第1作品 『メロディーライン』 2
キーボーディストを殺したのは、キーボーディストって入力するのがめんどいから。
あると思います!
『メロディーライン』の後半戦突入第一話。
卓男は開幕の衝撃の一文に意識を飛ばしていた。
それはメロディーラインの初期メンバーであるキーボーディストが死んだという衝撃の事実。
1時間ほどして目を覚ました卓男は状況を知るために目をさらにして本編を読み込んだ。
『トラックに轢かれそうになった子供を庇って死んだ』
それは作中の人々や読者たち、今までのキーボーディストを知る人からすれば納得の死因であった。
彼女は明るく元気で笑顔を絶やさず、気配り上手で誰にでも好かれる太陽のような女性であった。
そんな周囲を明るく照らす太陽が突然消え去った。
その事実に意気消沈するメンバー。
特に酷かったのはドラマーだ。
彼女はメロディーラインができる前からストリートミュージシャンとしてキーボーディストと活動していた。
一緒にいた時間は彼女が一番長いのだ、その悲しみは計り知れない。
『まだ、まだ一緒にいれるって!夢の果てまでは行けなくても!笑顔でさよならが言えると思ってたのにッ!』
そう言ったドラマーに疑問を持った他のメンバーが問いかける。
まだ一緒にいれるってどういうことだ、と。
そしてドラマーはとめどなく涙を流しながら白状する。
キーボーディストは不治の病で先が長くなかったこと。
元々ストリートで活動していたのは最後の思い出作り、彼女の存在を多くの人々の記憶に残す為だったこと。
そして女性陣2人が愛し合う恋人同士だったこと。
『なんでもっと早く言わなかったんだッ!』
自分に何もできなかった無力感と自分が惚れた音楽は死に行く人が見せた最後の輝きだったという事実に言葉にできない怒りを感じたことから声を荒らげドラマーを責めるボーカリスト。
しかしドラマーは真っ直ぐと彼の目を見て言った。
『内緒にしてたのはあの子がみんなの音楽に不純物を入れたくないって願ったからだよ。だってキミあの子のこと好きだったでしょ。もし自分の状況を言ったらキミはあの子のための音楽を作ってしまう。それ位キミはあの子に惚れてたんだよ?気づいてなかったかもだけどさ』
それを聞いてボーカリストは愕然とする。
自覚していなかった恋心、そしてその恋はもう絶対にと叶わないという事実に自分を忘れた。
みんなが言っていた。
ボーカリストはみんなの先を進んで進むべき道を示してくれている、と。
『俺が前に進めるのは……先を照らしてくれる太陽がいたからなんだよ……』
葬式の間、メンバーたちに会話をする余裕はなかった。
ボーカリストは茫然自失。
ギタリストはただただ後悔。
ベーシストは声を上げて泣き続ける。
ドラマーは何を考えているのかわからない無表情のままでいた。
『オレたちはこれからどうすればいいんだ?教えてくれよ……』
葬式が終わりメロディーラインが長期間活動を休止することと共にキーボーディストの死が公表された。
ファンたちは悲しみに暮れ泣き崩れるものもいた。
そしてファンだからこそわかっていた。
実はメロディーラインを本当に支えていた柱はキーボーディストであると。
今後彼らはどうなってしまうのか、また彼らの音楽を聴くことはできるのか。
ファンたちはただただ心配していた。
『何もやる気しねぇ。頭の中に音楽が流れねぇ』
『俺の演奏ってここまで不安定だったか?』
『僕、楽器に困難い触れなかったの初めてです』
活動休止から3ヶ月、メロディーラインのメンバーは無気力になっていた。
そしてこの3ヶ月間スタジオに一度も現れなかったドラマーが突然現れる。
彼女はどれだけ泣いたのか目元を真っ赤に腫らしていた。
『……みんなに見て欲しいものがある』
そういうと彼女はとある映像を見せた。
『やあ、みんな!元気してる?』
そこに写っていたのはキーボーディストの姿。
もう二度と見れない元気な姿にメンバーたちは前のめりになる。
『これが見られてるってことはウチは死んじゃったってことだよね?ごめんね、先にリタイアして』
映像の彼女はそれから様々なことを語った。
ストリート時代にボーカリストに見つけてもらったのが嬉しかったこと。
ギタリストの演奏技術をとても尊敬していたこと。
ベーシストの尊敬の目がいつも恥ずかしかったこと。
ドラマーのことを心の底から愛していたということ。
そしてやはり、夢の果てまで一緒にいけないことを何度も謝っていた。
『謝る必要なんかねぇよ……オレたちはお前がいたからここまで来れたんだから』
『お前、俺にギター教えてくれって言ってきたこともあったよな。ボーカルじゃなくて俺を選んでくれたの嬉しかったぜ』
『貴女は僕にとっても太陽でした。貴女のこと僕は一生尊敬します!』
『やっぱりもっと一緒にいたかったよ……』
誰もがぽつりと言葉をこぼす。
ドラマーはきっと先に視聴していたのに、また涙が止まらないようだった。
『それじゃあ最後に、みんなにお礼の一曲を送ります!耳の穴かっぽじって心に刻めやー!』
そうして流れたのは優しいピアノの音とキーボーディストの柔らかい歌声。
初めはただ聴き惚れていたが歌詞を理解した途端全員が嗚咽と涙を止められなくなった。
歌詞の意味はこうだった。
『私は先に旅立つよ、ごめんね』
『大切な貴女たちの夢が叶うことを信じてる』
『あなたたちが夢を叶えた後、孫の結婚ぐらいまで見届けたくらいでこっちに来たら私の見れなかった夢の続きを教えてね』
『あなたたちに出会えて私は幸せでした。ありがとう』
聴き終わった4人は抱き合って、泣いて、泣いて、泣いた
そして涙を拭いて立ち上がり、それぞれの楽器を手に取った。
お互いのことは気にせずただ感情のままに音を響かせる。
それは曲になっていない、下手したら騒音でしかないかもしれない重厚な魂の音。
演奏が終わって誰からともなく宣言した。
『メロディーラインは世界一のバンドになる!』
ここで今回の更新分は終わっている。
「あっあああ、ああああ……嗚呼あああああ……」
言葉にならない叫びをあげながら、卓男はとめどなく涙を流した。
誰かの死にこんなに胸を打たれるなんて。
誰かが死ぬなんて想像もしたくない、ただ暗い気持ちになるだけのものじゃなかったのか。
残された人々に悲しみだけじゃない、未来への明るい光が満ちている。
「人が死んだのに、どうしてこんなに気持ちのいい涙が出るんだ……」
死してなお皆を照らし続けるキーボーディストの献身に胸を締め付けられる。
卓男はこんな感情もこんな経験も初めてのことだった。
悲しいのに悲しいだけじゃ終わらない。
本当の感動とはこういうものだったのだ。
一体今まで感動して泣いていた作品はなんだったのか。
そう思うほど卓男は『メロディーライン』のめり込んでいた。
「やばい、これは良作どころではない。神作と呼ぶに相応しい作品でござる」
卓男は感動に身を委ね、やさしくデバイスを閉じた。
1日経って次の更新がされた。
卓男は大興奮で続きを読み始めた。
今回の話はなんと予想外、新メンバーの加入だ。
担当はもちろんキーボード。
失ったキーボーディストの代わりということに差わめくメロディーラインのメンバー。
そんな面々の前に現れたのはまだ中学生の少女。
その姿を見てドラマーが驚きの声を上げる。
訝しむメンバーに彼女が告げたのは少女が前任の妹であるということ。
驚愕するメンバーたちに少女は告げる。
『わたし、お姉ちゃんの夢を引き継ぎたいんです!皆さんの足は引っ張りません、だからよろしくお願いします!』
大切なひとの親族ということで無碍に扱えず、とりあえず演奏を聞いてから決めようとなる。
そして少女の演奏を聴いてメンバーたちは驚く。
なんと少女の演奏はとてつもなくハイレベルだったのだ。
確かに前任には及ばないかもしれない、けどこの少女となら世界をとれる。
そう思わせる凄みが彼女の演奏にはあった。
まだ若いのにどうしてそんなに腕がいいのか。
そう尋ねるメンバーに彼女は言う。
『先生がいいからですよ!だってわたしに音楽を教えたのはお姉ちゃんですから!』
この女なら大丈夫だ。
そう判断したメロディーラインは再始動に向けて調整を始める。
しかし合わせて演奏してみるとなかなか音が合わない。
それもそのはず、実は少女は他の楽器と合わせて演奏した経験がないのだ。
由々しき事態となったが、すぐにボーカリストとドラマーが特訓の面倒を見ると名乗り出る。
『恋した女の後継者だ。最上に仕上げてやる』
『愛した女の後継者だもん。完璧に育て上げるよ』
それからみっちりと特訓した少女は誰もが認める立派なキーボーディストになった。
新メンバーを迎えメロディーラインは再始動に動き出す。
と言うところで更新分が終わった。
「はえー、ここで新キャラとは。しかし出てきたばかりなのに心理描写が丁寧だから完璧に感情移入できて違和感なく馴染むなぁ。さすが!作者は神!」
卓男は作者をたたえあらためた流し読みする。
するとわかったのは設定にも作者は気を遣っていると言うこと。
あれほど愛されていたキーボーディストの後任がいきなりきたのだ、普通なら既存メンバーと軋轢が生まれるだろう。
しかし新キャラは前任の妹。
同じ人を失った悲しみを共有できる上に前任の面影を感じられるその人。
応援することはあれ恨むことはないだろう。
メンバーが割とあっさり認めたことの説得力としては十分ではないだろうか。
「いややはり作者は神。一生ついていきます。はー、この神作もあと3回の更新で終わり。内容が濃いからあっという間に感じるー。でももう一週間は経ってるんですなー、感慨深い」
これから完結に向けて話がどう動くのか。
卓男は期待に胸膨らませながらデバイスを閉じた。
次の回が更新された。
卓男は喜色満面で続きを読破する。
今回の内容は分かりやすくゆうといざこざ回。
活動再開とともに新メンバー加入が発表されたことに対する世間の反応が主な内容だ。
新メンバーが入ったとはいえ活動再開したことに喜ぶ人。
新メンバーは必要ないと言う人。
どうしようもないことだけど前のが良かったと言う人。
前任の妹ということに対して七光だと揶揄する人。
どちらかというと否定的な意見の方が多いという事実はまだ中学生の少女を傷つけた。
そんなときボーカリストがドラマーに言う。
『オレはあの子が光る曲を作ろうと思う。反対するか?』
ドラマーは言う。
『誰かのための曲なんて独善的で人の心には響かないけどそれでもいいの?』
少し心配して様子のドラマーにボーカリストは否定を述べる。
『あの子のためじゃねぇ。オレがムカつくから人の演奏を聴きもしない奴らに見せつけてやりたいだ』
『ならいい』
ボーカリストとドラマーの秘密の相談はそこで終わり、後日新曲が完成する。
それはキーボード担当に多大な負荷がかかり超絶技巧が求められる高難易度の曲だった。
あまりの難しさに心配するギタリストとベーシスト。
しかし少女は覚悟を決めていた。
『わたしできます!これくらいできなきゃお姉ちゃんを越えられないから!』
目をギラギラと燃え上がらせる少女に4人は驚きとともに嬉しさを感じる。
彼女は前任の代替品なんかじゃない。
それを超えるためにここにいるんだ。
そして新曲をライブで初披露。
結果は大成功だった。
少女に批判的だった人々も彼女の人間業とは思えない抜群の指運びにすっかり魅了されファンとなっていった。
再始動後も大成功を収めたメロディーライン。
そしてそんなメンバーたちに海外ライブの依頼の話が届く。
ここで今回の更新分は終わった。
「メロディーラインは最高!拙者もライブ行きてぇー」
卓男はもうメロディーラインの虜であった。
なぜ現実に彼らは存在しないんだ、こんなに熱いバンドがいたら絶対推すのに。
卓男の思考はただそれだけであった。
「更新はあと2回、ひえええええええ!終わらないでえええええええええ」
卓男は止まらない震えに振り回されながらデバイスを閉じた。
今回も予定通り更新された。
卓男は震える手で本文をスクロールしていく。
「最終回前、一体どうなることやら……」
今回の話は前回の続き海外ライブの話だ。
ついに国外へと突き進むメロディーライン。
海外の音楽にも精通している関係でマネージャーよりメンバーの方が交渉ができると言うギャグを挟みつつ。
海外のプロデューだーから彼らの音楽性をベタ褒めされつつもそれだけでは海外ではやっていけないと忠告される。
『じゃあ、一体ここでてっぺん取るには何が必要なんだ』
そう尋ねるメンバーにプロデューサーは言う。
『決まっている、熱量さ!どれだけソウルを燃やせるか!観客の魂の火をつけられるか!必要なことはそれだけなのさ!』
それを聞いてメロディーラインの面々は笑みを深める。
『そんなもん、余裕だぜ!見てな!』
そしてライブ当日。
日本で最も売れているバンドのライブということでそれなり以上に客は居た。
そして彼らはその日、魂を焦がす太陽の音楽に出会う。
ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラム。
五つの音は重なり合い、高め合い、磨き合い、最上級の音へと進化していく。
心のドアを蹴破り魂に叩きつけられる音楽はその熱量を持って計り知れない熱狂をもたらす。
観客を我を忘れて曲に酔いしれ、際限なく歓声を上げ続けた。
海外での初ライブは大成功。
プロデューサーからも舐めていたよ、なんて謝罪を受け取りなんと別の国でのライブに招待された。
歓喜するメンバーたち。
そして夢の道はまだまだ続いていく。
『オレたちはもだまだ上に行ける。ここからがスタートラインだぜ!』
ボーカリストの高らかな宣言とともに今回の更新分が終わった。
「ピャー!拙者感激!すごいな、この盛り上がりで最終回じゃないの?こっからどうなっちゃうの?」
卓男は悲鳴を上げるだけの置物と化した。
それほど今回の内容は素晴らしかったのだ。
今まで出会ったどの作品よりも上質な感動を届けてくれる。
卓男はまだ見ぬ作者に感謝を捧げた。
「ツヅル・ズルツール様。あなたは神です」
卓男はこの出会いにただただ感謝を捧げながらデバイスをそっと閉じた。
「アイエー!次回最終更新やんけ!」
そして次の日、最後の更新。
ここまで実に10日間。
長いようで短かった最高の体験。
卓男は覚悟を決めて読み始める。
最終章開幕である。
今回の話は海外ツアーを終えて国内に戻ってきたところから。
様々な国を巡ったことで現地の多種多様な音楽に触れより洗礼された演奏ができるようになったメロディーラインの面々。
しかし様々な国の音楽チャートを席巻するようになってしまったことでこれ以上の目指すべき場所が分からなくなってしまった。
新曲も出すたびに売れまくるしライブはいつも満員御礼。
それは国内だけでの話ではない。
一体、自分たちはどこに迎えばいいのか。
そんなとき読者の度肝を抜く展開が起こる。
なんと地球に巨大な宇宙船が着陸するのだ。
『我々は地球人類と友好を結びたいと思っている。特にこの星は娯楽が素晴らしく発展している。是非とも輸出していただきたい』
宇宙人の目的は娯楽。
そうわかったことで政府は地球を代表する娯楽、音楽を披露することを決める。
当然白羽の矢が立つのは地球で最も売れてるバンド、メロディーライン。
早速使節団の前で曲を披露する。
結果は大盛り上がり、ではなかった。
『ほう、なかなかいいミュージシャンが地球にはいますなぁ』
『ええ、荒削りですがなかなかの原石ですねぇ』
音楽は文化、当然宇宙にも存在した。
そして地球一の音楽は宇宙にとってはまだ原石だったのだ。
『我々は創作物ばかりに気を取られていましたが文化方面も地球はいいものが揃っているのかもしれませんねぇ』
『これはちょっと育成してみたいですなぁ』
メロディーラインの面々は使節団の言葉に感激した。
まだまだだと言われているのになぜ喜んだのか。
それはまだ目指すべき場所があるとわかったから。
『どうもメロディーラインの皆さん。ワタシは芸能関係の仕事をしているのですがよろしければ皆さん、宇宙一のミュージシャンを目指しませんか?』
国内一になったら次は世界一、地球一。
星で一番になったなら次は宇宙一。
なるほど道理だ。
まだまだ目指すべき道は長い。
メロディーラインの野望はまだまだ始まったばかりだ。
『オレたちは宇宙一のバンドになる!見ててくれよ、いつか天国まで俺たちの音楽を響かせるからな!』
エンド。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
卓男は涙を流して絶叫した。
感動、圧倒的感動。
彼らがその熱量を失ったときはどうなるのかとハラハラしたが。
まさかのSFオチ。
まだまだ彼らの物語は続いていくだろう。
でも自分たち読者が見れるのはここまで。
きっとこれからもメロディーラインは輝き続けるのだ。
そう確信させる美しい終わりであった。
「はあ、はあ、はあ。……最高」
卓男はとてつもない充足感と疲労感を感じながらデバイスを閉じる。
しかしふと思いつきデバイスをまた開く。
「これほどの神作、感想を語り合いたくならないわけがない。オタクはそういう生き物」
少し掲示板を漁るとあった。
メロディーラインを語ろうというスレが1個、2個、3個。
大量にある、というか一つのスレじゃ流れが早くなりすぎるので自主的に分散しているようだ。
「これは拙者も書き込まねば。とりあえず一言、と」
『ツヅル・ズルツールは人間じゃない、神だ』
おお神よ!
我に文才を与えたまえッ!
この小説ができた最大の理由は伝道者系が好きだから、ではない。
拙者の文章力ではたまりにたまったプロットたちを表現しきれないからである!
甘えんなッ!って言った君。
枕元に出て拙者の中二のころに書いた作品読み上げてやるから覚悟しとけよ?