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転生しました、またきて四角!

 生まれ変わったので昔の恋人に会いに行くことにした。


 後悔していたのだ。彼を置いて逝ったこと、彼に後追い自殺を許さなかったこと。『私は死んじゃうけどあなたは私の分まで生きて······』なんて、メロドラマのようなセリフを押し付けて一抜けは酷かったかもしれない。


 後悔しかない······。転生し、記憶を取り戻した私は愕然としたのだ。

 あれから三百年が経っていた。

 しかも、長命種である彼はまだ生きていた。


 うええええ······? 三百? マジ? そんなに生きてたの?

 私は思わず顔を真っ青にした。

 私あんなにかっこつけて死んだのに記憶あるの? 思い出しちゃったよ、黒歴史。思い出しちゃったよ、前世のこと全部!


 なんてこった。半周回って顔が青から赤になる。うわ······あの頭の湧いてた遺言を取り消したい。どうせなら記憶なしで転生して、転生した後までメロドラマ風にかっこつけさせて欲しかった。


 メロドラマなら記憶なし転生でしょ。平々凡々に生きていながらいつも何処か喪失感を抱いている少女と、あれから三百年、少しずつでも前を向いて頑張ろうとしている長命種

 ある日偶然青信号の雑踏の中ですれ違って、すれ違ったその瞬間同時に言いしれない懐かしい気持ちを抱くわけよ。で『今の人······もしかして······』と振り返ったところで赤信号エンドでしょ!?


 トラックどわー! でしょ。知ってるもん、今世ママとテレビで見た。トラックの途切れ途切れに対岸にいるあのひとのシルエットが見えるんだよ。初めて会う人、知らない人、なのにどうして、あそこにいるのは──······というところでスローモーションエンドでしょ!?


 ······それが、記憶あり? 萎えたわ。一体どんな顔して会えばいいんだ。気まずすぎる。

 三百年あれば鎖国も終わるし江戸幕府も終わる。あまりに流れた時間がでかすぎる。


 しかも、彼は連れ添った相手が死んで『それでも少しずつ前を向いて生きよう······』って思うタイプじゃない。

 どっちかっていうと、人の行き交う交差点より花束片手に黒スーツで墓参りをしているようなひとだ。めっちゃ喪服と悲壮な顔が似合いすぎる。そして記憶力がとっても良い、恨みは決して忘れないひとだ。

 無理じゃん。圧倒的配役ミスに、設定ミス。ここからどうやったってメロドラマにはならないよ!


 彼に会いたい気持ちがあるにはある。しかし、クソみたいな世界から一抜けした挙句『私、前世のあなたの恋人です、三百年経って転生してきました! またよろしくね』はいくらなんでも虫が良すぎる······! 恨まれてるかもしれない。会いたい、でも合わせる顔がないのジレンマ!


 何故恨まれてると思うのかって? 長命種と人間、ただ寿命差で当たり前に私が先に死んだだけなのに、どうしてそこまで擦れてるのかって?

 理由を話すとなると私の前世まで遡る。


 前世、私たちは自殺の名所たる山の中で出会った。お互い死のうと思って行ったのだ。

 これから死ぬのだから通常そこから出会いという出会いが生まれる筈もないのだけど······残念なことに、私たちがそこで死ぬことはない。

 いざ死ぬというのに首吊りのロープを忘れた彼と、いざ死ぬというのに遺書を忘れた私は、あの時一瞬目と目が合い、不運にも死ぬタイミングを逃してしまったのだ。


 私はあの時死ぬべきだった。忘れた遺書なんて気にせず、彼に出会う前に私はさっさと死ぬべきだったのに。

 私たちはみすみすと生き延び『マラソン大会、最後まで一緒に走ろうね!』とばかりのフラグを立ててしまったのが、後の泥沼に繋がるとは、その時の私には知る由もなかった。

 ただ、綺麗な人がいるな、と思った。


『何でロープ忘れてきたんですか?』

『······夢の中では持ってきてたんだけどね』


 彼ははにかんだ。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、私も一旦笑った。死ぬ手段や訳を忘れてきた自分たちが、どうにも間抜けで馬鹿馬鹿しくて、力も抜けたのだ。

 そのまま帰路についた。

 それから私たちは何となく城下ですれ違い、目が合って、私からお茶に誘った。


 今ではそれが失敗だったと分かる。私は死ぬぺきだった。なんなら私は自分の持つロープを彼の首にかけてやるべきだったのだ! 私が忘れたのは遺書だけだったのだから。


 あれ以降、私たちは何となくクソ人生マラソンの共闘者みたいな関係になる。

 死にたいけど相手が生きてるから今日はまだいいや、を数百回繰り返し、そのうち、自分が生きてるんだから相手が死ぬのも許さないという関係に激化する。


 一時期は相手の食生活を見張ったり、ちょっとやそっとじゃ死なないよう『絶対に相手を健康的で生気のある顔にしてやる!』とバチバチしていた。徹夜してたらぶん殴って寝させたし、酒に溺れていたらどんなに泣きつかれても酒を渡さなかった。


 私だって生きてるんだから、私より先に死なせてたまるか!

 そんな思いでいたら、彼はどんどん健康になって、私の生活もどんどん豊かになっていった。


 私を死なせない為、彼は続きが気になって仕方ない歌舞伎をよく見せてきた。そうすることで私に『この主人公が幸せになるまで、絶対に死ねない!』という未練を植え付けていたのだ。曲者め。

 私はそれに彼の胃袋を掴むことで応戦し、彼は私を旅行に誘い、私は彼をブラック業務から転職させたりした。

 健康になった私たちの戦いは、相手を生に依存させることから、段々自分に依存させる方向へ変わっていく。


 そうした、彼にとっては瞬きのような、私にとっては長い長い時間を共に過ごした末に、私たちはうっかり寿命違いの恋に落ちることとなる。

 本当にうっかりだ······。穴にでも落とされた気分。不思議だった。だって振り返ってみれば、めちゃめちゃ歌舞伎デートしてたし、半同棲してたし、気付けばめちゃくちゃ相手のことが好きになっていたんだから。


『君は僕がいなきゃ生きてけないし、死なないよね』

『? うん』

『僕らもう恋人だよね』

『???』


 なんか終始はてなマークを飛ばしていた気がする。


『うん』


 やられた。そうして頷いた私はこの時点で彼に生きて欲しいという思いに呑まれ始めていた。『死ぬ時は一緒』なんて約束していたのに、それに反する気持ちが生まれて初めていたのだ。

 恋? やめとけ。今ならそう言える。黒歴史になるから。一蓮托生という約束を破って、死に際に『私の分まで生きて······』とか言いたくなるから。そして彼は生きてしまうから······。


 恋人である前に共闘者だった私たちにとって、あの遺言は私たちの絆を台無しにするものに等しいと言っていい。恋で友情を汚したのだ。メロドラマの最終回じゃなきゃ許されなかったセリフだった。

 それでも、彼は許してしまった。


 あんなに死にたがっていた癖に、彼は肝心な時にロープを忘れるぽやぽやちゃんで、私の遺言を無視して死ぬことができないふわふわちゃんなのだ。メロドラマでもなければ遺言の時効はとっくに過ぎている。


 彼は甘ったれてて、人間が好きで寂しがり屋。幸薄げで、儚げ美青年で、彼には長命種特有の浮世離れしたところがあって、喪服の似合う未亡人感があって······、そう、とにかく彼はイケメンだった。

 もう一度言っとこう。イケメンだった。もう一度言っとこう。······イケメンだ。


 ああ! 恋なんてやめとけ。結果として私はあのとんでもないイケメンを三百年もの間野放しにすることになったのだ。

 沸いた頭を羊水で十ヶ月冷まし、思い出すまでの十六年で現代の一般常識を身につけた私には、これがどれだけの損害か分かっている。野暮で無粋で、メロドラマどころか三文小説にもならない展開きちゃったよこれ!


 悔しい。人間好きな彼が三百年間一人で生きられたとはとても思えない。私以外と出会い、笑い合い、私以外に慰められただろう彼がいることが許せない。この三百年で彼と生きた私以外の全人類が許せないのだ。

 三百年は結構大きい。あのひとが私以外に優しくするのを、私はどうにも耐えられない。


 彼が生きていなければ良かったとさえ思った。

 転生しなきゃ良かったから始まり、思い出さなきゃ良かったとも、殺しておけば良かったとも思った。


 今は、死んでくれてれば良かったと思っている。私は私の遺言に首を絞められている。彼が私に縛られて今を生きているのなら、それほど我慢ならないものはない。

 一方で、彼が生きていることが、私の嫉妬に鎮火もしていた。生きていたどころか、彼は日本に留まっていてくれていたのだ。私と彼が出会ったこの地に、彼は生きていた。


 嬉しかった。その事実に、私は特別な意味を見出さずにいられない。その事実だけで、私はもう胸が張り裂けてしまいそうに嬉しかった。

 生きていることが憎いけれど、嫉妬するけれど、そこにいてくれることが嬉しいとも思ってしまう。


 嬉しい。憎い。嬉しい。嬉しい。憎い。

 生きているのは嬉しいが、私のせいで彼が生きているのは悔しい。彼が私以外と手を取って生きているのは憎いんだ。

 歓喜と嫉妬がぐるぐる回る。

 生きてくれて良かった!

 同時に、死んでくれてれば良かった!!


 私なしで三百年も生きるくらいなら、私のせいで今を生きているのなら。

 下らない遺言を残したこと、生まれてくるのが遅すぎたこと、三百年も死にたがりの彼を生かしてしまったこと、後悔している。合わせる顔がないとも思っている。


 嬉しい。憎い。悔しい。悔しい。憎い。

 嫉妬が歓喜を上回り、やがてそれらすべてが殺意に集約する。

 殺しとけば良かった。あの日あの時、心中しとけば。

 そうなれば不思議と、合わせる顔がない気持ちより、彼に会いに行かなければという気持ちが上回った。


 だから会いに行くことにした。

 合わせられない顔をメイクで隠して、私は昔の恋人に会いに行く。ロミジュリだって四日で成し遂げた愛の証明を、私は三百年越しに果たしにいこうと思ったのだ。


『僕らもう恋人だよね』

『??? うん』

『なら、死ぬ時は一緒だよ。······愛してる』


 ──つまるところ殺しに行く。



「こんにちは、お兄さん」


 私も。

 彼が死んだ後に、私も死ぬ。


粗方書いてるので、修正が終わり次第順次投稿していきます。

ブクマ評価いいねめちゃめちゃ嬉しいです、励みになります。よろしくお願いします。誤字報告も。

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