表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水槽  作者: マルケソ
2/3

2.渇望

 日が沈み、夜が来る、そして真夜中。


 恋人である美香子からの着信は、一度も無かった。

 暗い部屋で踞り、ついに男は携帯電話のメモリーにある恋人の番号を押した。

 

 プルルルルとコール音が八回鳴った。

 少しの間の後、眠りを妨げられた美香子の不機嫌そうな声が、電話口から聞こえる。


 男は、ただ救いを求めたかった。

 

 だが美香子からは望む言葉はなく、代わりに彼女の罵る声だけが電話から流れた。

 不意に、電話の向こう側――美香子の後ろから、男の声が聞こえる。

 名前と顔が一致しない同僚の男の声だった。

 そして電話が切られた。

 

 初めは裏切りへの怒り、次に支えを失った恐怖。

 二つの感情が折り重なり、男の精神を塗りつぶしていく。

 

 なぜ俺なのだ……。

 何度も、自身にそう問いかけてみても答えはでない。


 喉の渇きはさらに激しくなる。

 それに合わせて身体の変化も進んでいった。

 渇きと息苦しさに耐えられず、男はバスルームの浴槽に水を張って、身体を沈めた。

 

 窓の外ではまた日が昇り、そして沈む。

 その繰り返しを、男は水の中で過ごした。


 どのくらい時間がたったのだろう。

 耳障りな携帯電話は、水の底に沈めてしまった。


 水の中で、男は膝を抱えていた。

 何度目かの絶望の後、自らが何に変わりつつあるのか……男は理解した。


 ああ、……もうすぐ俺は人ではなくなる。

 そして、一匹の哀れな生き物に変わるのだ。


 哀れ…と、もう一度思った時、男は自虐的な笑みを浮かべる。


 いったい何が違うというのだ……。

 追い立てられるようにこの街で暮らす俺と、これから俺が変化する生き物。

 どちらもつまらない生き物に思えた。

 いったいなにが違うのだ……。


 男は自らの運命を受け入れた。

 だが、一つだけ我慢ができないことがある

 狭い浴槽と塩素の混じった水。

 それがひどく男の神経を苛立たせるのだ。

 この浴槽の中で変化を終えることは、どうしても我慢ができなかった。

 

 大きな水の中で……自由に泳ぎたい……。

 男は、そう望んだ。

 

 たとえ自然の摂理で大魚に食べられたとしても、大きな世界で自由に泳ぎたい。

 それがほんの一時だとしても……。

 

 男は欲した。

 それは彼がこの街で初めて抱いた、渇望だった。


 彼が求めた世界。

 それは……一つの池だ。

 この街から遠く離れた男の生まれ故郷……そこには大きな池があった。


「ああ……俺の求めるものがあるじゃないか」


 男は記憶の中に救いを求めた。


 そして記憶の池を目指すため、彼はこの街を出ることにした。


明日で終わります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ