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水槽  作者: マルケソ
1/3

1.変化

 男の左半身は、すでに赤みかかった金色の鱗に覆われていた。


 バスルームの鏡に映る彼の左目は、水晶玉のように大きく肥大化し、写るものを歪んで見せる。

 勢いよく蛇口から流れ出る水が浴槽を満たし、さらにそこから溢れた水が排水溝へと流れていく。


 なぜ……俺なのか?


 いくら考えても答えが出せるわけでもなく、男はその問いを何回も頭の中で繰り返していた。


 鏡の向こうで、男の左目がギョロリと動いた。



 その年の夏は、いつにも増して暴力的なものだった。

 照りつける太陽とエアコンの室外機から生まれる熱気が、コンクリートとアスファルトの街を満たしていた。


 男はこの街で、会社とアパートを往復する生活をおくっていた。


 始まりは……小さな変化。


 朝目覚めると、左手の甲に小さな薄い透明の膜のようなモノが、肉を貫いていた。

 とくに痛むわけでもない。それは些細なものだった。


 男は少し気に留めたが、カチカチと進む時計の針が彼を追い立てる。

 彼は、そのまま会社に向かった。


 会社に着くと、今度は機嫌の悪い上司が彼を追い立てた。

 怒鳴り声とともに、努力や目標という名のノルマが課せられた。


 同じ部署にいる恋人――美香子が、眉間に皺を寄せてこちらを見る。

 彼女もまた無理な願望を押し付け、名前と顔が一致しない同僚の誰かと比べて男を罵る存在であった。


 この街で、男はいつも何かに追われていたのだ。


 だから夜になる頃には、左手の変化のことなどすっかり忘れてしまっていた。



 次の日、左手の小さな薄い膜は一枚の鱗に変化していた。

 鱗は赤みがかったものだった。

 幼き頃、戯れに水槽で飼っていた淡水魚を思い出させる色。

 顔を近づけてみると微かに生臭い。


 ……医者に行くべきか?


 男はそう考えた……が、すぐにそれを止めた。

 会社を休んだところで、さらに彼を追い立てるものが増えるだけだ。


 男は引出しからピンセットを取り出すと、それで鱗を掴み、力任せに引き抜いた。

 ベリッと音を立てて、鱗が剝がれた。

 

 痛みは無かった。

 ただ、ひどく喉が渇いていた。



 さらに次の日。

 剥がしたはずの鱗は増え、男の左手をびっしりと覆っていた。

 指の間には、うっすらと半透明の膜ができている。


 男は……恐怖した。


 この街では、医者はすぐに見つかる。

 しかし、俺を救える医者が本当にいるのだろうか……。

 男はそう思った。


 それでも藁にもすがる思いで、彼は病院の門を叩いた。


 頭の禿げ上がった医者は、怪訝な顔で男を見た。

 男は必死に自分の身に起きている変化を伝えたが、医者は困ったような苦笑いを浮かべるばかりだった。


 次の医者も、そのまた次も……彼の話を聞けば同じような態度となる。

 ついに三件目の医者から精神科に行くことを勧められた。

 そこから男は医者に頼るのを諦めた。


 街を彷徨う男の携帯電話が、何度も鳴った。

 着信は全て上司からのものだった。

 上司は電話口でいつものようにヒステリックに怒鳴っていたが、もう男の耳には届かない。

 男はぷつりと電話を切ると、街を抜け家路についた。

 

 男は思った。


 喉が……ひどく渇く……。



かなり前の友人たちとの小説対決(マルケン杯)用に書いたホラー小説です。

本日より3日連続投稿です。(午後11時)

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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