ひとを占えば穴二つ······。
変わったことに嫉妬する分、変わっていない優しさに喜んでしまう自分がいる。変わっていないことを確かめて嫉妬を慰めている。そういう営みが過去依存の過去ジャンキーと言われても否定はできないだろう。
「大丈夫? お腹痛いとかじゃない? ごめん、俺相手じゃ嫌でしょ。今誰か女の人に来て貰うから······」
「······」
「あー、服、離せる?」
私は彼のカーディガンを握ることで拒絶を示す。泣いてしまった時点で既にかっこわるいが、極力ぶさいくな涙声は晒したくなかった。
「あ、無理? じゃあその服あげるよ。今日寒いもんな、肩にかけてあげるよ。だからおてて離して······あ、無理? 要らない? あ、じゃあ服離せる? あ、無理?」
今日は春のぽかぽか陽気でむしろ暑い。
ぐちゃぐちゃの顔で俯いてしまえば「そう」と簡単な言葉が返された。その声の優しさと言ったら······。私は自己嫌悪にトドメを刺される。出会い頭に号泣とか、最悪だ······。
彼はカーディガンをのびのびに伸ばして、なるべく私と距離を取るようベンチの端に腰掛けた。のびのびは困るので私の方から少し近寄る。
自分から近付いた癖に、次にはカーディガンの繊維一本一本から心音が届きやしないか心配になる。ヤバい、心臓。情緒不安定すぎてヤバい。
そんな私を彼は落ち着くまで待ってくれた。
その間約一分。私の中では喜び、罪悪感、自己嫌悪のための三重奏が繰り広げられていた······。ああ、なんてこった。アツく情熱的に、私の中の鍵盤が跳ねる。
つらい。そして彼がこの三百年で振りまいてきた優しさと思うと、嫉妬のための四重奏が再編される(つらい)。
何を言ってるか分からないとは思うが、最早私も何に泣いているのか分からない。
自分から見てもそうなのだ。傍から見れば私たちはもっと奇妙だと思う。二十代にも三十代にも見える男と、どう見ても高校生の私。
誰も私たちの間に横たわる長い長い時間を知らない。
春の日差しだけが私たちの関係を柔らかく見せてくれる中、泣き疲れた私は本題からぶっちゃけることにした。
「前略。というわけで、心中して頂こうと思うんですけど······」
「前略······」
何が『とういうわけで』なのか、最早私にもさっぱり分からない。
私が自分のバッグに手を伸ばすと、それを見た彼によって優しく取り上げられてしまった。見上げた彼は難しい顔をしていて、もしかするとバッグの底に何が入っているか彼にはお見通しなのかもしれない。
いざバッグの中を調べられたりしたら、一発アウトだなと思った。ロープの方が言い訳はついたかもしれないけど、あれは自殺が失敗するジンクスがありそうでやめた。私の腕で彼を絞め殺せるとも思えないし······。
中身は包丁、バレたらアウト。事実、殺意しかない。
「おっけ、俺いい病院知ってる。大丈夫。なんなら一緒に行ってあげるから」
「大丈夫です」
「遠慮しないで」
「······泣いちゃったのは本当にごめんなさい。ハンカチもありがとうございます。でも、精神は健康なんですよ」
『前世を思い出したんだー!』なんてこと言ったら、お医者さんに薬処方されるかもだけど。
「······あー、君は、死にたいの?」
彼は手探りをするように聞いてきた。
「まさか」
鼻で笑う。
死にたくはない。前世と違い、私はもう死が怖くなっていた。怖いし、痛い。死ぬのは一回で十分。この彼の隣で五月蝿い心臓が死によって治まるというのなら、いっそ治まらない方がいい。
怖い。でも、その上で、私は彼の為なら死ねるのだ。もう二度と彼を置いて逝きたくない。
死にたいのは彼の方じゃないんだろうか、と私はそちらを伺った。あんなに死にたがっていた筈だ。三百年の間に彼は自殺願望さえ失くしてしまったのだろうか?
「君じゃないです、私の名前」
「······」
「千代です」
「へぇ」
「お兄さんの名前、当ててみましょうか?」
私はずいっと身を乗り出す。
乗り出したら汚い泣き顔が隠せない? この際もうどうでもいい。
どうせこの後死ぬつもりだし、江戸時代の美的感覚なら今の私の塩顔も絶世の美女かもしれない。どうせ死ぬ、白骨化すれば私もそこそこ美人かも。
そんな私に彼は動じない人格者ぶりを見せて、至極優しく言った。
「あー。前世がどうとか言っていたのといい、君は占い師か何か? 分かった。いいよ、占ってみて」
「お兄さんの名前は周防さんです」
「いきなりだな!? ······ブブー。違います。全く違う。君本当に当てる気ある?」
「じゃあ次いきますね」
「次とかあるんだ」
彼はちょっと余裕顔だった。初っ端がこれだ、そりゃそうだろう。
けれど、生憎私は占い師じゃないし星占いだって信じてないから、今喋っているのは全て知見だ。
「喜三郎さん」
「ブブー」
「孝好さん」
「······ブブー」
余裕顔は直ぐに崩れた。彼は黙り込む。私は淡々と続ける。
「九郎さん。源蔵さん。文吉さん。······ああ、あと権兵衛さんもいましたか?」
彼と目が合わなくなって、すっとした無表情で彼は頭上の桜を睨んでいた。
何を考えているんだろう。私は横顔が綺麗だと考えている。桜に攫われる人っていうのは、きっとこういうひとを言うんだと思った。
ザァと風が吹く。彼の顔にかかる木漏れ日が揺れ、花が散る。
周防、喜三郎、孝好、九郎、源蔵、文吉。この順に思うところがないとは言わせない。
一部とは言え、時系列で過去の偽名を諳んじられ、彼は大分不信感を持ったようだった。カーディガンの手をさりげなく払われる。
「······ブブー。不正解。全然違う。君、ジョークが下手だね」
さりげないあたりがダメダメなんだよな。私はちょっとジト目になった。
彼の夢ジョークには多分みんな負けると思う。
「じゃあ亀井さんですかね。ジョン・ドゥ? それともリチャード・ロウ?」
「······あのさあ、君、いい加減にしてくれないかな」
「どういう意味ですか?」
彼は眉根を寄せた。
「ここまで来ると大概気味が悪いよ。大人を馬鹿にしてる? タチが悪い」
真意を探るような目で彼は言った。
その目に、私はもしや期待が混じってやしないかと見るけれど、分からない。
私が生まれ変わったと気付いた時彼は一体どんな顔をするだろうか。分からない。置いて逝ったこと、彼は恨んでる?
「結局のところ君は俺の名前当てれてないし······」
「······」
彼以外の長命種はいるにはいる。三百年前には片手分しかいなくなっていた筈だ。
長命種でもなければ彼の歴代の名前は知りようはなく、けれど、彼は私が長命種ではないことを知っている。彼は他の長命種全員と顔見知りらしいからだ。前世で聞いた。
「······何」
「······」
心中が無理なら、私も長命種になりたかったな······とふと思った。前世では聞けなかった。そんなこと言えば、長命を厭っている彼に失礼かもしれないと思って。
只人が長命種になる方法。噂程度になら聞いたことはある。
彼はどこまで変わったのだろう。
もう死にたくなくなった? 私を恨んでいる? 私を彼の眷属にしてくれるのか、彼を殺す前に知っておきたいことは幾つもある。
「俺の顔に何かついてる?」
「いえ。······今の名前当ては失敗しました。もっと違うことなら当てられるかも」
「例えば?」
「例えば······お兄さんの昔の恋人のこととか」
「はぁ······?」と、前世の彼なら絶対にしない粗暴な返事が帰ってきた。
「めちゃめちゃ好きな人、いたんじゃないですか? 死ぬまで一緒にいたかった人とか。でも自分より先に死んじゃった人とか」
「······占いじゃなくて、当てずっぽうで言ってない?」
どっちかというと期待かもしれない。彼が『いた』と言ってくれることを私は期待してる。
かつて、彼に未練を植え付けようと画策した日々を覚えているから。かつて、彼があんなに死にたがっていたことを覚えているから。彼がもし『いた』と言い、彼が今私のせいで生きていることが分かったら、私は彼を殺せる。殺さなきゃいけない。
返事を待つ私に彼はため息をついて、そして気まずそうな顔をした。
「あのさ、ナンパみたいなことをしてきた時からずっと思ってたけど······俺、今彼女いるよ」
ジョン・ドゥ、リチャード・ロウ⇛名無しの権兵衛。
余談ですが、主人公が彼について語る時『ひと』を平仮名表記ににしてるのは彼が人外だからです。さしたる意味はないです。人間じゃないもんね平仮名可愛いね、ってだけ。
彼以外を語る時は『人』としてる筈だけど、漏れがあったらそれは誤字です! アトデ ナオシ マス!!