第85話 日防軍の舞台裏
「リンさん、怪我の具合はどうですか?」
僕はウララの背に乗せられ運ばれているリンさんに具合を聞いてみた。
廃墟で拾ったガラクタででっちあげた固定具は機能しているが、問題は彼女の体力のほうだな。
彼女は膝から下を寸断する大ケガをしている。
さらに治療するまでにに間があったせいか、だいぶ具合が悪そうに見える。
「もらった薬剤で体液の滲出が止まったみたいだ、ありがとう」
「上野まで持ちそうですか?」
「戦闘が無ければな、もし戦いになったら、私は置いて行ってくれ」
「リン!」
「カトー、これは軍隊では普通の事だ」
「軍隊なら普通でしょうけど、僕らはクズ拾いなのでよくわかりませんね」
「はい!ゼンゼンわかりませんでっすね!」
「……すまない、でも無理なら、本当において行っていいからな」
「はい、なので無理しないようにしましょう」
「フユ君と言ったか、君というヤツは、ああ言えばこう言うだな」
僕はそういうヤツなので慣れてます。さて彼らが何故日防軍から離れて行動しているのか、そこについて聞いてみるか。
「もし語ることができるのであれば、なぜ日防軍の本隊から離れているのか、理由を聞いても大丈夫ですか?つまり、脱走の理由ですが」
ここで彼らに黙るという選択肢は無いだろう。
助けた後にアレコレ尋ねるのは、打算的な考えが透けて見えてあまり気が進まないが、ここで何も聞かないというのはあり得ない。
僕らとしてはどんな些細な情報でも欲しい。
無ければ無いで、それも価値がある情報なのだ。
「信じがたい内容だが、それでも?」
「はい、それでもです。あなた達はアトラスからここに降下したんですよね?」
「君はアトラスの事を知っているのか?!……いや、衛兵隊と行動していると言っていたな。わかった、そうだな、どこから語ろうか」
「では……降下の前に何か妙な事はありませんでしたか?普段と様子の違う人がいるとか、なにか妙なものをもらったとか」
リンとカトーはお互いの顔を視線を交差する。
やはり日防軍でもなにかあったのか?
「我々は長年タチカワ防災センターやヨコタ基地の地下にいた。ほとんど外の環境には晒されていない。だから降下の前に、経口ワクチンを受け取ったんだ」
経口ってことは、飲み薬かな?
「だがこのカトーのバカがそれをどこかに置いたまま無くしてな、こっそり医務室に忍び込んで取ってきたんだ」
「あらら~でっす!」
うっかりさんか。いや、ひとのことは言えないな。
あ、きっと建物に引っかかっていた軍帽はこの子のかな?
「それは、悪かったと思ってるよ……でも変なのに気付いたんだ」
「変、とは?」
「妙なウジムシみたいな白い動物、それから抽出してるのを固めてるのを見たんだ」
「で、実際そのワクチンが出回ってから、アトラスで妙なことが起き出してな」
「妙なことでっすか?」
「分隊単位での隊員の失踪、不可解な処刑と指令。まるでエイリアンの腹の中にでもいる気分だった」
「これは何かが起きていると確信して、私たちは降下した分隊から別れて脱走したんだ。誰が味方なのか?いやむしろ全員が敵だったのかもしれない。私が信用できたのは、私の従兵をしていたカトーだけだったんだ」
「なるほど、そういう経緯でしたか」
時期的には、クガイさんがアサカ駐屯地に来る前後か?
あれ?それならクガイさんはそのワクチンを受け取ってるのでは?
……これは、これはとっても不味いのでは?
冷や汗をかいているのを感じる。
ウララに視線を送ると、カタカタと音がしそうな感じで僕に振り返った。
「あの、クガイさんって少佐さんのこと、わかりますか?」
「クガイ……ああ、情報将校の?彼女の事を知っているのか?」
「はい、えっと彼女がそのワクチンを受け取ったかどうかってわかりますか?」
「ちょっとわからないな。彼女たちは先遣隊だったし、階級が離れすぎているから、ほとんど関わり合いがないんだ」
「私たちに経口ワクチンが支給されたのは、彼女たちが各地の駐屯地に行った後だ。てっきりそのデータを元に作られた物が、私たちに支給されたのかと」
「たしかに、論理的に考えるとそうなりますよね」
「情報将校は毎年外に出かけているし、先遣隊はパワーアーマーでNBC防護されているから、いまさらワクチンは使っていなかったんじゃないか?」
「ああ」と納得しかけて、とんでもないことを思いついた。
――それってつまり、別の意味で送り込んでいるってことじゃないか。
ワクチンを使う必要がない人たちを、優先して戦地に送り込んで、口封じしたって事じゃないか?なんてことを……。
しかしひとまず使って無さそうで安心して「ふぅ」と息を吐いた。
「なるほど、使ってないといいんですが……」
「その口ぶりだと、君は彼女の知り合いなのか?」
「私たちのともだちでっす!」
「ほんとに?」信じられないといった様子で喋ったのはカトー君だ。
「情報将校の人たちって、何を考えてるかよくわからなくって、メチャクチャ怖い人たちっていう印象しかないんだけど……モニター覗き込んだら叩くし」
「カトー、それはお前が悪い」
「まあ確かに、ちょっとクセの強い人ですけど」
「そうだスカイタワーについて聞きたいんですが、日防軍に指示を出している放送ってあそこから発せられているんですか?僕たちはそう目星をつけているんですが」
「ああ、指示はあそこを中継している。各地の駐屯地に先遣隊が向かった後、補給のためにVTOLが定期的に向かっているのを見た」
「指示の中継?では放送している場所は別ですか?」
「ああ、昔は江戸城と呼ばれていた、関東御所一帯だ。戦争が起きる前は、この国の象徴とされる、天皇陛下というヒトが住んでいた」
「国家の象徴?指導者っていう事ですか?」
「クズ拾いの知識とはどうも偏っているんだな……国の象徴、説明が難しいな、まだこの国にヒトが居た時、この国を代表するが統治はしていない人物だ」
「あれ?それだとおかしいでっす?放送で名乗っていたのは、総理大臣とかなんとかじゃなかったでっす?」
「それは天皇陛下は統治していないからだな。日防軍の総司令官は総理大臣なんだ」
「なんだかややこしいなぁ」
「よくわからないでっすねぇ?」
「大丈夫だ、当時のヒトもよくわかってなかったらしい」
「「ダメじゃないですか!」」
ともかく、なぜ日防軍が有無を言わさず従ったのかわかった気がする。
たとえニセモノであってもそんなところから発信されていたら無視はできないな。
「次はこちらから質問していいか?」今度はこちらがリンさんに質問される番となった。
「君たちはさっき、白いオバケといったな、信じがたいようだが、それは生物同士でくっついてバケモノに変身したりするか?」
「ええ、ついさっきそうしたのを見て来たばかりです。あとちょっと前に、死体に取りついて動かすところも見ました」
「やはり同じモノのようだな。私たちは降下して隊から離れた後、十条駐屯地にいるはずの先遣隊と合流しようとしたんだ。そこでそいつらと遭遇した」
リンは視線を空に泳がせると、何かを振り払うかのようにかぶりを振った。
「連中は遠くから見たら人のようだった。しかしまるで骨格がないような奇妙な動きをしていて、くっついて何か別の物になっては、また離れて人になったりを繰り返していた」
「どうやら僕らが遭遇したものと同じもののようですね。僕らはあれを『白いなれ果て』と呼んでいます。元に戻すことはできず、薬剤で処理するしかありません」
「白いなれ果て、か……」
リンさんの表情が暗くなる。
元に戻るかもしれないと抱いていた期待を、僕らが潰したからだろう。
気の毒だが、早めに割り切ってもらうほかない。
「十条駐屯地に近寄らなくてよかったでっすね」
「ですけどリンさんの話が本当なら、日防軍はもうそのワクチンで、その……」
「ああ、アトラスの中は既に別の何かが支配しているという事だ」
できるだけアトラスの撃墜を避けるために動いていたのに、内部が白いなれ果てに占領されているとなると、撃墜一択だ。
不味いな、イルマではまだアトラスと日防軍はマトモだということになっている。
なんとかしてこの事を外部に伝えないといけない。時間がないから、放送施設か何かでイルマに伝えたいが……
いや、衛兵隊の持つ火力だけでどうにかなるか?
確実にやるなら、OZが持つ『富士』にやってもらわないといけない。
富士は対空戦闘用のパーツが不足しているはずだが、オズマさんは僕たちが出発した後、別口で用意を進めると言っていた。
あれから結構時間がたっているし、修理はもう完了しているか?
ならそれを確認するためにも、外部との連絡手段の確保を急がないといけないな。
「リンさん、僕たちは外部との連絡を取ることができれば、アトラスを撃墜する手段を持ってます」
キツネにつままれたような表情をしたリンさんが、一拍おいて言葉を継ぐ
「冗談を言うな、アトラスを撃墜できるのは――」
「衛兵隊と友好関係にある組織が『富士』を所有しています」
「ああもう……しっかり確保に失敗してるじゃないか!」
「リン、『富士』って?」
「とんでもなくデカイ戦車だ。日防軍が対アトラスに用意していたものだよ」
「なんで日防軍が自分の兵器を打ち落とすのさ?」
「あれは元々日防軍ではなく、米軍の持ち物だ」
へえ、そうだったのか。そういえばヨコタの基地って元々米軍のだったって聞いたことあるな。連中の置き土産ってところかな?
「そこまで用意してるなら、わかった。お前たち、衛兵隊とクズ拾いに協力しよう」
「ありがとうでっす!」
「だが本当にわかっているのか?イルマへ連絡を取ろうとするなら、スカイタワーにあるアンテナを利用しないといけない」
「私たちが脱走するより前、日防軍はスカイタワーを中継して全体に指示を出していた。もしちょっかいを出すとなると、激しい抵抗を受けるぞ」
「実は……もし日防軍がすべて白いなれ果てになっているのであれば、そちらの方が実は楽です」
「なんだと?」
「詳しくは説明しませんが、衛兵隊はあれに対する対処法を既に用意しています」
リンは息をのんだ。
自分たちが逃げ惑って悩んでいる間に、目の前の二人のクズ拾いとそれに関係する世界によって、全ての事が進んでいた。
そして彼女は、こう思った。「なんてことはない、私たちは自分たちで事を始める前から、すでに外の世界に負けていたじゃないか」と。




