ハムエッグ
深酒した朝、起きると同棲していた彼女が部屋から出ていっていた。
ダイニングにハムエッグとサラダがラップ掛けて置いてあり、メモもあった。
別れよう、いつか歌にする
そう書いてあった。
彼女に出てゆかれても大学はある。
「いやでもムーちゃん私物少なかったんだな、って」
楽器も何もなかった。
俺は学食で同じゼミの山田相手にコーラを飲みながらグチるしかない。
「関係性の比重が違ったんじゃないか?」
「えーっ?」
配慮してた方だと思うんだが・・
バイトしているダイニングバーで開店準備をしていると、ムーちゃんの友達のアキさんから電話が入った。
「ムーはさっきの新幹線で秋田に帰ったから。住所は知ってる?」
代金に怯んだけど、タクシーから降りてT駅の新幹線券売機を目指す。人混み。
隣県に嫁いだ姉と不仲、売れない男女混成アマチュアバンドをやってて、親が末期癌だってわかって、連絡は取れなくて、秋田までの往復の交通費、明日からの大学、バイト、会った事も無い向こうの親族、病院まで俺は行くつもりなのか?
足が、止まった。苦笑する。
「比重、軽いの、俺か」
俺は人の波を横にすり抜けて壁側に寄って、暫く項垂れていた。
頭の中にあまり上手じゃないムーちゃんの歌が響いてた。
妻が長男の着替えを見てくれている内に、ワイシャツを袖捲りした俺はキッチンで朝食と弁当を作っていた。
ニュースを音で聞きながら自分と妻と長男の分のハムエッグを纏めて作りだす。
と、テレビから以前より落ち着いたムーちゃんの歌声が響いてギョッとした。
見れば秋田で注目の歌手としてムーちゃんが紹介され、ハムエッグという別れの歌を歌っていた。
「今は地方でもイイ人いるよね」
感心している妻に相槌を上手く打てなかったが、俺は涙をどうにか堪えた。キーボードと歌が凄く良くなってる。癖は強い。
歌の中で、バカみたいに眠る男にキスをして彼女は帰るべき所に帰っていった。