壱
たまたま通り掛かった本屋のランキング用の本棚で、私は目を疑った。
次の瞬間には、一位に君臨していたその二冊の本を手に、私はレジに向かっていた。
心臓は早鐘のようになり、足元がふわふわと心許ない。
二冊の本をカウンターに置く。
その表紙には白を背景に、恐らく私が、いや、世界中の民が長らく待ち続けたであろう人物が描かれていた。
「カバーをお掛けしますか」
レジの民が私に声を掛ける。
私は迷わず、はい、と答えた。
普段は必要ない派なのだが、出来るだけ、その表紙を今は見つめたくない。
ニ、三日はその実体をこの手で確かめてから、ゆっくりと、まるで美術品を味わうかのように眺めるべきだ。もちろん中身を今すぐ読むなんてとんでもない。
レジの心ある民は、私のそういった感情を全て承知しているかのように、茶色いクラフト紙を素早く丁寧に折り込んで行く。
いつかは起こり得ることだと思っていた。
いつかは戻ってくると信じていた。
それが今日、こんなにも思いがけなく、私の手許に来るとは。
十八年。
こう書いてしまえばなんと呆気ないことか。
だがあの頃未成年だった私は、もうとっくに大人になっていたし、公式からの供給が無くなった瞬間に蓬莱に生まれた民ですら、もう高校を卒業する程の年月が経っている。
一抹の不安が生まれる。
全く、心構えが出来ていなかった。
公式サイトの更新をチェックするのをやめたのはいつだっただろうか。
担当者が、主上は現在鋭意執筆中です、と何度も謳うのを疑った訳ではない。
だが、私は待ち続けることに疲れ果てていたのだ。
知っていれば、既刊や短編が載った文芸誌などの主上の軌跡を辿り、主上がお建ちになったときにいつでも馳せ参じることが出来るよう準備していたはずだ。
こんな状態で、存分に腕を振るうことなど出来るだろうか。
ああ、言い訳にしか過ぎない。
新作に期待せず、主上に放置されても、屈することなく。
妄想という名の領土を治める唯一無二の君主として、常に有らねばならなかった。
責務を怠ったのは他でもない、私だ。
レジ民が私に値段を告げるが、何を言ってるかわからない。
数字も読めない。
適当に財布から札を何枚か出す。
レジ民は一瞬戸惑ったような顔をしたが、何枚かの札を手に取り、釣り銭をトレイに入れ差し出してきた。
私はそれを適当に財布にしまい込み、店を後にした。