片思いのエキスパートは寝取られ幼馴染を支えたい
女運悪過ぎ問題。
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「如月、お前…横にいるの、誰だよ?」
「あっくん!?え、えっと…あ、新しい友達だよ!」
今日も机で読書する私の横で、私の幼馴染が修羅場を迎えている。如月と呼ばれた女子は私の小学校からの同級生で、あっくんと呼ばれて震えてるのは私の幼稚園からの幼馴染で、如月の隣にいるのは…知らない。普段教室では見かけないチャラい奴だ。別クラスだろうか。
状況がよく見えないが、多分あっくん氏が部活に行く前にクラスが違う如月さんに声をかけに来たところ、チャラ男子と楽しそうにしてるのを目撃してしまったんだろう。
「ちーっす、ちよっちの友達の寺田でーす!ここ最近ずーっとちよっちん家で遊ばせてもらってまーす!あ、君もこの娘と友達?まさか恋人じゃないよねーだってちよっちフリーって言ってたもんねー!だからいつも俺と遊んでるんだもんねー!」
「ちょっと、あっくんの前でそういうのやめて!」
いや、あっくんの陰でならいいのか?
なんともくだらないやり取りだが、とにかく本当に、幼馴染の女運の悪さは最悪だ。浮気されて別れるのも何度目かわからない。
小学校の頃から付き合ってた恋人が別の異性と寝てたことがあったり、次の子もそれがバレるギリギリまで続けられてしまったり、この如月のようにバレてからも関係を維持しようとする子もいた。そして大抵はあっさり破局を迎えることになる。何故なら――。
「ああ、恋人じゃないな」
「え…?」
「ただの腐れ縁だ。たまに休みの日に遊びに行く程度のな。じゃ、俺は部活あるから。二人で遊ぶなら勝手にしてくれな」
これだ。この幼馴染は恋人の心移りに異常なほどに興味がないように…というより、不貞がわかると同時に関心が無くなったみたいに淡白に接する。もう少し話をするだけで違う着地点が見えそうなものだが、当事者になったことがないからわからないし、部外者の私にそれを指摘する資格はない。
いや、初めはこんな淡白ではなかった気がする。初めて寝取られた時は泣いて怒ってたし、一日寝込んでた。
もしかしたら、裏切られる事に慣れてしまって、捨てられて怒るより自分から未練をすっぱり捨てるようにしてるだけかもしれない。慣れたって傷ついてない筈は無いんだけどな…。
「あ、あっくん…!待って!ち、ちが…!」
「お!あっくんわかってるじゃーん!ちよっちーじゃあ放課後また遊ぼうぜ!ゲーセンの後はお前んちでいいよな!今日も親イネーんだろ!」
「え!?で、でもあっくんが…」
「あっくん優しいから平気だって!それに真面目なちよっちも息抜きしないと!あ、そういやちよっちに似合いそうなピアス買ってきたんだわ!ちよっちん家で着けてみようぜー♪」
「あ…うん…♪」
不快なやり取りをしながら教室を出ていく二人を見送りほっと息を吐いた。
とにかく、これで彼についての惚気を聞く心配は無いだろう。あの子とはあのチャラい男と関わる前はよく昼食を一緒に食べていたのだが、お弁当を食べながら幼馴染の良さを語られて中々しんどかった。
そんな付き合って間もない連中でもわかる良さなど、とっくの昔に私は知っている。
知っていてもなお、片思いを続けることを選んだんだ。
それが一番、彼の近くにいられる方法だったから。
私の名前は睦月 遥。長月 歩に物心ついた頃から高校生になった今まで片思いを続けている、片思いのエキスパートだ。
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「はあぁーーー…全く嫌になるよ。また浮気された」
「お疲れ様。最短記録更新ね」
「何日保った…?」
「そういうのを私に聞く時点で色々足りないのよ。交際記念日くらい覚えておきなさい」
それもそうだよなぁーと机に突っ伏す歩くんに対し、どうしようもなく母性がくすぐられた。ああ、頭を撫でてあげたい。よしよししてあげたい…そんなことないわよって優しく声をかけてあげたい…!
だけど、それをしたらきっと歩くんは私から離れていってしまう。これまでの女達は皆甘い声で歩くんに近付いては、肉食系の男子を恋人にして離れていくのを繰り返していた。安易な甘やかしは彼のトラウマを刺激しかねない。
こうやって振られたときに、いつもそばに居てあげることができるのは私だけだ。それが例え、私を恋愛対象として見ていないが為だとしても、歩くんが心落ち着ける特別な位置がここなんだとしたら、それを残してあげたいと思っていた。
「なあ、なんで俺って浮気されるんだろうな?」
優しすぎるからだよと言ってあげたいけど、たぶん、そういうことを言われたいわけじゃないだろうな。
「知らないわよそんなこと…ああ、でも如月さんはあなたに対して不満はなさそうだったわよ?いつも私に惚気けてたもの。つまりあなた個人に特別悪い点がある訳じゃなさそうね」
「まじかよ…じゃあなんで浮気するんだ…どうなってんだよ俺の周りの女子は…」
…うん。本当、どうなってるんでしょうね?私も謎だわ。
あなたほど素敵な人なら、浮気しようだなんて思わないもの。
『ねー!はるかちゃんもいっしょにあそぼうよー!』
『え!?い、いいの!?』
『うん!ボールもってきたよー!そとであそぼー!』
引っ込み思案で友達もいなかった私と遊んでくれたのはあなただけだった。小学校に入ってすぐ彼女が出来たあなたのことを見てることしか出来なかったけど、あの日から私は、あなたに片思いし続けている。
………でも付き合う女全員が寝取られてるのは普通じゃないわ。不憫を通り越していっそ不吉よ。歩く浮気製造機だわ。そのうち事件も起こったりして。
「そうだ、いいこと思いついたぞ!」
「またそんなこと言って。どうせ今度はもっと年上を攻めてみようとかそんなんでしょう?」
「お前だよ、睦月!」
………はい?
「睦月!俺に付き合ってくれよ!」
「なっ!?い、いきなり何よ!?」
「だーかーらー!俺と付き合うとどうして浮気したくなるのか、浮気したくなった時に教えてくれ!お前にしか頼めないんだよ!頼む!この通り!」
あ、呆れた…!
他に女子がいないって、つまり私は消去法ってこと!?
ていうかそういうことを私に普通頼む!?
「嫌!」
「ガーン!?そこまで俺のこと嫌い!?」
だーーーっ!ちっがーーう!そうじゃないったら!!
「私でいいって考えが気に入らない!私がいいって言えるような告白をしてよね!」
……。
……っ!?わ、私ったら何を言ってるのよ!?これじゃまるで私が告白されたいみたいじゃないの!?う、うわ、目を丸くしてるし!やばいやばいやばい、露骨すぎた!?
「…な、なるほど。確かにそうだな。俺、今まで告白されるばっかりだったから気付かなかった…これが目から鱗ってやつか。やっぱ俺が相談できる相手は睦月しかいないわ。すげーよ睦月」
そこを納得されるのも結構辛いわね…。
「よし、わかった!俺、今日からお前のどこが好きかをちゃんと言えるようになってから、お前に付き合ってもらうことにする!合格だったら俺と付き合うことに付き合ってくれ!」
付き合うことに付き合う。もはや日本語かどうかすら怪しいそのお願いごとに、私は"付き合ってあげる"ことにした。誰かこの語録を整理しておいてほしい。私にはもう何がなんだかわからない。
…でも、嬉しい。嬉しいよぉ…!
私の好きなところを言えるように、歩くんが努力してくれる。それがどれほど嬉しいことかなんて、きっと長年片思いをしてきた人にしかわからない。
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「睦月!お前の目ってきれいだよな!付き合ってくれ!」
「却下!まず周りに人がいる中、明らかにぱっと思いついた理由で告白する姿勢が気に入らない!やり直し!」
次の日から、歩くんは私にどうやったらOKを貰えるかを必死に考える日々を送っていた。本当はどんな理由で告白されたってOKして良かった。私と恋人にしかできないキスをしたいからとか、そういう夢の薄い告白でもOKしてあげてよかった。
だけど歩くんは思った以上に真剣で、今度こそ失敗したくないっていう気迫が伝わってきた。ついつい勢いでOKしたくなることも多かったけど、それを許したらきっとその後の関係も上手く行かないような気がして、思いに反する厳しい意見ばかり言って突っぱねた。
「頭がいい!付き合ってくれ!」
「馬鹿か!二重の意味で!やり直し!」
「いつも正直でズケズケ言うところがいい!付き合ってくれ!」
「Sir○と付き合ってこい!出直せ!」
「長い付き合いのよしみだ!付き合ってくれ!」
「それなら隣の家の独身老女と付き合えば良いでしょうが!もっと考えろ!」
………いや、でも、これは私悪くないよね?
この告白で良いよって言う人いる?センス無さすぎてちょっと泣けてきた。もういっそ私からあなたに告白する権利をください。いや、告白したらこの関係が壊れそうだから出来ないんだけども。
もうすぐ記念すべき告白拒否30目回を超えようかってタイミングで、彼はついに弱音を吐き始めた。
「だめだー…お前に付き合ってほしいのに理由が言えねー…」
嬉しいけど、その言い方はちょっともにょるというか、悲しいんだけども。それって本当に私に付き合ってほしいのか?あんまりにもあんまり結果で、私も半分諦めつつあった。
「ねえ、なんで私じゃないと駄目なのよ。浮気された原因知りたいなら、一度浮気した女の子たちに理由を聞けばいいでしょ」
「うーん………いや、あの子達っていつも"一番はあっくんだから!"とか"違うの!"しか言わないんだよな。嘘っぱちっていうか、軽いんだよ。あいつらの好きは。俺が知りたいのはそういうのじゃないから」
なるほど、それはわからなくもない。そもそも彼女達は交際相手がいるのに他の男に体も心も許す時点で色々緩いのだろう。この手の相談相手としては確かにふさわしくない。
「その点、睦月はちゃんと俺のことを考えてくれてるだろ」
まあずっと片思いしてますし。
「それにいつ相談しても呆れつつもちゃんと答えてくれるしさ」
そりゃ好きな男の子から頼られたら嫌な気はしませんから。
「あと何だかんだでどんなことでもちゃんと付き合ってくれるからさ。お前に相談するのが一番………」
だって好きな男の子と過ごす時間は楽しいですから。
…おや?何を深刻そうな顔をしているのだろう。
「…なあ、睦月」
「何?良い口説き文句が思いついた?」
「ああ。とっておきのを思いついたぞ」
その表情はすごく真剣で、クールを気取る私の頬が紅潮していくのを抑えることができなかった。か、かっこいい…。
「睦月。いや、遥。お前はいつも俺のそばで見守ってくれていた。俺が辛い時いつも横にいてくれてたし、俺がなんとなく遊びたい時もいつも付き合ってくれていた。俺が本気で何かやりたい時もいつだって手伝ってくれたな。今もそうだ。だからと言うわけではないが、俺と付き合ってくれないか?俺の隣にお前がいないと、俺は不安なんだ」
……おお、なんか随分とそれっぽいことを言い始めたな。
うん、このレベルなら良いだろう。
「…よし、合格!今の言い方なら、私が他の女の子でもOKしてるかもしれないわ!ちょっと重たいけどね!なによ、やればできるじゃない」
「………そうか。よし、じゃあ次は相思相愛になるための訓練だ。浮気されるまでな。もちろん、付き合ってくれるよな?」
「ええ、もちろんよ。精々浮気されないように頑張ってみなさい?」
あなたのためなら、私はどんな事だってできるの。あなたのお願いなら、私はどこまでも強くなれる。
だから、本当の恋人と付き合えたときは、私よりずっと素敵な女の子を選んでね?そうすれば私もあなたのことをちゃんと思い出にできると思うから。
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歩くんは交際の練習に対してすごく積極的だった。いつだって恋人役の私を気にかけてくれるし、細かい所も褒めてくれる。これまでも好きになった女の子たちは一途な歩くんに惚気けていたが、その気持ちが今ならよくわかる。私も話し仲間がいれば、いかに歩くんが素敵かを語っていただろう。そんな女子は如月を最後に全員寝取られていたけども。
「遥、テスト勉強をお前の家でやっていいか?」
「私のノート見たいだけでしょう?仕方ないわね…」
「……お前、進路先はオーケー大学だよな、確か」
「え?ええ、そうだけど…」
「わかった。俺、頑張るわ」
「…?ええ、テスト勉強頑張りましょうね?」
私と歩くんが一緒に過ごす時間は、これまでとは比較にならないくらい長くなった。平日は学校の終わりに一緒に勉強して、休日は二人でお出掛けした。これまでも歩くんと遊ぶことは多かったけど、同時にこれまでと違う部分も見えてきた。
例えば、歩くんの普段の口数がちょっと少なくなった。
私の服や容姿を褒めることはするけども、話す内容は無難な話ばかりになり、今までみたいに誰々とキスしたいとか、いつかセックスしてみてーとか、そういう下品な話が全く無くなった。それだけならまだしも、ジョークを言うことも少なくなった。人によっては面白みが無くなったと感じるかもしれない。
もしかしたら、彼は交際相手に対して極端に紳士であろうとするあまり、話題が固くなりすぎるのかもしれない。そこは指摘してあげた。
「…あっ、それはそうかもしれない。俺、女の子から嫌われたくないと思うとうまく話せなくなるのかもな。全然気付いてなかったわ…言ってくれてさんきゅーな!」
指摘したその日から、彼はいつもの彼に少しずつ戻っていった。まだ少し硬いところはあるが、軽口を交えて話す彼と過ごすのはとても楽しい。お昼休みも一緒に食べるようになって、ūtuberの話とかで盛り上がったりもした。
毎日一緒に過ごせば、細かい気になるところもお互いに見えてくる。例えば私についても、笑顔が少ないのが気になると言われた。私も表情が固いと言い返した。いつも顔が赤いことを心配された。そういう彼の顔もちょっと赤かった。
いい部分ばかりじゃなくて、嫌な部分も見えたりして、そうやってお互いにお互いを知っていく過程がたまらなく幸せだった。そしてこの幸せが、彼が新しい恋をするまでの期間限定だという現実が、私をどうしようもなく傷つけていく。
彼は客観的に見て素敵な人だ。きっとこれから先、私よりもっと素敵な女の子と付き合って、結婚して、子供を抱くのだろう。その時、私は本当にこの片思いの恋を過去のものに出来ているだろうか。
彼と過ごす時間が長くなるほど、未練という痛みも少しずつ心の奥に降り積もっていくかのように感じる。どうして私は彼に恋をしてしまったんだろう。あの日、彼の優しさに恋するのではなく、恩に感じるまでにしておけば、こんなに苦しい思いをしなくてもよかったのだろうか。甘い喜びと同じ量だけ苦しさも混ざっていった。
そんな日々が流れる中、季節は巡ってもうすぐ春を迎える時期に、彼がいつになく意を決したように打ち出した。
「なあ、次の土曜日に公園デートしないか?桜川公園に行こう。桜はまだだろうけど、名物の梅の木が満開で綺麗なんだ」
「あのすごく大きいやつ?いいわね、行きましょう。お弁当作ってあげるわ」
私はあまり派手なデートが好きじゃない。最初彼はゲームセンターやカラオケに連れて行ってくれたんだけど、元々ゲームも歌うのもあまり好きじゃなくて私は楽しめなかった。別に彼にとって私は練習相手だから無理に私に合わせる必要も無いと思い、そこを指摘せずに表面上は楽しんだつもりだったが、何故か途中から水族館や公園デートが中心になった。ゆっくりと一緒に話せるし、その方が私もいいけども。
「サンキューな、まじで嬉しい。楽しみだなあ…!」
彼が本当に嬉しそうに笑うものだから、両思いじゃないかと勘違いしてしまいそうだった。これはあくまで練習…浮気したくなる原因を探るための調査に過ぎない。終わればまたいつもの友達に戻るだけの、期間限定の契約関係。だからそんな都合のいい話、あるはずはないのだ。
それでも……土曜日が待ち遠しいな…。
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「あ、遥!おつかれー!」
次の日の昼休み、トイレから帰る途中で、いつだったか歩くんがいながらチャラい男子とイチャイチャしてた女子が久しぶりに私に声をかけてきた。……それにしてもこれはまた随分な変わりようだ。割と化粧っ気の無い素朴な印象だったのだが、髪は明るく染まり、ピアス穴が3つも付いている。スカートも短くなり生足がたっぷり見えていた。
チャラさ具合ではあの男にまだ及ばないが、だいぶ染まってきているようね。遊び慣れてる感じがすごいわ。
「如月さん、随分印象が変わったわね」
「んふふーかわいくなったでしょ?遥は変わんないよね!なんか安心するー!」
余計なお世話だ。
「ねえ、ちょっとこの後私に付き合ってくんないかな?遥に会ってみたいって人がいるんだけど」
そうは言うが、もうすぐ昼休みも終わるはずだ。私に授業をサボらせるつもりなのだろうか?
「悪いけど、私授業はきちんと受けたいタイプなの」
「んもー遥ったら真面目だね!いいよ、じゃあ放課後ね!」
気にした様子も無く歩き去っていく如月さんの後ろ姿が、どうにも不穏に思えた。この後の授業の有無もまったく気にしてなかったということか?一応教室には戻っていったみたいだけども…。
私は迷わずこの事を歩くんに相談した。
私から歩くんに問題を相談するのは割と珍しかったかもしれないが、彼が普段より真面目に聞いてくれたのもあり、安心して話せた。
後でそういうところはポイント高いぞと教えてあげよう。
「…如月のやつが?」
「ええ。でも正直ちょっと怖いのよ。あの子、昼休みも終わるような時間に誘ってきたのよ?」
「それは…ちょっとまともな用件じゃなさそうだな。わかった。俺もついていくわ」
「巻き込んじゃってごめんなさい。頼もしいわ」
本当はあの子が絡む話に巻き込みたくはないけど、私が頼れる男子といえば歩くんしかいなかった。
「任せておけ。いざとなったら守るから」
そう胸を叩く歩くんの笑顔がとてもかっこよかった。
本当にどうして他の女の子達はこの人を捨てるんだろう?
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「あれ?あっくんも来たの?」
「なんだ、悪いのかよ」
「うーん、遥一人で来てほしかったな…まあ、いっか!私あっくんとも話したかったんだー!」
そう言われた歩くんは、つまらない物を見るように眉一つ動かない。
それにしてもあれほどあっくんあっくん言ってたのに、あのチャラい人とどっぷり遊ぶようになって、今更になって話したいとは…一体どういう精神構造をしているのだろう。あの男に変えられたのか、それとも簡単に浮気するような女だし元々軽薄だったのか。
会わせたい人がいるという場所は、なんと桜川公園だった。如月さんは大きな声でいかに最近楽しいかを力説しながら進んでいく。友達が増えたとか、新しい遊びを覚えたとか、かわいくなれるメイクを覚えたとか、そういう事をベラベラと喋ったかと思えば。
「でも一番好きなのはあっくんだけどね!」
と悪気もなく笑う。弧を描く目と口は淫靡ですらあるけど、それは歩くんにとっては不快だったらしい。
「お前の一番は寺田だろ。3ヶ月も連絡無しにあいつと散々遊んでおいて、今更何言ってんだ」
眉をひそめ、手を強く握りしめていた。寺田…ああ、あのチャラい人は寺田っていうのね。うん、別に覚えなくても良さそう。
「え…?な、なんで怒ってるの…?連絡しなかったのはごめん、あたし色々忙しくて…かわいくなってビックリさせてあげたかったし!で、でもあっくんのためにかわいくなったんだよ!?ちょっとまだ自信なかったんだけど、いっぱい遊び方も覚えたし、きっとこれからはもっと楽しくデートできるよ!?ね、またデートしようよ!!」
何故か如月さんは狼狽えながらもデートに誘い出した。え、この子それ本気で言ってるの?まさかあのやり取りで別れてなかったと思ってた訳…?恋人じゃないって思いっきり否定されてたじゃないの。
全く彼女の思考回路が理解できない。しかも…歩くんのために他の男と遊んでたって?いや無い無い、それは無い。別に歩くんはそんなこと如月さんに頼んでないでしょ。普通に傷ついてたのよ、彼は。
「自分が遊びたかった言い訳に俺を使うなよ。まじ軽すぎるんだよお前。常識的に考えて、他の男と隠れて遊んでた時点でお前はカノジョじゃないからな?ふざけるのも程々にしろよな」
「えっ…!?そ、そんな…っ!?だ、だってそれは寺田くんが…!!」
「あんまりちよっちをいじめないでくれよーかわいそうじゃーん!」
すると騒ぎを聞きつけたのか、寺田とかいうチャラい男と、その横にモデルみたいに見目麗しい青年が歩いてきた。線が細く、手足も長いイケメンだ。寺田とのギャップが凄まじい。なるほど、私に会わせたかったのはこの二人というわけか。
その寺田だが、ちょっと様子がおかしい。
怒ってるのか?誰に?………あれ、如月さんに?
「でもちよっちもさー…君あの時フリーって言ってなかったー?ていうか彼氏いるのになんで俺らと遊んでたんだよー。彼氏に黙って男と遊ぶとかそれはどうかと思うよー?」
…お?なんだなんだ?
「彼氏いるなら無理って言ったろー?俺その辺でグダグダしたくないんだけどー?」
「え…あの…だってそうしないと遊び方教えないって…!」
「そりゃそうでしょ?馬鹿なの?そんなことしたら俺が悪者になるじゃんよ。………は?じゃあ…もしかして…俺寝取り間男にされてねー!?」
なんと顔を青くした寺田は両手をパン!と合わせると、歩くんに対して頭を下げた。
「まじごめんなさい!ごめーーーん!!俺ちよっちとは友達だけどそういうんじゃないから!!手も出してないから!!そこ誤解しないでくれなー!!」
…そういえば、寺田は如月さんに対して家で遊んだりピアスを勧めたりと色々誘ってはいたが、歩くんが教室を出ていってからも随分堂々としてるなとは思った。なるほど、そういう関係ではなくて、本当に家に一人で過ごす如月さんと遊んであげてただけで、ピアスも単純に似合うと思ってプレゼントしてあげてたのか?
寝取り自慢じゃなくて、友達の友達として歩くんに接してただけ?
そんな、ばかな…てっきりやることやってるのかと…。
「あ、ああ…。あのさ、そもそもなんで如月と遊ぶようになったんだ?何がきっかけでこんな…」
「だってちよっち、廊下ででっかいため息吐いてたんだもんよー。俺クラス別だからちよっちが君と付き合ってるって知らなかったし。なんとなーく遊びに誘ったのよ。そしたらすっごい楽しそうでさー、それからの遊び仲間。あーあー…あのため息はなんだったんだよー…なんで俺の誘い乗ったんだよー…横恋慕みたいになったじゃんかよー…」
…ごめん、寺田。そのチャラい見た目で完っ全っに誤解してた。遊び人だけど結構誠実っていうか、ちゃんとそこは弁えてるやつだったのね…。肩を落としてる彼の姿からは哀愁すら漂っていた。
「えーと、そろそろ僕のことを紹介させてもらってもいいかな?」
あ、忘れてたわ。そういえばいたわね、超イケメンが。こんな色男が空気になるほどの修羅場って、結構すごいことよね…。
「君が、睦月遥さんだよね。僕は倉橋勇斗。実は君のことを千代から聞いて、写真を見せてもらってたんだ。可愛いなとは思ってたけど、実際に見るともっと可愛いね」
あのイケメンが頬を薄く染めながら私の容姿を褒めてくれていた。これってもしかして口説かれてたりするのかしら。イケメンに口説かれるのって悪い気はしないものね。な、なんだか落ち着かなくてドキドキしてきた。
「あ…ありがとうございます」
「急にこんなことを言うのもどうかと思ったけど…君のことを知ってから、気になって仕方がないんだ。ひと目見て君のことがもっと気になるようになった。…僕と付き合ってくれないかな。友達からでいいから」
「はい!?」
な、な、なにいいいい!?歩くんと如月さんが軽く修羅場ってる時になんちゅう爆弾落としてくれるんだこの色男はあああ!?
「千代から、君はまだ誰とも交際してなくて、逆に幼馴染の恋愛相談にばかり乗っていると聞いてね。まさかその幼馴染と千代が交際していたとは思わなかったけど…」
「そ、それは…そうですよね…」
普通それを知ってて私に惚気けたりもしませんしねー…。
「献身的で、友達のために恋を応援できる君のことをとても好ましく思う。だから――」
「すみません。遥は今、俺と付き合ってるんです。交際を申し込むのはやめてもらえますか」
歩くんが熱烈なアプローチを続けるイケメンさんと私の間に体を挟み込んだ。お、おお、ちゃんと恋人役を守ってる!えらいぞ歩くん!
「君は千代とまだ交際しているんだろう?少なくとも千代は君とまだ付き合っているつもりでいるよ」
「まったく信じられないことになー」
……まさかチャラ男とここまで気持ちを同じくする日が来るとは思わなかった。
「いいえ、如月は俺の気持ちを裏切りました。別の男と遊ぶのに夢中になって、その言い訳に俺を使ったんです。3ヶ月前から連絡も取り合ってませんし、今後もありません」
「ち、違うの!私は本当にあっくんと楽しく遊べるようになりたくてっ!」
「つまり俺と過ごす毎日はそんなに楽しくなかったんだろ?」
「えっ…!あ、あの、そんなこと…!!」
「……ごめん。如月だけが悪い訳じゃない。俺にもいっぱい原因があるんだ。如月だけのせいじゃない」
歩くんは如月さんと正面から向き合った。如月さんは青ざめたまま、身体を震わせている。所在無さげな両手が、胸の前でただブルブルと震え続けていた。
「…俺は女の子から嫌われるのがすごく怖くなってたんだ。好きな女の子と真剣に向き合おうとするほど、緊張してどうやって一緒に過ごしたらいいかわからなくて、いつもなら言えるような冗談も言えなくなっていくんだ」
「やめて…っ!あっくんのせいじゃないから…っ!」
「俺、きっとそうやって今まで付き合ってきた子につまんない思いをさせててさ。だから本当に大事にしてるのか、全然伝わってなくて。…遊び方も、わからなくなってってさ……だから、如月だけのせいじゃない。俺のせいでもあるんだ。本当にごめん」
「ちがう…っ!ご…ごめ、ごめんなさ…っ!わ、私…っ私が悪かったから…っ!お願い…っ!許して…っ!」
涙でぼろぼろになっていく如月さんに同情こそしないが…たしかに交際の練習に付き合ってた私から見ても、最初は他の女の子だと物足りない部分は多いかもなとは感じていた。
徐々にそれは改善されて、今なら他の女の子でも問題なさそうなレベルにはなったけど、あのままずっと長く付き合っていくのは確かに結構しんどいのかも知れない。
誰もが私みたいに、どんな歩くんでも受け入れるような片思いエキスパートであるはずが無い。出来れば両思いでいたいし、それを確かめたい。一緒にいて楽しいって感じ合いたい。
それにまた如月さんが歩くんを裏切らないとも限らない。彼女は付き合って割と早くに遊びだしたし、もう歩くんからは如月さんの軽すぎる部分が見えてしまっている。歩くんのみならず、寺田にまで嘘をついた彼女のことを許すことなんてできないだろう。
「だから君とは付き合えないんだよ。…俺のことは忘れてください。俺はもう嘘をついたり、隠し事をする如月のことが好きになれない。俺は今、遥のことが好きなんだ」
「ご…ごめん…なさい…っ!う…っ!うあああ…っ!」
目の前で破局劇が展開されて、私はもう自分がどこに立っているのかもわからなくなってきていた。こ、これ、私いる意味あります?なんでここにいるんだっけ?……あ、イケメンに会うためか。ごめんイケメンさん、あなたは別に悪くないのにまた空気になってしまった。
「…じゃあ、僕は睦月さんとは交際できないわけか。残念だけど、彼氏持ちじゃ仕方ないね。千代にも困ったものだ」
「あの、如月さんとはどういうご関係ですか?すごく親密そうですけど…?」
別に聞く必要もなかったんだけど、さっきから名前呼びが気になって聞いてしまった。これで元カレとかだったら本当に笑えない。
「千代は僕の従兄妹さ」
オーマイガー。
本当に何考えてるのよ…如月さん…。
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破局劇が終わり、それぞれが家路に就く頃にはだいぶ日も傾いていた。夕日の中を歩くんと並んで歩いていく。彼の家は私の家の近くなので、帰路もかなり重なるのだ。
「なんだかどっと疲れたわね」
「すまないな。俺と如月の問題に巻き込んだりして」
「如月さんが突拍子もないことをするからよ。まさかまだあなたの彼女でいるつもりだったなんて驚いたわ」
それにそもそも、あれは私が不安だから歩くんについてきてもらったんだ。実際は彼こそが被害者と言って良い。
「それにしても、今日の歩くんはかっこよかった」
「そ、そうか?」
「ええ。恋人役の私を守るって言ってくれたり、実際に守ろうとしてくれたわ。これならきっと、次の彼女で失敗することもないと思う。練習の成果が活かせる日が楽しみね」
私は褒めたつもりだったけど、歩くんは急に足を止めた。夕日を背にして、彼は深刻な表情を浮かべている。
「…?どうしたの?」
「それは…ついに浮気する気になったってことか?やっぱり、あの倉橋ってやつのことが好きなのか」
「馬鹿ね、なるわけ無いでしょ。あの人と付き合ったら漏れなく如月さんもセットで付いてくるのよ?嫌すぎるわよ彼女と親戚になるなんて」
「じゃあ寺田か」
「もっとあり得ない。思ったより常識人だったけど、チャラい人は嫌いなのよ」
なるほど、でもわかっちゃったかもしれない。
私が誰かと浮気したがってると思いたい理由なんて、一つしかないわ。
ついにこの日が来ちゃったのか。
土曜日のデート…楽しみだったのにな。
「…歩くんは、この関係を終わらせたいのね?」
「…っ!まあ…な」
ほら、やっぱり。
私はあなたのことをずっと片思いしてるから、あなたが何を考えているかなんて大体わかるのよ。
あなたの為に何でもしてあげたいけども、役目を終えた私にできることなんて、あなたの背中を押す事くらいしかないの。
他の誰かを好きになってあなたを傷付けるなんて、絶対に嫌。
「歩くんにとって本当に好きな人が出来ちゃったのね。なら…その人のことを一番大事にしてあげて。きっと、今の歩くんなら大丈夫だから。幼馴染である私が保証してあげるわ」
だからせめて、笑ってあなたと別れさせてください。
「…遥?」
「さようなら。仮初であっても、あなたと付き合えて嬉しかったわ。新しい彼女と幸せにっ…なってね…っ!」
私の涙を、見ないでください。
カッコよくクールに走り去ろうとしたのに、その手をぎゅっと掴まれてしまった。彼の手がとても温かいせいで、私の冷たく凍った部分が溶け出して目から流れ出てしまった。
「…遥じゃ、駄目なのか?」
「…えっ?」
「俺が本当に好きになった女が、遥じゃ、駄目か?」
何を…何を言って…。
「俺さ、馬鹿だから今まで遥がずっと側で支えててくれた事にも気付かなくて。隣にいるのが当たり前過ぎて、遥のことをちゃんと見てなかった。女の子として見てなかったんだ。でも、ちゃんと正面から遥と向き合って、やっとわかったんだ。遥だけなんだ。こんなに一緒にいて楽しくて、一緒にいなくてもドキドキする女の子は」
嘘…こ、こんな…こんな幸せなことがあっていいの?
私の初恋で、片思いで終わるはずだったのに。
絶対に報われないって思ってたのに。
ああ、駄目だ。壊れる。クールぶってた私が耐えられない。
泣いちゃう。嬉しくて、幸せすぎて、涙が止まらない。
「遥のことが好きだ。お前とずっと一緒にいたい。高校卒業しても、大学も、その後もずっと。俺と…これからもずっと俺の隣にいてくれないか」
「ほ…本当に…っ?私なんかで…っいいの…っ?」
「遥じゃなきゃ嫌だ。お前の隣に居させてくれ、遥」
「〜〜〜っ!!は…はい……っ!!」
春を予感させる梅の花の香りがし始めたその日。
私の片思いは、陽が沈むのと同時に終わりを迎えた。
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土曜日の桜川公園は、様々な人たちでごった返していた。特に一本梅と呼ばれる桜にも匹敵する大きな梅の木は、そこで愛を誓う人たちに祝福を与えるとかで、デートスポットとしてはすごく有名だ。
「本当にいつ見ても大きいわね」
「ちょっと大きすぎるよな…なんだっけ、なんとかかんとか気になる木だっけ?あれ思い出すわ」
「見てよほら。カップルとか家族連ればっかりよ。よくこんな所に誘おうと思ったわね」
「…ほ、本当はここでちゃんと告白しようと思ってたんだよ」
なんですと?
「遥が急に別れを切り出すもんだからさ…焦って前倒ししちまったんだ。なんで俺がお前と別れようとかそんな風に考えてたんだよ。俺、結構わかり易くなかったか?」
「そ、それは…だって…一生片思いで終わると思ってたから…昔から絶対私のこと、女の子だと思ってもらえて無いだろうなって…」
ああ、ついに言ってしまった。きっと私の顔は紅梅と同じくらい真っ赤だろう。…と思ったけど、どうも歩くんの方が紅そうね?
「…え?昔?…い…いつから俺のことを…?」
「…幼稚園の頃から…です。ずっと好きでした…」
「ま…まじ…?ご、ごめん…じゃあ俺は寝取られるたびに遥に恋愛相談を…?片思いしてくれてる女の子に…?う、うわあ…!うわああああ!!!」
梅にガンガンと頭を打ち付けてる彼の姿は可愛かったけど、それ以上に滑稽に見えて、周りからもクスクス笑われてしまっている。
「も、もう!今は両思いだからいいでしょ!?」
「そ、そうか?そうかな!?ははははは!!よし!じゃあもう一度改めて告白させてくれ!!遥!!」
「は、はい!?」
ちょっとまて!?そのおかしいテンションで何を言う気だ!?
「お前のことが世界で一番好きだあー!!お前を愛してる!!俺と結婚してください!!いや絶対に結婚しよう!!幸せな家庭を作っていこう!!」
公園中に響き渡る声で愛を叫んだものだから、周りの女の子たちがキャーキャーと騒ぎ、おめでとうと祝福され、盛大な拍手を送られてしまった…ば、ばか!!このばかちん!!
「公衆の面前で大声で求婚するやつがあるかああ!!もー!!こちらこそよろしくお願いいたします!!」
桜のつぼみも膨らみ始める中。
梅の花びらの雨を浴びながら。
私は初恋の人にファーストキスを捧げることができました。
どうかこの幸せがずっと続きますように。
これからもずっとこの人を支えられますように。
片思いから始まったこの切なる祈りを
両思いの愛しい人へ確かな愛を込めながら。
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そろそろ梅も見頃ですね。