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人間の一丁目

「えっ!?」


 私は大声を出した。


「嘘っ」

「そんな驚くこと?」

「いやっ、そうですけど!」


 あり得ると分かってはいたことだけど!

 全くもって、つくづくメロドラマには向かない展開だ。


 慎ましさかった前世の彼を知っているだけに、私はショックを受けた。彼が慎ましい以上に寂しがり屋なこと私は知っている。

 そうだよ······このひとが誰とも関わらず三百年を生きれるとは思えない。優しいひとだ。何も悪くない。私がショックを受けるのはお門違いで、強いて言うなら、悪いのは死んだ私で······。

 悪くない。けど、でももう······まじ殺そっかなこのひと。


「うあ」


 殺したらこのひと、私のものになるかな。悲しくなってきた。私は顔を覆って過去を悔やむ。

 百五十年もあれば総理大臣だって百回変わるし? なら、三百年あれば彼女が二百回変わることもくあるのかもしれない。つっら。


「えぇ······何、どうしたの?」

「ちょっと殺意が······」


 自分への殺意もだ。何が『私の分まで生きて······』だ。殺しとけ。性欲薄いから大丈夫? 殺しとけ。

 幸薄さが滲むこのチャラチャラ美青年の彼女を名乗る人が、過去三百年間一時期でもいたと思うと、私は情緒が狂って死んでしまう。


「君、大丈夫······?」

「······彼女、どんな人なんですか」

「いや」

「お願いします、教えて下さい」

「······あーえっと、黒髪で、ロングで、どっちかというとキツネ顔かも。和風な感じ。秋刀魚の食べ方が綺麗で······肝心なところで忘れ物が多い、ちょっと間抜けた子だよ」


 前世の私やん。


「うえあー」

「えっ何」


 こっちが『えっ何』だ。そんな慈しみ深い顔で言うな、びっくりした。和風キツネの焼き魚までは何とかなったけど、忘れ物てめぇはだめだ。


 忘れ物は前世の私たちのお決まりのジョークだった。事ある毎に『もう家出る? ロープ忘れてない?』だの『今言ったこと遺書に書いておくからな』と言い合ったのを私は忘れていない。

 喧嘩してもその一言でお互い顔を見合わせて笑ってたのを、私は忘れていないからな。


 因みに、そのジョークのお決まりの返しは『夢の中では大丈夫だった』だ。

 辛い。例えるなら三十路になって友達と撮った『私らマジ最強!』という十代のプリクラを直視してるくらい辛い。


 三百年経った今でも『忘れ物』って言葉が彼の中で特別な意味を持っていることを喜ぶべきか······、はたまた、その特別が私ではない他人に冠されているのを、嘆くべきか!


 ああ、専売特許を奪われた気分だ。特徴がスラスラ出てくる時点で、現彼女が現彼女だから付き合ったというより、特徴が揃ってるから付き合ったに近いものを感じる。

 それは希望的観測が過ぎるだろうか。私に似てたから付き合った、と言って欲しい欲望が希望に透けているかもしれない。


 うう、元カノ風情が浅ましい? 自己嫌悪へのプレリュード。

 前世で私が『私のどこが好き?』って聞いたら彼が『全部だよ』って言ってくれたの忘れてないからな、と心の中で想像上の現彼女にマウントとってしまうくらい無理。その想像上の彼女が前世の私の形をしていて無理。


 今でも私は、この綺麗なひとが自分のものであるつもりなのだ。

 仄かな優越感と嫉妬が私の中で醜いマーブル模様を作っていた頃、一方、彼はドン引きしていた。


「君、本当に大丈夫?」

「大丈夫じゃないですよ······今なら首を掻き切って死ねるくらい大丈夫じゃないです」

「······」

「······ねぇ、私じゃ駄目ですか。私、塩顔だし、魚捌けるし、あやとり超上手いし、江戸時代の歴史の成績めちゃめちゃいいんですよ······」


 問いかけながら、ああこれはダメだなと分かった。思った通り彼はゆるゆると首を振る。


「······ごめんだけど、死ぬまで一緒にいたい人がいたのは当たってるから」


 その声の一層の優しさに目が潤む。


「現彼女のことじゃないんですよね?」

「うん。だから、今の彼女とも直ぐ別れると思うよ」


 他人事のように言う。

 別れるなら私でもいいじゃん、という話だが、ここで押し切ったところで将来上手くいかないことは分かっている。私が彼にとって『死ぬまで一緒にいたい人』のスペアである限り、私は現彼女と変わらない。


「でも私、千代なんですよ! 名前!」

「だから何なんだよ······」


 スペアじゃないのに。ここまで来ても分かって貰えないのが全くもって物語的じゃない。

 流石に当惑したのか、彼は珍しく大きなため息をついた。私は固まる。


「分かった。あんた、瑠璃の眷属だろ」


 ビクついた私の肩を彼は図星ととったのだろうか。


「······え」

「チッ······黒髪黒目? 千代の名前騙らせて、わざわざ千代に似た女の子差し向けて······巫山戯てんのかあいつ······!」


 瑠璃って、確か彼と同じ長命種の······。

 私は今まで聞いたことない怒鳴り声に益々怯んだ。こんな風に怒るひとを私は知らない。舌打ち? 声が怖い。こんなひと、私は今まで一度も。


「でも、残念だったな。あんた、全然千代に似てないから!」


 しかし、咄嗟に怯えも吹っ飛んだ。


「······はあ!?」


 似てない······!? 今さっき自分でも、私のこと『似た女の子』って言ってた癖に!?


「何言って······」

「千代はもっと明るかった! 『はあ!?』とか言わないし、俺の前で泣かないし、少女漫画みたいな語彙でしか喋らないし······大体、千代はヒールは履かなかった!」


 彼は私の足元をみやって言う。

 私は開いた口が塞がらなかった。······履かなかっただと? そもそも江戸時代にヒールはない!


「あれから何年経ったと思ってるの!? 三百年だよ?」

「ああ、そうだよ三百年だ、三百三十一年! そこんとこ覚えておけよ、俺をからかいに来るくらいなら! 千代は戻って来ないと知りつつ、この街で千代の遺品を抱えて生きてる俺がおかしいか? 悪いかよ! 山の開拓で墓を移す? 天涯孤独だった千代の骨を引き取る為に、俺がどれだけ苦労したと思ってる!」

「っ、知らないよ。骨なんて食べれるわけでもないのに!」

「飾るんだよ」


 目をかっぴらいていうものだから、このひと、頭の病院に連れて行った方がいいかもしれないと思った。


「忘れたくないのはおかしいかよ。······何もかもを忘れたくないんだ。大好きな人の声を忘れた時、大好きな人を自分の頭の中で美化していることに気付いた時、どんな絶望に襲われるかあんた知ってる?」

「······」

「何の為にこのクソみたいな世界で生きてると思ってる。何度も何度も、あの男、俺に女押し付けてきやがって······。······やってるじゃないか、真っ当に。彼女作って、ピアス開けて、仕事が休みの日はゲームして偶に買いもんして············俺······ちゃんと人間、やれてるだろ」


 絞り出すように言って、彼はそのまま、顔を覆ってしまった。


「······お兄さんは死にたいの?」

「死にたい」


 彼は即答した。


「死にたいさ。······死にたくて死にたくて、無差別に悲しい。何なんだ······彼女が死んだのに何で俺が生きているのか分からない。皆どうやって生きているのか分からない。人間のフリが上手くなる度、千代がいなくても生きていける自分に気付く度、気が狂いそうだ。今ここにあるもの全てが憎くて仕方ない。············どれだけ愛してたと思ってる。殺し損なったこの感情に、誰が後見人になってくれるっていうんだ。何もかもが千代じゃない。全部が全部千代じゃない」


 彼はのろのろと顔を上げて、掠れた声で言った。


「························俺、フリしてただけで、······本当はあんたの主人の言う通りずっとずっと非情で、彼女が言ってたほど優しくも何ともない、彼女がいなくたっても三百年息継ぎができるような、薄情な男だよ。あんたらに思い知らされなくたって、分かってる」


 悲しみに濡れていた目が、突如鋭い怒りを宿した。


「こんなことなら、千代を無理やり眷属にでもしておけば良かった」

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