聖女召喚(拉致)されたので女子力で勝負する
いつもと変わらない高校生活。
クラスでカースト上位な子のグループに溶け込んで平穏にやり過ごす日々。
「ねぇきいて!今の彼氏ひどいんだよ!一緒にいるときに可愛いカバン見つけてねだったのに、買ってくれなかった!」
今日も突っ込みどころの多い台詞で登場したその上位サマ。見た目が派手で可愛くて家柄もいいからクラスの中心にいる。
私は黒髪ストレートで見た目が真面目系、成績と先生からの受けがよく、一般家庭。キャラ被りがなくて一緒にいるのにちょうどいい、らしい。入学式から絡まれて、敵対するのも面倒で一緒にいる。
けど、そんな内心の評価なんて見せたらどんな攻撃をされるかわからないから、無難に同情した表情で相づちを打つ。
「えぇ!そうなんだ」
最初に相手をすれば、あとは周りにいる子達と勝手に盛り上がってくれる。
「元カレはどんどん買ってくれてたよね」
「そうなの!私もう、愛されてないのかなぁ」
「「かわいそー!」」
いや、単なるデートでカバンねだるとか頭おかしいし。クラスの男子、ドン引いてるよ。
相づちを打ってる子達は、内心ではそのまま別れたら面白いのにくらいにしか思ってないだろうに、見た目には心から同情してるように見える。
愛されてないと迫真の演技で涙を流して嘆いている子も、話していくうちにこんなものを貢がせたことがあるとか言う自慢話になっているし、明日にはそんな愚痴を言ったことさえ覚えていないだろう。
女子の社交には演技力が必須なのだ。
帰り道。慰めるためにカフェに行くと盛り上る友達と別れて一人でぼんやりと歩いていたら、ふと視界がぶれた。
立ちくらみ?
慌てて一度目をつむり、しゃがみこむと、ふと空気が変わった。
車の走る音やお店の呼び込みといった雑踏が消えて人の話し声になり、ファミレスの換気扇から漂っていた揚げ物の臭いがなくなってふんわりとした花の匂いになり、漂っていたホコリが全てなくなったかのような澄んだものになった。
動画を流し見していて、急に違うジャンルに跳んでしまったときのような。何もかもが変わった感じ。
混乱しながら目を開けると、そこには十人程の男性が私に向かって一斉に頭を下げている姿があった。
そして一人だけ立って、にこやかにこちらを見ていたキラキラしい男性が話しかけてきた。
「よくいらしてくださいました、聖女様」
うん。
あれだ、あれ。
これ、小説で読んだことあるやつだ。
異世界召喚。
いきなり異世界って言われて信じるとか、嘘臭いって思ってて悪かった。
これは信じるしかないわ。
何と言うか、空気が全然違う。田舎と都会の差とかそういうものじゃなくて、吸ってる空気に酸素がなくて何か別の成分が入っているような、全力で「世界が違う!」と感覚が訴えてきている。
そして混乱している私を気にもかけずに、自分の主張だけ伝えてくるキラキラな王子。
自分が第二王子だとか、ここにいる面子の努力で召喚の儀を復活させ、私を呼んだんだとか。
この世界に拡がっている瘴気を浄化して欲しいとか、お礼に嫁にしてくれるとか。
とりあえず理解。
誘拐された。こいつらは敵。
混乱につけこんで言いくるめる気でいる。
今はそれだけわかっていれば、あとは戦うだけだね。
「それで、私はこの『呪い』をどうにかするために呼ばれたんですか?」
まだ混乱から立ち直っていないように見せながら、そう話していく。
まずは先手でパワーワードをぶちこみ、会話の流れをもぎ取るのだ。
清純そうなキャラづくりしてて良かった。騙しやすそうと思わせたら逆に騙しやすくなるのは世界が変わっても同じだろう。
キラキラ王子は理解出来ていないようで首を傾げただけだったけど、王子のすぐ横にいた文官っぽい格好の男性が、話に食いついてくる。
「『呪い!?』この瘴気は『呪い』なのですか!?いったい誰が我が国を!!」
「わかりません。ですが、周りから『かえして』との想いが伝わってきます」
どうとでもとれるような言葉を、呆然としているように見せながら口にする。
混乱している人間の言葉は、嘘だとは思われにくいんだよね。私はまだ混乱していますよっと。
適当だけど『帰して』か『返して』のどっちかくらい引っ掛かるでしょう。
案の定、何かは心当たりがあるみたいで王子も文官さんも苦い顔になる。
「過去の召喚者か」
ボソリ、と王子が呟いた。
なるほど?過去に召喚された人たちは帰れなかったと。
「皆さん帰れなかったことを嘆いているようです。元の世界には帰れないのでしょうか」
すかさず聞くが、それには悲しそうな顔で無理と言われた。
「残念ですが、お呼びすることは出来ても元の世界に返す方法は見つかっていないのです」
完全に確信犯。全部解ってて自分が誘拐したのに悲しい顔とか。
悪いと思うなら初めからやらないのは幼稚園児に教えるレベルの常識だよ?
そしてこの国だか組織だかよく解らない団体はそれを繰り返してきている、と。すごい腹立つ。
まぁ、そんな文句を素直に顔に出したり言ったりはしないけど。
「今まで呼ばれた人たちの『帰りたい』という気持ちが澱んで世界に満ちていっているんですね」
キラキラ王子に負けずに悲しそうな顔を作って話を続けていく。
高校女子の世界で平穏に生き抜いて行くには表情を作る能力は必須。クラスで腹立つからって態度に出したら翌日からボッチ生活の危機が訪れる。お蔭でずいぶん女子力は磨かれた。
演技なら負けないよ。
「ですが、今までの聖女様も勇者様も、お呼びすれば瘴気もおさまっていて」
おっと。今度は神官っぽい人が釣れた。
「同じ世界の人がいるうちは、その人には復讐しないようにと呪いが弱まるみたいですね。ですが、その方が居なくなるとその方も加わってこの世界に呪いが増えていくのです」
話を合わせるための超解釈も女子には必要な能力。
最終的に論理が破綻してても、共感さえさせてしまえば相手を満足させられる。感情さえ方向付ければ人間は自分の都合のいいように事実をねじ曲げていくものだと義務教育の逃れられない集団社会の中で学んできたよ。
「聖女様。その呪いを何とかする方法はご存じでしょうか」
この場の人たちも信じてくれたようだ。文官っぽい人が、必死さを増した様子で聞いてくる。
「これ以上召喚を行わず、その手段も失くすことです。そうでなければこの世界はどんどん壊れて、最後には破滅してしまうと、神様が嘆いています」
神官ぽい人がいるから、召喚に宗教も絡んでいるのだろうと判断。女神か男神かは解らないからそこは触れないでいよう。
「そんな!!過去の神託では確かに異世界から人を召喚するようにと言われたと記録が!古代の書物を読み解いたのですよ!」
なんだかアクセサリーをじゃらじゃらつけている人がショックを受けている。神官長かな?
「魔に邪魔されて、声が届かなくなってしまったようです。過去のどこかで、神様の性格が変わったような痕跡はありませんか?」
支配者が変われば思想も変わる。歴史の長い宗教ならきっと聖書が変わったりしてるはずだ。地方の宗教を取り込むために性別も年齢も変えて超人化していくのが長く続く宗教のコツだと思う。って古典か歴史の先生が言ってた。
不安そうな表情を作りつつ、強く神と直接話したと伝えると面白いように皆が動揺していく。
混乱している人には強く主張するのが一番操りやすくなるから、ここはしっかりと主張し、二度と召喚という名の拉致をしないよう集団の思考を誘導していく。
今まで黙っていた人たちもショックを受けたようで、頭を下げるのも止めて集まって話し合い出した。
この場の皆が動揺している隙に、足元の召喚陣らしきものの文字っぽいところをポケットに入れてた家のカギで擦って削っていく。立ちくらみかと思って座ってよかった。スカートに隠してガリガリしてもばれない。
何か細かい模様が彫られてるみたいだし、あちこちに傷をつけておけば壊せるんだといいな。
指摘されたら神様のせいにしておこう。
もう召喚はやめるようにと言う神の意思が陣を傷つけたのです、みたいな。
話し合いは召喚の技術を手放そうという流れになってきている。
でも、まだ瘴気が呪いだと信じていない人もいる様子。
ちょっとだめ押ししておこう。
「この世界に呼ばれ、帰れなくなった皆様。お鎮まり下さいませ」
世界に呼び掛けるように見せながら、召喚されて急に出来るようになっていた『浄化』を行う。
これで流れは召喚をやめていかに瘴気を発生させないかの議論になった。
まぁ、全部嘘なんだけど。
普通に考えて、拉致して言うことを聞かせようって人たちに従うわけない。
もし本当に召喚でしか解決しない問題だったとしても、誘拐犯の事情を考えてあげるような優しさは持ち合わせていない。
とりあえず、『瘴気』=『異世界人の呪い』の図式は刷り込んだ。召喚なんてやらなくなるだろう。
でも実際は瘴気が呪いだなんて私が適当に作ったでたらめだし、召喚をやめたところで解決するとも思わない。
そのせいで瘴気が増えて取り返しがつかなくなってもこの世界の自業自得だ。
というかむしろ、そうなればいいのに。
こうして、人を誘拐して働かせようとしたこの世界に復讐することを目的と決めて、私の異世界生活は始まった。
聖女っぽい能力が色々ついてたけど、元の世界で鍛えられたこの女子力が私の一番の武器だ!