【1000字小説】時計塔、今日の恋愛予報は負けヒロインの模様?
老朽化のため立ち入りが禁じられた、北の端にある時計塔。
その錆びついた時計盤は、十八時半を差したまま時の刻みを止めている。時が停まったようなこの場所は、大学内の知る人ぞ知るデートスポット。
今日も時計塔前の小さなベンチで、彼女同士らしき女の子二人が指を絡ませてお互いにもたれながら、小さな寝息を立てていた。
そんな彼女たちを一瞬、「羨ましい」という思いが頭を掠め、それを自覚した次の瞬間、無意識に授業ファイルを抱えた手に力が入る。
――そんなこと考えるだけ無駄。だってわたしの彼女は、もうこの世にいないし、新しく好きな人ができることもきっと、ない。
そう無理やり自分を納得させ、足早にその場を立ち去ろうとした時。
「せーんーぱいっ!」
誰かに抱きつかれる。振り向くと、そこには大学の後輩の花音がいた。
「えへへ、雪奈先輩に会えるなんて、今日の私はついてるね」
無邪気に顔を綻ばせる花音にわたしは小さく溜息を吐く。
「いつもいきなり抱き付かないで、って言ってるでしょ。わたし達、別に付き合っているわけでもないんだし」
いつもよりちょっぴり言葉に棘が混じる。言い過ぎたかな、とわたしが反省していると。
「確かに私は先輩のことが好き。……だけど、私には先輩の彼女になれないよ。だって私は、先輩の彼女に相応しい女の子になれないから。だからせめて、後輩としてこれくらいはさせて、ください」
心なしか花音のわたしを抱擁する腕の力が強まる。そんな花音の頬からは、離れているのに微熱が感じられた。
その瞬間、胸がとくん、と音を立てる。
頬が熱を帯びてきて熱い。紅潮した顔を花音に見られたくなくて、つい地面に視線を落とす。そこには、二人の女の子の陽炎が踊っていた。
◇◇◇
四年前に病死する時。あたしは彼女の雪奈ちゃんのことが気がかりだった。雪奈ちゃんはあたしに囚われてもう彼女を作れなくて、ひとりぼっちになっちゃうんじゃないか。そう思うと昇天できずに、気づいたらユーレイとしてこの世界に留まっていた。でも。
互いに頬を赤らめた雪奈ちゃん達を見て、あたしの顔は自然と綻ぶ。
――橘さんならきっと、あたしのせいでずっと『停め』ちゃっていた雪奈ちゃんの時間を進めさせてあげられる。そしてそれは、四年間も停まり続けたあたしの時間も同じ。これでめでたしめでたし、だね。
そう頭では思ってるはずなのに。
不意にわたしの頬に温かいものが流れ、一筋の小川をつくる。
――なんだろこの気持ち。ずっと雪奈ちゃんに幸せになってほしくて、この瞬間を待ってたはずなのに、なんで胸が苦しいんだろ。
戸惑いながらも。心残りがきえた『はず』のあたしの幽体は小春日和の温かな日差しの中に溶けていく。
『あたし』が離散する最後の瞬間。動かないはずの時計塔の針が一刻みだけ動いたように見えたのは、涙で視界が霞んでいたからかな?
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