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「――少し、いいですか?」 「よくないです」 忙しいです、さようなら。お出口はあちらです。

作者: コカ

以前書いた、


「なんだ。腹でも痛いのか? 」 「……うっざ。通報すんぞ、おっさん」  俺はまだ17だ。この、クソガキが。


の、『妹』目線で書いた、補足的なおはなしです。はじめに上記のお話を読んでいただけると、ありがたいです。







 








 とてもとても恥ずかしい話だけど、ウチの兄は、どうにもデキが悪い。


 アタシより、それこそ五つも年上のくせにさ。まったく高校生にもなってどうしてそうなのか、兄は毎日のように困らせてくれる。

 相対的に、アタシのほうがしっかりしないといけない場面が多くって、まだ小学生なのに、ある程度の上背も手伝ってか、たまにこっちが姉かと間違う人すらいる始末。

 きっと、本人としてもわざとやってるわけではないだろうけど、――まずこの男、壊滅的に空気が読めない。

 次に、わざとかと怪しむくらいに要領が悪い。

 そして、神がかり的にタイミングを外す。

 もはやこの三点こそが、兄の持つ才能だとすら言い切れる。

 アタシはすでに慣れっこで、今更ああだこうだと言いやしないけど、兄の将来を考えると、いささか不安に思えてしまう。

 一応、これでも兄なわけだし、鈍すぎるのが玉に瑕だけど、それでも悪いヤツではないからね。やっぱり良いヒトと巡り会って幸せになってほしいし、そんな光景を見てみたい。だから、それにはまず、どうあっても相手を見つけてもらいたいわけで。

 理想で言えば、アタシすらを唸らせるそんな相手をご所望なんだけど、その話をする度に、お母さんは『アンタの査定が激辛なのよねぇ』とあきれ顔。


 でもね、お母さん。お言葉ですが、別にアタシが選り好みしているせいではないの。


 性格や人柄で言えば贔屓目を抜きにしても太鼓判なのだけど、世の中の女子というものはいかんせん見てくれを重視しやすい傾向がありまして。

 この場を借りてまでいちいち言いたかないけどさ、『女は星の数ほどいるけれど』なんて笑い話のとおり、兄自身が偉そうに選り好みできるほどイケメンではないのが問題なのだ。

 せめてその他の要素で加点材料があれば良いのだが、相変わらず神様ってのは不公平なもんで、……どうにもそうは問屋が卸さないらしい。

 ずいぶん前のバブル期には三高という言葉が流行ったらしいが、それに照らし合わせてみても、身長は普通だし、学力も並程度。ここまでくれば、就職先も知れたもの。高収入は期待できそうにない。

 これは、妹としても骨が折れる。

 本当は、本人が努力して掴む幸せなのだろうけど、恋愛ってものはひとりで完結しないのだから仕方ない。

 兄の幸せのためにもこいつは一筋縄ではいかないぞ、ふんどしを締め直さねばなるまいなと、こちらとしても鼻息荒く構えていた。


 そう。構えていたのだけど、――事実は小説よりも奇なり。


 そんな兄がこの春、高校へと進学した。しかも、まさかまさか、自分の耳を疑うほどの進学校。

 当然、志望校の段階で、何を言い出すんだやめておけ、無茶だ無謀だ無理するなと家族は心配したわけだけど、……蓋を開ければ奇跡が起きてしまったわけで。


 もうこれだけで我が家は大騒ぎ。


 その日、お母さんは喜びに泣き崩れ、お父さんは有名店のホールケーキを片手に、取引先から直帰してきたとニッコニコ。

 さすがのアタシも、その事実に夢か幻かと騒いでしまいそうになったのを覚えている。

 生まれたばかりの赤ん坊が、助走もなしに月面宙返りを披露するほどの離れ技なのだ。普段の兄を知っているヒト達は、皆、御多分に漏れず同意見のはず。

 はてさてどんな魔法を使ったのだろう。もしくは、天文学的な確率だけど、一か八かのヤマが当たったのかもしれない。

 これぞ生涯一度の万馬券。全教科でそんなこと起きるもんかとは思うけど、起きてしまったのだからしょうがない。

 本人は、世話になったヤツがいるだのなんだのと言ってはいたが――ホントかなぁ? アタシはどうにも合点がいかない。

 兄は、父が買ってきたショートケーキを食べながら、いつものように自分の苺をアタシの皿へと移してニコリ。

 毎度のこととはいえ、今日ぐらいは遠慮するよと言いはしたけど、食べなとジェスチャーしてくるもんだから、パクリ。


「――じゃぁ、その同級生さんが受験勉強を手伝ってくれたってこと?」


 いまいち要領を得ない兄の話だったが、――有名店のケーキに頬を溶かされながらも、自分なりに解釈していくと、うぅむ。やはり、その背後に優秀な家庭教師の影が見え隠れしていた。


 だけど、はたしてそんな優秀な人が兄の友人にいただろうか。


 一人ひとり仲の良い男連中の顔ぶれを思い出していくが、どれもコレも勉学においては兄と似たり寄ったり。

 それに、同級生となれば本人も受験生だったはずで、それでも他人の勉強を世話したのであれば、よっぽど優秀で、かつ、心から兄の事を考えてくれていなければ出来ない芸当だ。

 そんな殊勝な人間がいるとも考えにくいし、なんせ、あの兄だぞ。

 確かにこの一年必死になって内外で勉強していたのは知っているが、あの勉強嫌いがあんな進学校に合格したのだ。どんなスゴ腕家庭教師なのか、そもそもホントの話なのかと訝しんでしまう。

 おっと、素直に喜んでやれよとの御意見はごもっともだが、そして、同時に身内の恥をさらしてはいるのだが、――自慢にもならないけれど、十数年兄妹として共に暮らしてきたんだ。大なり小なり、毎日のように兄の世話をしてきた実績がある。

 その困ったちゃんがウルトラCを成し遂げたのだ。手のかかる子ほど可愛いという言葉の通り、照れ隠しの愚痴くらいは大目に見てもらいたい。

 どうせ、アタシがそう言うと、きまって兄は笑うのだから。


「お前は、優秀だからな」


 俺は鼻が高いよ。なんて、心底嬉しそうににっこりと。


 妹として、そこは否定のひとつでもして欲しいところだけど、毎回こうなのだから、兄と妹、性別は違えど、血は繋がっているというのに、なぜこんなにも脳天気、かつ温厚なのかと呆れてものが言えない。


「……友達いたんだね」


 だから、冷やかすようなアタシのイヤミも兄にとっては何処吹く風。


「おう、大切なヒトだ」


 まるで恋人だとでも言うかのように飄々と返してくるもんだから、しかも、どこか自信なさげなんだもん。


「ウソばっかり」


「仲は良いと思うぞ……たぶん」


 私としても鼻で笑うしかない。




 そんなこんなで、あれだけ苦労して入った学校だ。兄としても高校生活を楽しんでいるようだったけど、―― 一種の親心か。

 親ではないけれど、そうはいってもあの兄だ。

 やはりというか何というか。相も変わらず、アタシの悩みの種は尽きそうもなくて。

 妹が兄の心配をしている時点で、いろいろとあべこべなのだけど、普段がこうだからそうなのか、どうやらこの人は高校でいささか悪目立ちしているようなのだ。


 結論として、――多分、この人はイジメられている。


 名前も顔も定かではないけれど、クラスにひとり、悪い女子がいるみたいなのだ。

 いつか会う機会があれば、その時は出会い頭に地面へ転がしてボッコボコにしてやろうと常日頃から考えている。

 なんせ、そいつがことあるごとに理由を付けては、わざわざ兄を呼び出すのだ。

 大体は学校の用事にかこつけて、もしくはテスト勉強の名目で、休みだろうとお構いなしに、時には突発的に電話一本である。

 しかも、なにやら兄がその悪女の飲み食いにずいぶんとお金を出しているらしくって。

 なんだそりゃ、財布代わりじゃないか。兄はどこまでいってもバカだからね、


「いやぁ、やっぱこういうのって男が払うもんだろ」


「は? そのお金はお父さんにもらったお小遣いでしょうが」


 自分が稼いだ金みたいに言うんじゃないよ。


 まったく毎回お小言を言う身にもなってほしいものだ。ホントはアタシもこんなことは言いたくないのだから。

 でもさ、連絡ひとつでホイホイと出かける兄も兄なのだが、このバカ女も大概にふざけているよね?

 恋人でもあるまいし、普通はもっと遠慮するだろう。

 それこそ『今日は私に払わせて』くらい言えないのか。なんだこの女、どんだけ厚顔無恥なのだと呆れてしまう。

 そりゃあ、一度や二度ならここまでアタシも言いやしない。でも、せっかくの休日に、定期的に兄がいないのだ。騙されているとも知らず、どこか嬉しそうに出て行くのだ。

 何度も言うが、たったひとりしかいない自分の兄だ。だからこそこんな良いように使われている姿なんて見たくないし、許せるはずがない。


 ――そして、つい先日のことがアタシの中ではトドメだったと思う。


 土曜の朝からバタバタと、


「なに? 探し物?」


「おう。確かココに片付けたはずなんだけどなぁ」


 何をしてるのかと思えば、クラスでハロウィンパーティをするなんて言うもんだから、まさかまさかと自分の耳を疑ったね。

 しかも日程はその日の昼からだというから寝耳に水の入るごとしである。

 そんなアホなギャルの好きそうなイベント、きっと例のバカ女がらみだろうからさ。ホントは、行かない方が良くない? なんて言いたかったんだけど。

 でも、どういう格好すればいいのかなとか笑顔で聞いてくるもんだから、……本人がすっごく楽しそうにしてるんだもん。行くななんて言えないじゃん。


「そんなん、100均のパーティーグッズでもつけてきゃいいよ。それで、顔だけ見せたらさっさと帰ってきな」


「じゃぁ、このネコ耳付けて狼男とかでいくか」


 もともとそんな陽気な人間でもないくせに無理しちゃって。


 がおーっとふざけた素振りと妙にそのネコ耳が似合っていたから、それ以上うるさくは言えなかったけど、――まったく、慣れないことなんてするものではない。

 その日の晩、ヘトヘトで帰ってきた本人はどこか誇らしげで、自慢げに女子から可愛いと人気だったなんて笑っていたけれど、もちろんアタシは面白くないからね、なんだいそれはと、溜息しか出てきやしない。それに、


 あのね。良いことを教えてあげよう。


 同性のアタシから言わせてもらえば、女子の『可愛い』ほど残酷かつ当てにならないものもない。

 なにが、女子に腕を組まれて写真を撮っただ。すぐさま見せてと迫ったら、自分のスマホでは撮っていないと嘯く始末。

 はん、と鼻で笑っちゃう。

 大方、撮らせてもらえなかったが正しいとこだろうさ。

 どうせデレデレと情けない顔してたんだろうからね。しかも、その女子は例のクソ女だとアタシの第六感が騒いで仕方がない。

 となると残念ながらその画像、その数分後には加工され、今頃、地獄のような文言と共にSNSに晒されていることだろう。

 ようはクラスの陰キャが中途半端な仮装をしてきたから面白がって笑いものにした。結局、その程度の事。底意地の悪い陽キャ女子のやりそうなことだ。

 しかもトドメといわんばかりに、そのクソ女(仮)から『この後ふたりでカラオケでも』なんて誘われたらしい。


 か~。図々しさもここに極まれりだね。


 それが兄のはったりでないのなら、なにがカラオケだ。そんなもん、ついていかなくて大正解。

 もし、アタシの予想どおりそれが例のバカ女なら、良いようにあっちこっちと連れ回されて、ていよく財布代わりにされるのが関の山。それともまだ兄を笑い足りないのか、いよいよバカにするのもいい加減にしろ。

 だいたい、いけしゃあしゃあとそんな時間に二人っきりでカラオケなんか誘ってくるような痴女、ほいほいついていったら最後。どうせ、ブリンブリンのネックレスをした少年ヤクザみたいな半グレが待ち構えているのがオチだ。


 オイ、なにヒトの女に手ぇ出してんだ? からの、やったね。引き出し放題のATM、ゲットだぜ☆ てなもんだろう。


 言っておくがウチに金なんてないからね、不当な要求には応じられない。

 となればあの兄のことだ、ひとり我慢して、辛い目に遭うだけなわけで、――それこそふざけんなだ。

 いいかバカ女。もし兄がボコボコに痛めつけられて帰ってきてみろ、その経緯がどうであれ、アタシは必ずお前を殺しに行くからな。覚悟しとけ。

 まぁ、流石にそれはやり過ぎだろうとわかっちゃいるからね、そうなる前に口のひとつくらい出させてもらって当然だ。

 それに、さすがの兄も、少しは本能的に察したところがあったのかもね。


『もう遅いから危ないぞ』


 送っていくから、帰ろうぜ。

 そう断ったとほざいていたから、その日その場では危機回避と相成ったわけだけど、まったく、妹として気が気ではない。

 昔から心配していたとおり、やはり兄のようなタイプは、人の良さこそ長所であるのだけど、その反面、周囲に左右されやすいところがある。

 中学の時のように周りが良いヒトばかりなら楽しくやれるのだけど、高校という別の環境に放り込まれたんだ。おのずと人間関係も一変するわけで、そんな中、もしもとんでもないヤツがひとりでもいれば、たちまち話も変わる。


 お人好しも、度が過ぎれば便利な小間使い。


 どこにでも悪いヤツってのは紛れ込んでるもんで、しかも外面が良く、甘い言葉で巧みに近づいてくるものだ。

 そんな悪人にとって、それこそ兄なんか、良いカモだろう。

 これでもかと利用され、使い倒されヒドい目に遭わされる。学校とはそういう場だと相場が決まっている。

 だから余計に心配なのだし、重ね重ねであの兄だ。そんな感じで一事が万事。そのうち痛い目に遭いかねない。

 生まれ持った性分というものは、そう易々と変わるものでもないからさ。これから先も、しばらくはアタシが頭を悩ませる日々はまだまだ終わらないことだろう。


 というわけで、アタシには日課――と言ってしまうと大袈裟なのだけど、定期的にストレス発散を目的として、もちろんアタシ主導で兄を連れ出し、遊びに行くことにしている。

 今日だってちょうど見たい映画もあったことだし、兄は恋愛映画よりも長編アニメ見ようぜと若干乗り気ではなかったが、まぁいいじゃん。

 たまには兄妹仲良く遊びに行こうよと、クソ女に連れ回される前にアタシが誘ったわけだけど、


 ……あぁ、ホント嫌になる。


「――少し、いいですか?」


「よくないです」


 忙しいです、さようなら。お出口はあちらです。

 いかんせん、空気の読めない人間ってのはどこにでもいるものだ。


 ウキウキでついた映画館は、話題の映画だからね。チケット売り場が長蛇の列で、――アタシとしては兄と二人、ダラダラと待ってる時間も楽しいのにさ。なぜかこういうときに限って、兄は格好つけたがるのだからたまらない。

 変に侠気見せちゃって、ここは兄ちゃんに任せろと、ひとりで並ぶなんていうもんだから、いつもどおり小競り合い。

 しばらくの間、あーだこーだとアタシが不平不満を漏らし、対する兄はわかったわかったと、口ばっかりで全く譲る気のない受け答え。

 押し問答の末、一緒に並べば良いでしょと言うアタシに、じゃぁ代わりに休憩用の席を二人分確保しといてくれよ、兄がそう言うもんだから、これ以上は収拾がつかなくなりそうだしね、この辺りが妥協点だろう。

 ぐっと出そうになる暴言を堪えながらも、混み合うエントランスホール。

 必死に空いてる席を探し、日頃の行いの良さか、奇跡的に二人分確保できたわけ。――それなのに。


「こういうのって良くないとは思うけど、でも」


 ――アナタが彼とどういう関係か。……どうしても確かめたくて。


「はぁ?」


 関係性も何も、実の兄妹なのだが、それがどうしたのだろう。


 当然、個人情報だからね。ほいほいと口に出しはしないけど、ホント、何なのだろうか。――急に知らない女の子が、話しかけてきたのだ。


 近所のショッピングモールに併設された行きつけの映画館で、まさに未知との遭遇である。アタシはとりあえず首をかしげるしかない。

 なんせ、目の前には、見知らぬ女性がひとり。

 同性同士だから感じるのか、彼女の放つ雰囲気はアタシを敵とみなしているかのようだった。

 突然現れて、不意に声を掛けてきたばかりか、そんな気配を纏っているのだ。さらには、兄のために用意した席へと座りやがるもんだから、なんだコイツ。その席は空いてるわけじゃないぞと、こちらもゆっくりと臨戦態勢を取るしかない。

 おそらくはアタシよりいくつか年上だろう。

 ずいぶん大人びて見えるが、それでも高校生くらいか。

 アタシも背丈はあるほうだから、着てるものによっては高校生に間違えられることも少なくはない。だけど、やはり小学生と高校生。真贋の差は出てくるモノだ。

 キレイ系美人のなせる技か。今日の日のために、こっちも頑張って背伸びしてオシャレしてきたけれど、悔しいことに向こうの方が一枚上手。

 着ているものはとても清楚で、サラサラのセミロングも彼女の雰囲気と相まって息を呑むほどに似合っている。椅子へと座る際も、失礼しますと一言あったし、一つ一つの所作にも気品を感じた。


 あえてひとつだけ欠点を探すなら、その真面目で、お堅そうな所だろうか。


 優等生というか委員長というか、曲がったことはテコでも許さない、そんな気の強さが、あの清楚な佇まいの影からにじみ出ていた。

 まぁ、そうは言ってもアタシがもし男なら、その見てくれに一秒でメロメロでしょうね。

 それほどまでの美人がそこにはいた。


 だけど、――美人だからどうしたというのだ。


 アタシが今この場で絡まれる理由にはなっていない。

 しかもよく見ると、顔は血の気が失せたように白く、具合でも悪いのだろうか少し目が潤んでるようにも見えた。

 机に置いたミニバッグへと添えた手も小さく震えていたし、大丈夫だろうか。それこそ早めのご帰宅をオススメするべきだろう。

 なによりも、頭の中をいくら探ってみても、こんな圧倒的な美女に心当たりはない。

 名前を聞けば、『あぁ、あの時の』となる可能性もあるが、いやいや、わざわざ聞くまでもない。これほどのカワイコちゃん、一度会えば忘れるほうが難しいだろう。

 なので、この人とは今この瞬間が初対面。いうなれば赤の他人で間違いない。

 それなのに、……向かい合うように座りこちらを見つめる彼女の目は、何かを怖がるように揺れていた。


「……あれだけ仲の良いいところを見せつけられて、察してはいます」


「はぁ」


 なにを? 察するとは、この人は何が言いたいのか。


「楽しそうに腕を組んで、あんなに自然に笑う彼を、私は見たことがありません」


 いや、兄妹なんだから腕くらい組むし、笑いもするだろう。


「でも、それでも、間違いかも知れない。そう諦めきれない私がいます」


 そのすがりつくように、そして拗ねたような瞳。……美人の放つ無言の圧とはこれほどまでか。息苦しくてたまらない。アタシは目をそらしてしまう。

 と、いうか、いやいや、ちょっと待って。間違いも何も、どうにも話が見えやしない。

 まずアナタは誰で、アタシに何を言いたくて、そして、その『彼』とはどなたのことだろうか。

 もしも、その『彼』というのがあの兄の事ならば、まず100%、彼女はなにか人違いをして、勘違いもしている。

 どう奇跡が雪崩式に起こったとしても、こんな美人とあの兄が知り合いであるわけがない。

 類は友を呼ぶのだ。こんな、陽キャ集団のボスみたいな美女が、あんな陰キャブサイクと間違っても仲良くなんてなりやしない。

 となると、おそらくはこの人ごみの中だ、薄暗くもあるし、角度的に兄を誰かと見間違えた、そう考えるのが自然だろう。見間違いの一つや二つ、割と頻繁に起こることだ、珍しくもない。

 ならば、


「……あの、どうにも話がみえないんでアレですが、」


 邪険にするようで申し訳ないが、この人にはできる限り早急にいなくなって欲しい。

 だって、これだけの美人なんだもの。当然周囲の視線を集めるし、その視界にアタシと並んで映るわけだ。


 こんな美人とツーショットだなんて、冗談でしょう。


 一応アタシだって女の子のはしくれだし、惨めな引き立て役なんてまっぴらゴメン。そんなもの精神衛生上良いわけがない。

 それに、幸運にも今はいないけれど、あの兄には刺激が強すぎて目の毒でもある。

 十数年、女っ気のない兄のことだ。ひと目見て、何をどうトチ狂ってか、万が一にも身分違いの恋だとかに胸をときめかせかねない。

 残酷なようだが、あんな見てくれの悪い男だぞ。絶対にこのヒトの心をモノに出来るはずないじゃないか。

 金や名声。権力を除外して、それでもブサイクと美女が結ばれるのは、物語の中だけだと相場が決まっている。

 となれば、はじめから出会わないことこそが兄のため。ひいてはアタシのためである。

 妹としても、身内の悲恋など見たくはないわけだし、その後の始末は誰がすると思っているのだ。

 それに、率直な感想を言わせてもらえば――どうにも、アタシはこの手の女が得意ではないのだ。


「たぶんですね、人違いじゃないかなぁって……」


 アタシとしては無視の姿勢を貫いても良かったんだけど、それもあんまりかもしれないな。やんわりと受け答えしてあげたというのに、――まったく、嫌になる。

 対する彼女は、さっきの強気な雰囲気から一転。どうにも落ち着かない様子で、モジモジと指を遊ばせながら、……きっとはじめからこちらの話なんて聞く気がないのだろうね。


「か、彼とは、その、いつからというか、……長いんですか?」


 ……ほら見ろ。美人特有の他人の話を聞かないムーヴ。だから、こういう見た目の良いヤツらはキライなんだ。


 大方、この見てくれだから周りにチヤホヤされてきたのだろう。彼女のどんな些細な言動にも、周りが瞬時に反応し、蝶よ花よと甘やかしたに決まっている。

 いわゆるクラスのお姫様ポジ。

 あれだな。例えるならラノベなんかでよく見るハーレム要員その1ってところ。ほぼ初対面の相手に、なんやかんやでコロリと堕ちるチョロいあれだ。

 でも、人には合った生き方ってものがあるというし、だからこそ、アナタみたいな美人は適材適所といいますか、せいぜい世の中嘗め腐った自称一般人なパーフェクトボーイと乳繰り合ってて下さいよ。

 重ね重ね頼むから、どうか間違ってもアタシ達みたいな下々の輩と関わろうとしないでもらいたい。

 むしろこの際だ。どこのイケメンでも良いからさ、さっさとこの女を連れて行ってはくれないだろうか。

 おそらくは勘違いだろうから、この人がどんな意図でこの場にいるのかわからない。けれど、あのタイミングの悪い兄のことだ。もし万が一にも今戻ってくるとなると、アタシのストレスがきっとヤバいことになる。


「あの、聞いていますか?」


 それはこっちの台詞だよ。


 そう呆れながらも、彼女は、うんともすんとも答えない、そんなアタシにいささか腹を立てたのか、ちょっと前のめりになっての不服顔。

 それにしても、ムッとした顔も画になるのだから嫌になる。コレだから美人ってヤツはズルい。

 だいたい、聞いているも何も、さっきの質問の意味がわからない。

 彼女の言う『彼』が、まぁ十中八九ヒト違いなのだけど、それでも仮に、兄を指していると仮定して、そこまではわかるんだけど、はてさて『長い』とはどういうことなのだろう。

 男女間で長いとは、何が? 年の差ならば離れているかと聞くだろうし、今この場にあって長短で聞くこととなると……。


 ――上映までの待ち時間のことか? 


 それなら、上映時間が2時間ちょっとあるし、ちょうど前の組がはじまったばかりだったから、


「……まぁ、けっこう長いほうじゃないですか?」


 アタシ達が映画を見るときは決まってこうなのだ。この待ち時間の間で、いろいろと見て回ったりお昼を食べたり。実は、このひとときが一番楽しかったりもする。

 母は、いい加減に兄離れしなさいと言ってアタシを苛立たせるが、あのね、こっちが面倒見てあげてるんだから、明後日な勘違いはしないで欲しい。


「……そう、ですか」


 本当は答える筋合いもないのだけど、なんだか妙に目の前の彼女から必死さを感じたものだから、邪険に扱いずらくって、――でも、


「やっぱり、……そうなんだ」


 今更だけど、答えるべきではなかったのかもしれない。

 だって、


「……悔しい」


 薄い唇が震えたかと思うと、一度、確かに笑ったの。目の前の彼女が可憐に笑ったんだけど、


「ホント、……悔しい」


 ――言葉より先に、涙をこぼしたのだから。


 ひぇ~~~っ!!


 薄暗いとはいえ、人目の多い映画館だ。しかも、こんなにも美人なのだからイヤでも目立つというのに、シクシクと泣きはじめたのだからさぁ大変。


「ちょ、ちょっと、えー、なんでぇ?」


 どうして泣くのか意味がわからない。こちらとしても、マヌケに狼狽えてしまうことしか出来なくて。

 彼女としても、不測の事態だったのだろう。慌ててハンカチで目元を覆い、


「泣いちゃダメなのに、……ごめんなさい」


 でも、どうにも涙が止まらないようで。終いには、肩をふるわせて、いよいよ本人としてもどうにもならないみたいだ。


 聞こえてくるのは、涙声での「ごめんなさい」謝罪だけ。


 こんな時、アタシもどうすれば良いかなんてわからないからさ、慌てて兄のほうに顔を向けたんだけど、ダメだ。人混みに紛れてしまって、さっきの列には並んでると思うけど、何処に行ったのやら見当たらない。

 幸いにも、今のところは彼女の変化に気づいてる人はいないみたいだけど、おいおい、アタシひとりでどうこうできる場面じゃないぞ、コレは。


「の、飲み物でも買ってきましょうか?」


 本音としては、この場から逃げ出したい。

 いきなり現れた上に絡んできて、あげくの果てには泣き始めたのだ。たしかにスッゴイ美人だけど、そんなヒトとお近づきになるなんてアタシは心底ごめんだね。

 そう、ごめんなんだよね。

 でも。

 うん、でもさ。そうは言ってもなんだよなぁ。

 やはり、彼女はどこか具合が悪いのかもしれないわけで、我関さずと、放って帰るのも人としてどうなのかと。

 合わせて、ひねくれた物言いをすれば、美人が泣いていてる。ただそれだけで、見捨てるにしては後ろ髪が引かれすぎる。

 それに、アタシだって病人を見捨てるほど鬼ではないからさ。ついでにハンカチの一つでも濡らしてこよう。なんて、席を立ちかけた。


 でも、立てなかった。


「……大丈夫ですから、ごめんなさい」


 私がバカなだけだから。そう言ってアタシの手を優しくにぎり、彼女が微笑んだのだ。

 未だに目元は潤んだままで、大丈夫そうには見えないのだけど、


「彼、優しいでしょ」


 その絞り出すような声に、アタシは変に動けなくなっちゃって。


「……たしかに、優しいです」


「アナタのこと、大切にしてくれるでしょ」


「……まぁ、昔から特別扱いはしてもらってます」


 兄妹だし、ある程度歳も離れているという所もあるからかなとアタシとしては考えている。それに、優しさに関してはそれは周りに対してもそうだから、いわゆるアレだ。


「どちらかと言えば、お人好しってヤツかなぁって」


 その言葉に、彼女は少し微笑んだけど、――やめて、もう泣かないで。

 もう一度、その形の良い瞳から、ホロリ。


「……だからかな。私、勘違いしちゃって、バカみたい」


 ――ホント、バカみたい。


 続く彼女のその言葉に、どこか後悔にも似た何かを感じて、アタシは何も言葉に出来やしない。

 おぼろげに、うっすらと感じ取ってしまった部分があるからだ。

 彼女が何を言いたいのか、を。


「恋ってさ、やっぱり」


 アタシの手を握る、彼女の綺麗な手。ほんの少しだけ、力がこもった。


「やっぱり、……早い者勝ちなのかなぁ」


 ホロホロと、涙をこぼしながら、最後にもう一度、「悔しいなぁ」彼女はそうつぶやいた。




 ここまでくれば、ようやくアタシも合点がいった。

 話の流れを察して、なんとなく彼女の言わんとせんところがわかって、というか、むしろもらい泣きしそうになってしまって喉が詰まった。

 要するに、何かのきっかけで『兄』が、彼女が恋心を寄せる『誰か』に見えたのだろう。

 そして、そんな彼と、アタシなんかが仲良くしてるもんだから、失恋したと心を痛めたのだろう。

 アタシだって、女の子だ。恋に恋するお年頃。マンガやアニメからの受け売りだけど、それでも彼女の胸の痛みはわかるつもりだからさ、すっごく好きな相手に彼女がいるなんて、そんなの辛すぎる。

 誰かを猛烈に好きになる。そんな経験はまだないけれど、不思議とまるで自分の事のように感じてしまい、やばい。アタシの涙も、もうすぐそこ。

 しかも、こんな可愛い子が悲恋に胸を痛めるなんて、今日見る予定の映画の内容と重なってしまい、こういうのをなんというのかな。まるで映画の中に自分が入り込んでしまったようなライブ感に、どうにも彼女のことを応援したくてたまらない。

 だから、


「あのですね、やっぱり人違いですよ」


 アタシは、これでもかと兄のことを説明した。


 褒められた顔をしていないこと。ただのお人好しなこと。そして、同級生の女子にすら、電話一本でいいように使われるヘタレだということ。

 だから泣かないで。アナタの恋を諦める、そんな価値、あの男にはないのだから。

 改めて兄のことを言語化すると、やっぱりどうして不人気株。どう奇跡が起きても、この美少女とは釣り合いようがない。

 ちょっと大袈裟に話を盛ったところもあるが、熱弁に次ぐ熱弁。兄に対する盛大なヘイトスピーチの連続に、彼女もそこまで言うと、やはり自分の想い人とは違うと気がついたんだろうね。

 ようやく、涙も落ち着いたのか、


「……私の知ってる彼は、クラスの人気者だし、」


 そんな彼を顎で使うような女子、もしいたら、とっくにアタシが張り倒してるから。

 そう言って、真っ赤な目のままでようやく笑顔を見せてくれた。

 やっぱり美人は笑っていたほうがいい。

 驚くほど可愛い微笑みに、不覚にもときめいてしまったのは内緒だ。


「ね? やっぱり人違いでしょ」


「もしかして私、とっても恥ずかしいことしちゃった」


 次の瞬間には、あっという間に耳まで赤くなるもんだから、つられてアタシも笑ってしまう。


「アタシは初めから気が付いてましたよ。あぁ。勘違いだなぁって」


「や、やめてよぉ。恥ずかしくて死にそう」


 どうやら、ぶらりと立ち寄ったショッピングモールで、偶然にも、彼女は想い人の姿を見つけたらしい。

 今日はラッキーだ、ついてる。

 でも、キュンキュンと胸をときめかせ近づいてみると、そこは映画館で、しかもその彼がなにやら知らない女子と仲良くしてたから、――目の前が真っ白に。


「そこから、もう頭の中は悪い想像でいっぱいになっちゃって」


「あの、そんなにイチャイチャしてました?」


 彼女が負けを認めるほどイチャついた記憶はないのだが、それに、アレと恋仲だと間違えられるのはヤなんだけど。


「してたよ~! あんなの誰が見てもカップルだもん!」


「え~、ヤだ~!」


 終始ケンカした記憶しかないのだから、やはり彼女は相当に混乱していたのだろう。

 その後は、アタシからの質問攻め。

 その想い人のどこがいいのか、何がトキメキのきっかけなんだとか。俗にいう恋バナである。

 女子で、この手の話がキライな子はいないからね。もちろん彼女も真っ赤な顔でぼそぼそと。

 中学の時から続く、一方的な片想いであること。ふたりで頑張って同じ高校に合格できたこと。素直になれなくて可愛げのない私に、いつも笑って付き合ってくれること。可愛いとこもあってもちろんカッコよくて、とっても優しくて、大切にしてくれて、etc……。


「だから、もしかすると相手も私のことをなんて、どこか安心してたから」


「まさか彼女がいるとは思ってなくて、泣いちゃったのかぁ」


「正直、死ぬまで考えた」


「おぅ……愛が重いですよ」


 普段、こんな話、聞いてくれる人が周りにいないのかな。まぁ、しゃべるしゃべる。しかもエピソードのひとつひとつ糖度が高すぎて、ごちそうさまです。胸やけを起こしそうだった。


「それでね、先日もね、ハロウィ――」


「――いや、もう甘すぎ。ギブアップ!」


 ふざけたように、腕で×の字を作り、ストップをかける。その後、お互いにひとしきり笑いあうと、


「勇気を出して、はじめて二人きりで写真撮ったの。見る?」


 私、真っ赤な顔してるけどそこは気にしないでね。

 そう言って、いそいそとスマホをいじりはじめるもんだから、だからこれ以上の糖分摂取は身体に毒なんだって。


「遠慮します。どうせ、悔しいくらいイケメンでしょ? なにが楽しくて、手の届かない人の顔を見るんですか、それに」


 ツーショットなんて、イヤな相手と撮るとは思えない。


「絶対、両想いですよ」


「でも、彼、人気者だし、」


 アタシは、どちらかというと口うるさい方だから……。

 彼女の話を聞く限りでは、相手も相当にイケメンみたいだから、競争相手が多いのだろう。でも、アタシはこの美女が負けるとは思えない。だから、


「アタシは、応援しますし、なんなら協力もしますよ」


 手助けなんて必要ないだろうけど、


「……約束だよ?」


 その時は私、期待しちゃうからね。

 彼女が可愛く笑ってくれたから、その見栄えの良さにもう一度、ときめいた。


「はい。よろこんで」


 まだまだ、映画の上映開始まで時間があるけれど、やっぱり今回もこの時間はアタシの好きなひと時になったようだ。

 はじめの出会いはあまり良いものではなかったけれど、話をしてみると不思議とウマが合うとでも言うのだろうか、好みや考え方も似たところが多くて、他人とは思えない彼女に、これが親近感を覚えるというモノだろう。

 単純に目の前の少女が、あまりにも美人だということもあるが、それをナシにしても、あぁ、この人に想われる例の彼は、とんだ幸せもんだ。


「もし、その彼が、今度ふたりで遊びに行こうなんて誘ってきたらどうします?」


「私、きっと卒倒しちゃう」


 うわー、ヘタクソー。


「その場で抱きついてチューしちゃえばいいんですよ」


 恋は早い者勝ち、……じゃ、なかったですっけ?


 きっと今、アタシは下世話な顔をしているだろうね。

 ひゃー、と彼女は小さく悲鳴を上げ、真っ赤な顔を暑い暑いと手で扇ぐもんだから、その可愛らしい仕草に、また一笑い。


「次どこかで会うときは、その時は、彼氏さんを紹介してくださいね」


「か、彼氏だなんて、……でも、うん。がんばる」


 兄が戻ってくるまで、きっともうしばらくかかるだろう。お邪魔しましたと、彼女が立ち上がるその時まで、アタシはとても楽しい時間を味わった。






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 その数年後、このときの話を変な形で思い出すことになるわけだけど、


「はぁ? 自分のお姉ちゃんと同じ人を好きなの?」


 高校の昼休み。おいおい、そういう話は他所でしてくれないか。せっかくのお弁当タイムに、なんというドロドロとした話を聞かせてくれるのだろう。


「そう、五歳くらい上かな。年上のおっさん」


 五歳程度なら兄と同じくらいの年齢だから、流石にまだオッサンではないと思うけど。

 でも、相手は成人してるわけだし、もしかしてあれか? パパ活か? それならば、アタシは今すぐにでもアンタの友人をやめたいのだが。

 そもそもアンタ、メチャクチャ美人なんだから、もっと未来がある恋愛をしなさいよ。

 この友人、中学からの一番の親友なんだけど、顔の造形は言わずもがなに抜群で、その上、出るところは出て引っ込むとこは引っ込んだ、誰もがうらやむパーフェクトボディなのだ。そんな子が、方々の男連中から引く手数多だろうに、わざわざなんだってそんな恋愛にお熱なのだろう。

 たしか、先日もサッカー部のイケメンから告白されたのではなかっただろうか。


「あのね、男は顔じゃないよ。中身だよ。まぁ、アタシのおっさんはどっちをとっても最強にカッコ良いけどね」


 となりでお弁当を食べる友人は、ふふーんと鼻を鳴らして自慢げに、どうだ羨ましいだろうと言わんばかりの表情なのだからたまらない。


 まぁ、その小憎たらしい顔は無視するとして、男は中身。それに関しては自分の兄の例があるからね、否定はしない。


 世の中、ブサイクだけど優しくて気の良いヤツはいっぱいいるし、いつだったか、『顔やノリで選ぶと後悔するよ。結局、誠実で優しいのが一番だ』と、近所に住む、出戻りのお姉さんも乾いた笑いとともに言っていた。

 その兄も、大学進学を機にバイトをはじめたのもあるけれど、最近はめっきり家にいる時間が減った。だけど、それでもいまだに優しいし、たまーにだけど頼りになる。

 相変わらず、彼女のひとりも連れてこない残念な兄だけど、最近は、もういっそのことアタシが一緒にいてあげればいいかとすら考えはじめてきた。

 アタシも、ありがたいことに兄に似ず、そこそこ顔が整ってはいるようで、中学からこっち、何度か告白をしていただいたのだが、うーん。


 やっぱり中身を兄と比べてしまって、どうにもときめかない。


 そもそも兄を超える逸材なんて、そんな好物件、とっくに相手がいるだろうし、そうなればアタシの春もいつ訪れるかわかったものではないからね。

 別に、共働きの兄妹が仲良く暮らすなんて、珍しいことではないだろうし、恋人なんて、どう焦ったところで出来ないモノは出来ないのだから仕方ない。

 世の中には、この友人のようにとんでもない恋愛事情だってあるのだし、変に間違えて、何処のウマの骨かもわからないバカな女を連れてこられても対応に困るというモノ。

 でも、だからこそ同じ人を好きになってしまったのならたいへんだな。

 三角関係は現実にもよく聞く話だけど、それが姉妹であったり、お互いに、譲れないほど本気ならばなおさらだ。

 いやはや、姉妹間の、かつ親友の揉め事なんて、心底見たくはないのだけど、一体何処の昼ドラだろうか。

 しかも、聞けば、どうやらその『オッサン』も、姉のほうと良い感じらしいではないか。

 そういえば、どこかで恋は早い者勝ちという話をしたのを思い出し、それならばやはり後から手を付けるのは無粋だろう。


「あのさぁ、それは、ダメでしょ?」


 好きになるのは止められないけれど、それでもヒトとして、倫理観というかなんというか。超えてはいけない一線というのは確かに存在していると思う。

 友人も、少しは思うところがあるんだろうね、むぅっと拗ねたように俯いたんだけど、――まぁ、驚かせてもらった。


「だって、」


 ちょっと静かになったと思えば、


「……初恋だし。昔からずっと大好きだし、これから先も、死ぬまで愛してる自信あるし」


 ――初めて見た。その真っ赤な顔は、まさしく恋をしていたのだから。


 いつもの飄々とした、そして小悪魔然とした雰囲気はどこにいったのやら。そこには、恋に焦がれるひとりの乙女がいるではないか。


「お姉ちゃんが毎日のようにおっさんの良いとこ話してくるし、スマホでだけど、たまに見るおっさんはどんどんカッコ良くなってくし」


 ……それに、偶然って怖いよね。


 ふと、友人のそのきれいな目がアタシを捉えて放さない。

 急に見つめられると、これだけの美人なんだ。同性だけどドギマギしてしまう。


「誰かさんも、毎日、自慢してくるし」


 え? アタシ? 


 全く心当たりはないからさ、どういう意味かと問い詰めようとはしたけれど、矢継ぎ早に、「協力してね。絶対だよ。約束だからね」と、そんな乙女な顔で必死に両手を握られると、――これだから美人ってヤツは卑怯だ。


 ホントはこんな恋愛、親友としてすぐにやめさせるべきだろうけどさ。


「……変に拗れそうなら、すぐ止めるからね」


 誰を彼女にするかなんて、その『おっさん』が決めることなのだからさ。そこまで外野が立ち入っていい話でもないし。

 なんて、いろいろといつものようにお小言を言いたくはあったのだけど、キラッキラの笑顔で、「大好き!」そう抱きしめられると、あぁもう。


 ……イヤだと言えないのだから、ほんと、困ったものだ。









 ……ここからは、余談になるけれど。


 後日、今日お姉ちゃんがおっさん連れてくるから、手助けをお願い。そう、お呼ばれした親友宅の玄関先。

 少し到着の遅れたアタシが、


「お兄ちゃんはアタシんだぁっ!!」


 美女ふたりを押しのけて、兄にしがみついたまま涙目で、盛大に取り乱すことになるんだけど、……まぁ、それは少し先の、また別のお話。









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― 新着の感想 ―
[一言] 無自覚ブラコンが土壇場で真性ブラコンに覚醒してド修羅場 大変興味深いですね(0゜・∀・)wktk
[一言] 続きください。 何なら連載おなしゃす。 すっげー面白いです。
[良い点] 面白い作品ですね楽しく読ませてもらってます 前作と合わせて連載化しても良さそうですね 今度はヒロイン目線&ヒロイン妹目線のお話も読んで見たいですね
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