開いた。

 少しやんちゃさがある、見たこともないくらいに整った目鼻立ち。今は驚いた表情をしていて人だと認識できるが、無表情であれば作られた人形だと言われても信じてしまいそうだ。

 顔の造りも、文句のでないほどに美しい。だが、わたしの視線を逃さないのが、その瞳だった。

 少しくすんだ茶色で、珍しい色でもない。それなのに、なぜか目が離せない。じっと見ていると吸い込まれそうだ。



 わたしが無言で見つめていたからか、少年はかたまったまま、瞳を不安そうに揺らし始めた。悪い意味で見つめていたわけでもないのだが、急に不躾に見つめるなんて失礼だったと、反省する。



「あの、急に見つめたりしてごめんなさい。それと、もし何かあったなら―――」

「お前誰だよ。急に話しかけてくんじゃねぇよ、気持ちわりぃ」



 ついさっきまで不安に揺れていた瞳が、一瞬で鋭い形へと姿を変えてこちらを睨む。それと同時に、美術品のように美しい顔が、嫌悪感で歪んだ。天使が悪魔になった瞬間を、目撃した気分だった。

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