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此処で会ったが三百年目!

「私たち、何処かで会ったことないですか?」


 心中しませんか、と初手で口説くには情緒がないから、在り来りなナンパ文句で行くことにした。


 以前彼を目撃した公園で張ること二週間目。執念で再会の機会を手繰り寄せ、鞄の底に包丁を忍ばせた私はこの日を迎えていた。うっし。殺意充分、ばっちこい!


 目の前を通り過ぎようとしていた彼は、足を止め、そして振り向いた。彼の瞳が私を捉え、彼の耳が私を捉え、彼が、あの彼が今、私の目の前にいた。

 いる?

 うわやば。本当に······生きてた。


 温かな感動に打ちのめされる。うわ。やばい。泣く。待ってそんな予定じゃなかぅあのに。彼がここにいること、彼が私を見ていること。本当に、彼は生きていたのだ。

 これだ。このひとだ。これが彼だ。彼そのものだ。


 なまっちょろい私の殺意は一瞬にして感動に屈服する。あんな今にも消えそうで儚かった男が、今私の目の前に両足でしかと立っているのだ。待って好き。すごい生きてる好き。もうめろめろだ。


 もしもこの世界が私と彼の二人だけなら、私は彼が生きていたことを、手放しで歓迎できた気がした。寿命も嫉妬も何も気にならなかっただろう。いつだって他人がいるから嫉妬するのだ。今でも周囲の目を集めている彼の美貌が憎い。

 歓喜と殺意に揺れる私の目を捉えたまま、一方、彼は暫し考える様子を見せ。


「確かに会ったことあるかも」


 と、爽やかに、生気ある顔で笑った。

 途端、私はぴしりと固まる。


「······」

「君、高校生くらい? ダメだよ、こんなおじさんで遊んじゃ」

「············」


 彼が腰を屈めると、彼の耳につけられたピアスが揺れた。彼の耳にバッチバチに付けられた、ゴッツゴツのピアスが、ピッカピカに光った。ピカピカの一年生のランドセルより遥かに新鮮な心地だった。


「あれ? どうかした?」


 もう、衝撃だ。私は彼をポカーンと見つめる。

 彼は、あまっちょろくて優しくて、儚げで、いつも地味な着物姿で、押しには弱いけど、真面目すぎるきらいがあって、雰囲気が柔らかくて、質素で、間違っても、彼はピアスなんてつけないタイプだったし、間違っても『あるかも』なんて返しはしない。間違ってもノリよく逆ナンに対応するタイプではない。


 精々『何処かで会ったこと? もしかして、花屋の山田さんの娘さん······?』とか聞いてくるくらいだ。そして絶対に花屋の山田の娘ではない。

 慣れてきた相手にやっと『······昨夜、僕の夢に出てきたのは君だったの?』とか、はにかみながら冗談にならない冗談を言ってくるタイプのひとだ。やめろ、その顔と殺し文句は私に効く。


 ともかく、それが前世の彼だった。

 私は心の中で「誰やねん」とつっこんだ。目の前で「おーい」と手を振ってみせる彼に、心の中で力強く「誰やねん」とつっこんだ。


「いや誰やねんッ!!」

「は?」


 エッ待ってなんか違う!

 いや待て待て、待て待て。黒髪黒目の儚げ美青年どこ行った? ミルクティー色の髪の毛にカラコン入れたチャラいイケメンになってるんだけど。今にも死にそうな未亡人感あふれる儚げ美青年どこ行った?? あれ、前世で私が見た彼って『は?』とか言えるひとだっけ。


 誰、このひと。

 さーっと血の気が引いていく。

 いや、違う。確かに彼だ。それは違いない。彼だ。分かってる。ファッションや顔立ちは時代に合わせて変えられているけど、歩容やイントネーション、笑い方の癖は完全に彼そのものだ。というか彼だ。


 違いない。間違えるわけがない。三百年かけて舞い戻ってきた、儚げ美青年人外最萌えの元カノが言うんだぞ?? あっ元カノって響き悲し。


 ······間違いない、はずなのに、脳が受け入れることを拒否してしまう。

 彼は間違っても逆ナンに乗るようなひとじゃなかったのに。長命だからか性欲は薄いし、ゴツゴツのピアスよりも、過去を匂わせてるのか小一時間問いただしたくなるような、ポッカリとしたピアス穴が似合うひとだし、今どきのゆるゆる服より着物や喪服が似合うひとだ。


 三百年もあれば、人は簡単に変わってしまう。三百年で彼に服を勧めた店員は何人もいるだろうし、彼に食事を提供した飲食店も山ほどいる筈だ。

 その到底乗り越えられない時間の差がもどかしい。

 私はこの三百年で彼と出会った全ての人間を滅ぼしたい気分に陥った。明確な殺意だ。


 私は、このひとが昔串団子をカラスに奪われてこれ以上ない悲壮な顔をしたこと覚えているし、このひとが怖い夢を見たと言って、トイレで蹲って震えてた頃のことを知っている。

 二十代後半の人間ような面をしているが、このひとは四百歳越えの人外だ。私は知っている。


「······」

「?」


 知っている。


「············」

「??」


 あれ、私たち、こんなに身長差あったっけ。······私、縮んだ?

 思った瞬間、私はだばーっと涙を流した。


「うわあー」

「えぇ???」


 感情がぐちゃぐちゃだ。

 私も生まれ変わったんだ。私も変わって、彼も変わった。私も変わってしまった。

 すごい、この人生きてる。三百年も生きてきたんだ。すごい。生きてる。愛しい。でも、何で生きてるんだ。


 悔しい! 嬉しくて悔しくて涙が出る! 過ぎた三百年はもう取り戻せない。何故私は過去の彼を語る言葉しか持ち得ないのだろう。私も彼の隣で生きたかった。できないなら殺しとけば良かった! 


 私も見たかった! 黒髪黒目の儚げ美青年が、過去の傷を隠した軽薄チャラチャラ胡散臭い美青年へと変遷する様を! 痛いことが大嫌いなこのひとが、涙目うるうるでピアス開ける様を見たかった! このひとが過去三百年で何をどうして、何を感じて生きてきたのか、過去形ではなく現在進行形で語れる存在になりたかった!

 悔しい〜!!


「うああ」

「え? 何、どうしたの? 大丈夫? 初対面でいきなり『私たち、何処かで会ったことない?』なんて聞いといて泣く?」


 わー! 軽い口調で言いながら語尾全部に疑問符つけて内心おどおど、人間付き合いが苦手な感じの長命種だー! 人間が好きな癖に人間のことを分かれない長命種だー! 自分より遥かに弱い人間にどのくらい優しく接すればいいのかよく分からなくて、結果どぶどぶの泥沼並に優しく接しちゃう不器用長命種、ぴぐじぷで予習してきたから知ってるんだよー! うわー!!


 彼は若干汗をかいて眉尻をこれでもかと下げていた。

 前世の頃は、いつもどこか傷ついたような目で、きょどる元気もなく微笑んでる感じだったのに! 前世では······!


「うわあー······ぜ、ぜん、前世ではー······」

「俺『君の名前は?』とか聞いといた方がいい?」


 しかも一人称が俺だって······? それでこんなノリツッコミを出来るようになっていたなんて。泣いてしまう。既に泣いている。

 大分流行りに乗り遅れてる感じがめちゃめちゃ一億万点かわいいですね、ありがとうございます。世間と時間感覚がズレズレにズレてる長命種ありがとうございます。


 ぐちゃぐちゃな感情に比例して、私の顔もどんどんぐちゃぐちゃになっていく。メイク崩れの次元じゃない。

 彼に似合わないオーバーサイズのピンクのカーディガンを掴んで、私は顔を俯けて泣く。マジどこ行ったんだよ、喪服が通常装備の未亡人。嗚咽を酷くして私は泣く。


 人前で泣かれて大層困っただろうに、私がカーディガンを掴んで離さないと分かると、彼は私を公園のベンチに座らせてくれた。それから私に濡れたハンカチを差し出してくれる。

 その力加減だったり、目線を合わそうと屈んでくれるところだったり、ハンカチが清潔な白だったりするところから、私はまた泣いてしまう。


 悔しい。彼は一番に変えるべきだった。服より、髪より、コミュ力より、その優しさを何より一番に切り捨てるべきだったのだ。ハンカチは汚れが目立たない色にしろと、私はあれほど言ったのに!


 寄りにもよって、一番だめなところが何も変わってなくて、私は泣く。一番大好きだったところだ。かつて、私だけのものだった優しさだ。


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