表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

銀の弾丸

作者: ささめ

誤字脱字がありましたら、ご指摘お願いします!夜中のテンションで書き上げた物なので頭を空っぽにして読んでください。



「いいのか。」



「ああ、いい。」



仲良しごっこはもう終わり。

銀に輝く弾が装填された銃が真っ直ぐ向けられる。


手を繋いで歩いた距離だけ側にいるのが辛くなる。そんな関係に、終止符を打つために。


暗い色の瞳が、互いを捕らえている。


銃を強く握る人影が、引き金に指をかけた。



「さようなら。」



弾丸の鈍い光が、雨の紗を、音を、切り裂いた。







『キリカ、覚えておいで。人を恨んではいけませんよ。誰かを憎んではいけません。あなたが憎んだ誰かを愛する人が必ずいるのですから。』



母の、最後の言葉だった。



『キリカ、覚えておきなさい。お前の感じた悲しみを。殺したいほど憎くても、その誰かを傷つければお前と同じ悲しみを味わう誰かが必ずいるのだよ。』



父の、最後の言葉だった。


両親は、とても優しい人だった。人の痛みに敏くて、情け深い人たちだった。

そのぶん、自分の痛みに鈍感だった。


二人とも、人間と同胞に殺された。

父と母は、駆け落ちも同然に、それぞれの郷を飛び出したから。


雪女なのに黒髪黒目の異端児だった母、狼男なのに獣化できない出来損ないの父。

その二人を親に持つキリカは、雪女と狼族、二つの能力を異常なまでに濃く受け継いでいた。


キリカが風邪を引けば、辺りは夏にもかかわらず猛吹雪が吹き荒れ、キリカが泣けば、あやすように魔狼が付き従った。

それらは全て、歴代の雪女、狼族の鬼才が起こした騒ぎと同じ、いや、それ以上に凄まじい能力(もの)だった。


一族は、自分たちが蔑んでいた者が、己等のあがめる存在を生み出し、有することを認めなかった。


キリカは幾度となく狙われ、そして両親は必死にキリカを守った。

しかし、両親は優しすぎた。

襲ってくる同胞が、例え自分を貶し、虐めていた者であっても、命を奪うことはしなかった。

そうしなくてもキリカを守ることができる力があったからだ。それが仇となった。


一族は結託し、人間に交渉を持ちかけた。

雪女も、狼族も、キリカたちを相手にするには数が少なすぎたのだ。


人族は雪女や狼族の力を欲し、キリカたちを血眼で探した。そして、呆気なく見つかり、父も、母も、命を落とした。

キリカは生き残った。


どうしてあの包囲網を脱せたのかは知らない。

気が付けば荒れ地で一人、立ち尽くしていた。


しばらく放心して座り込んでいたが、ふと思い立ち穴を掘った。遺体のない埋葬と、簡素すぎる墓標。キリカが区切りをつけるためだけの葬儀。

キリカ以外誰もいない葬式は、優しかった両親には似つかわしくないように思えた。

涙は流れなかった。






その七年後、キリカは人間に引きずられ、大きな屋敷の奥まったところにつれてこられていた。

掴まれていた腕を雑に解かれ、地に放られる。



「あなたですか。」



俯けていた泥だらけの顔を上げる。

瞳に映したその人物は纏う色こそ暗くはあったが、眩い、と思った。

真っ直ぐ、己の意志を貫く目だ。



「何の話だい。あたしはしょっぴかれる心当たりなんてないよ。」



フードから零れ落ちた父譲りの白金色(プラチナブロンド)を払ってキリカは不遜に言い放つ。



「あなたですか。」



眉間にしわが寄る。



「まだるっこしいのは嫌いだ。要件を言いな。」



キリカをここまで連れてきた人物は、濃紺の制服を着ていた。

そのことから軍の所属だとはわかるが、彼には軍人特有の覇気がなかった。

ダークグリーンの髪が影を落とし、憂鬱で、退廃的な雰囲気を醸し出していた。



「七年前の犯人はあなたですか。」



七年前、襲い来る今は亡き両親の同胞たちから逃げるので精一杯だった。何があったかなんて、覚えていない。


そんな怪訝な様子が伝わったのか、軍服の男は底光りする濃緑の瞳の温度をさらに下げた。



「七年前、夏のことでした。白金色の髪と黒の目の狼族が軍を一つ壊滅させました。」



「それがあたし?不確かすぎやしないかい?」



「・・・・・・軍が包囲したのは、三人。獣化できない狼族の男と、異色の雪女。その子供らしき白金色の髪と黒目の少女。うち二人は死亡が確認され、子供は軍人を殺して逃げたそうです。雪女の一族と狼族からの証言で、雪女と狼族の混血(ハーフ)は一人、あなただけだと判明しました。」



殺された人物は、父と母の特徴を的確に捉えている。白金色の髪と黒い目の子供は、おそらく、いや確実にキリカのことだった。


雪女一族も狼族も、そんなにあっさり情報を提供するような可愛らしい性根をしてはいない。


軍がキリカを見つけたら横からかっさらって一族の誰かと番わせるつもりなのだろう。

今は互いに協力の姿勢を示してはいるが、キリカが見つかったと情報が入ればどうなることか。

きっと雪女一族と狼族の全面戦争になる。


男が軍刀の鞘でキリカの目深にかぶったフードをはねのける。

特徴的な組み合わせの髪色と目に、目立ちすぎる父譲りの狼の耳が露わになった。



「・・・・・・・・・・・・耳はちゃんと隠していたはずだよ。」



キリカの耳は目立つ。

しかしそれさえ隠してしまえば持つ色彩が少し特徴的な普通の人族の娘にしか見えない。黒の瞳も、白金の髪も、人族にない色ではない。


男は眉をさらにひそめた。

男が腰に手を当てた。かちゃんと音がしたことに気が付いて、それに視線を向ける。


人族に紛れたキリカを見つけられたわけ、男がさげている「それ」が答えだった。


それは、一丁の銃だった。別段大きくなく、銃身も軍隊では一般的な黒色をしている。見た目だけはどこにでもある、ただの銃だ。



「それは・・・・・・」


銀の弾丸(アージェント・バル)


狼族の息の根を止められる唯一の武器。


あれは父の寝物語に出てきていたのを聞いたのだったか。

追われ、傷つけられ、とうとう人族に牙を剥いた狼族の男が、それに撃たれて死ぬのだ。

それはただのおとぎ話などではない。実話が折り混じったものだった。そして銀の弾丸(アージェント・バル)は正しく物語の通りに作用する、実在する武器だった。


銀の弾丸(アージェント・バル)は狼族を見分けることができる。狼族がいれば、熱を発し、主に知らせるのだ。逃げられはしない。



「撃つ気?」



撃たれることが怖くはある。だが、最悪よりはずっといい。

いずれ軍に捕まるのならば、今ここで、この軍人に殺されるほうがましだ。


男は冷たい金属音と共に、銃を構える。

まっすぐ向けられた銃口に無意識に退く。

キリカはどうせ死ぬのだから、と気になっていたことを問うた。



「だったら、最後に一つ答えて。」



「・・・・・・聞きましょう。」



男は意外にもそれを受け入れた。



「父さんと、母さんの亡骸は?」



キリカの心残り。自失状態で逃げ出した軍の包囲網に置き去りにしてしまった両親の骸。その行方。

きちんと、埋葬してもらえたのだろうか。

それとも、放置されたままなのだろうか。どちらにしろ、そうであればよかった。彼らが愛した自然に還れたなら。


そこで、初めて男の表情が変わった。

意表を突かれた、と言わんばかりに目を見開いている。それから、ゆっくり元の渋面に戻る。



「軍で、火葬されました。」




ああ、そうか。


妙に濁された言葉でキリカは悟った。

火刑に処された(そういう)ことになっているのか。

火刑は、罪人に科せられる死刑(もの)だ。自然に還らず、形も残らない。ただ、火葬という形もあることはある。

火刑ではなく、火葬と言ったのは、男の気遣いだったのだろうか。今まさに銃を突きつけている犯罪者(キリカ)への。


そう思うと同時に、途方もなく虚しく、悲しくなった。


キリカの両親は、犯罪者にされたのか。誰一人殺すことなく逝った、誰よりも優しい二人は。

悔しくて、悲しくて、そんな感情が面に表れないように、必死に声を低くした。



「そう。」



視界が涙の膜でおおわれるのを、必死でこらえる。

七年前、本当にキリカが軍を壊滅させていようと、いまいと、いまだにキリカを探す者がいる。



キリカは力なく地面を見つめた。そして息を吐いた。空っぽのため息だった。

冷えてしまった空気を震わせたのは、予想外に、いつも通りの声だった。



「殺して。」



本当は、数瞬に満たなかったのかもしれない。それでもキリカには、永遠にその沈黙が続くかのように思えた。


無骨な金属音が沈黙を破った。

顔を上げると、男が銃をホルスターに収めたところだった。


体中から力が抜ける。意図せず流れた涙と共に、呟きが零れ落ちた。



「どうして・・・・・・、殺さない。」



「・・・・・・・・・あなたが、諦めたから」



気紛れのように、キリカの呟きに応えた。

男は短く刈られた髪をかきあげ、軍帽を被り直した。



「ついてきなさい。あなたを一人にはできない。」



キリカは促されるままに立ち上がった。

抵抗しても銀の弾丸(アージェント・バル)を持つこの男には見つかる。

逃げるだけ無駄だと思った。



「耳を隠して。」



キリカにフードをかぶせる手は、思いの外優しかった。



キリカは男に腕を引かれて中央通り(メインストリート)を歩く。

活気に溢れた表通りにはとんと縁のないキリカは何もかもが物珍しくこんな状況であるのに辺りを気にして視線を右へ左へ動かしている。

男は巡回の係なのか、道行く人は皆親しげに男に声をかけていた。



「おっ、レイン。女連れで巡回?いいご身分だな。」



からかうような響きな声とともに、キリカの肩がたたかれた。

キリカは反射的に身体を捻り、声の主を投げ飛ばす。



「うわっ・・・・?!」



情けない悲鳴を上げて、地に叩きつけられたのは、明るい茶髪の青年だった。女好きのする甘い顔立ちに、へらりとした笑みを浮かべている。



「あ・・・・・・。」



思わず投げてしまったことに軽く焦っていると、青年が身軽に立ち上がりにやっと笑った。



「気にすることないよ。これでも打たれ強いから。」



「何の用ですか、カイン。」



元々機嫌が悪そうだった男が更に眉根を寄せる。

カイン、というらしい青年は癪に障るニヤニヤ顔で男の眉間の皺をつついた。



「だってー。堅物レインが女の子連れてるんだもん。気になるじゃん。」



カインはキリカに向き直って、キリカに小さな声で話しかけた。



「オレ、カインって言うんだ。レインの親友(マブダチ)。なんかあったら俺に言ってね。」



その人懐っこい自己紹介につられてキリカも挨拶をする。



「・・・・・・あたしはキリカ。さっきは・・・悪かったね。声をかけてくれただけなのに。」



「気にしなくていいよ。あれはオレも悪かった。」



ねえ、耳を貸して。


カインがそう言って顔を寄せてくる。

フードがとれないように頭を押さえていたキリカは、カインの言葉に目を見開いた。


「こいつ七年前の軍隊壊滅で兄貴を亡くしてからこんなに堅物になっちゃって。笑わないし怒らないし、泣かなくなってね。君みたいなかわいい彼女がいてよかったよ。・・・・・・レインにも、心が許せる人ができたんだね。」



最後の、意図せず漏れたような言葉に、キリカはほんのりとした罪悪感を覚えた。そして、七年前の軍の壊滅を自分が引き起こした可能性があることに、不安のような、恐怖のような感情がわいた。

キリカは、その『兄貴』を殺したかもしれないのだ。



「カイン、何をしているのですか。彼女から離れてください。」



「おぉ、怖い。じゃ、またね。キリカちゃん。」



にこにこニヤニヤ、嵐のような青年は去っていく。

振られた手に思わず振り返した手を男に押さえられた。



「何を話していたのです。」



男の声に甘さは微塵もない。この態度をどう見れば恋人同士に見えるのか。

少なくとも、父と母の仲はこんなにぎくしゃくした感じではなかったし、他人行儀でもなかった。

人族もそれは同じなのではないだろうか。



「別に。恋人と間違われて、あんたをよろしくって言われただけさ。」



「・・・・・・余計なことを。」



男は嫌そうに顔を歪める。



「随分気にしていたよ、あんたのその無愛想な顔。」



「もとからです。行きますよ。」



黒の軍服に包まれた背を追う。背の高い男は、見失いようがない。

しかし、キリカは初めての人混みをうまく抜けられず立ち往生してしまう。

それに気がついた男が、キリカの腕をつかんだ。周りからはひやかすような口笛と声が投げられた。



「逃げられてはかないませんから。」



本当に、どう見たらこれが想い合う二人の触れ合いのように思えるのだろう。

どちらかといえば、連行される罪人だ。



「変なの・・・・・・。」



「何か言いましたか。」



「いや、何も。」



「そうですか。」



男は迷いなく人の間を縫うように歩く。

キリカも手を引かれてそれについて歩く。やがて、キリカと男は人がはけた場所にたどり着いた。



「人工の池・・・・・・?」



自然の摂理に逆らって水を高く噴き上げる池と、その周りに置かれた木製の長椅子。

目をぱちくりとさせるキリカを、男は少し呆れたように振り返った。本当に呆れていたのかは、渋面のせいで分からなかったが。



「噴水を知らないのですか。」



キリカは初めて見る噴水に、自重しつつも興奮していた。



「初めて見た。追われていたから、今日見たものは全部初めて。」



「追われていた?軍にですか。」



キリカは噴水の水で手を湿らせながら答えた。



「それと、両親の一族にね。」



掌にふうっ、と息を吹きかければ、雫はすべて凍りつき、ひび割れてキリカの手から落ちた。

それは、今日という日の記憶のように、光を散らして砕けて溶けた。



「あたしは狼族と雪女の能力、どっちも受け継いでいるのさ。奴らはそれが目当て。欲に目がくらんだ人族のお偉いさんは、あたしを雪女一族や狼族の助力と引き換えにするために軍を向けた。どこの誰があたしに気がつくか、気が気じゃなくて表なんて出歩けないよ。」









フードの下からのぞく暗闇色の瞳が、ゆらりと揺れた。

レインは、その危うげな揺らめきに惑わされないようそっと視線を逸らした。


レインに親はいない。物心つく頃には、兄と二人、貧民街で生きていた。

掃き溜めのようなあの場所で、今まで生きられたのは兄のおかげだ。


レインよりもずっと年が上な兄は、幼かったレインを何よりも優先してくれた。

優しくて、貧民街育ちが信じられないくらい情け深い人だった。


身元の保証すらない兄は、稼ぎのいい軍の兵士として雇われていた。彼一人なら、もっと楽ができたはずだった。

それなのに訓練もきつく、辛い軍に勤める兄に、申し訳なさがつのった。そう兄に告げれば、身分で差別され蔑ろにされる軍のほうが多い中、上下関係の緩い軍に入れたのは幸いだ、と兄は笑っていた。


レインには兄がいた。兄だけがいればよかった。


七年前、いつものように出かけていった兄はしかし、いつものように帰ってきてはくれなかった。

まん丸に満ちた月が、天頂に至る頃「ルーランの弟さんですか。」と訪ねてきた軍人が、兄が死んだことを伝えた。

兄を殺した犯人がまだ捕まっていないことも。


その日から、レインは甘さを捨てた。

血を吐くような修練にも耐えた。

軍に入って、兄の仇をこの手で討つためだけに。

レインの努力は実を結び、貧民街出身の身でありながら、小隊を一つ預かるまでに出世した。

そこで、初めて兄の死の真相を知った。


殺したのは亜神(あじん)と呼ばれる種族の混血で、白に近い金の髪と、夜の帳のような目をした少女。

あの日唯一生き残り、その三日後に受けた傷が原因で死んだ兵士の証言だった。


その話を聞いてからしばらく後に、レインは銀の弾丸(アージェント・バル)と出会った。

出会った、という表現は適切ではない。

銀の弾丸(アージェント・バル)は戻ってきたのだ。

黒い銃身に、銀で彫られた剣の印。

それは兄の遺品だった。

兄は、ある戦で成果を上げ銀の弾丸(アージェント・バル)を下賜されていた。


それが帰ってきたとき、銃はそのままレインが持っていてよいことになっていた。



それから二年。レインは兄の仇を見つけた。




「あたしは狼族と雪女の能力、どっちも受け継いでいるのさ。奴らはそれが目当て。欲に目がくらんだ人族のお偉いさんは、あたしを雪女一族や狼族の助力と引き換えにするために軍を向けた。どこの誰があたしに気がつくか、気が気じゃなくて表なんて出歩けないよ。」


どこか冷たい響きの言葉に、レインは言葉を詰まらせた。

七年前のことなど覚えていないかのように振る舞う女は、フードの端を小さく握りしめた。


兄の仇は、全くもって邪気のない、普通の女だった。

目新しいものに目を輝かせ、噴水の飛沫を浴びて嬉しそうに笑う、ただの女だった。



「あたしは、何にも知らない。七年前のことも、覚えちゃあいない。でも・・・・・・心当たりがあるんだよ。・・・・・・・・・きっと、あたしは」



その先を言うのがひどく恐ろしいとでもいうように、女は俯いた。



「人を、殺した。」



この女が人を殺したことは、確かだ。百を越える軍人を抱えた軍を壊滅させたのも彼女に違いがない。

だが、それを言って女をさらに追いつめる気にはなれなかった。


その心境の変化に、レイン自身が驚いた。

絆されたのか、情けをかけたのか、自問自答を繰り返す。

兄の仇を見つけたならば、軍になど連れて行かず、その場で殺すつもりだった。

なのに今、見つけた仇は生きていて、レインはその(おんな)を連れて歩いている。


舌打ちした。どれもこれも、女のせいだった。

銃を突きつけたとき、ガラス玉のような黒い瞳に、執着がなかったから、うなだれたままの女が、暗がりで独り泣き叫ぶ幼子のように見えたから。


同じだ、と思ってしまった。



「今日は、帰ります。」



女は結局その噴水のそばから離れなかった。

夕暮れの少しひんやりした空に、烏の声が響く。女はきょとんとしてレインを見上げた。



「え?ここで解散?」



「そんなわけないでしょう。」



眉根にしわが寄る。

やっと見つけた仇だ。わざわざ見逃すつもりはない。

女の手をつかむ。少し身体を強ばらせた女は、握っただけだと気がつくと力を抜いた。



「あたしを、軍の寮(あんたの家)に連れて行くの?」



「私は借家住まいです。寮は好かない。そしてその問いには是、と答えます。」



騒がしいのは苦手だし、それを我慢しても寮で身分を理由に虐められるなら、自由にできる給料を削っても借家住まいのほうが気楽だった。



「え・・・・・・、いや、まあ、別にいいけど。」



女は戸惑ったようにそう言った。

言質は取った。

つかんだ手を引いて帰路につく。



「あらー、連れ込みかー。女の子可愛いわねー。」



「余計な世話です、アネットおばさん。」



「まあまあまあ。照れちゃって、まあ。可愛いわねー。」



「黙っていただけますか。」



浮浪児時代からの顔見知りであるアネットが、にやにやと話しかけてきた。ちょうど家の前だったので、女は家に押し込んだ。



「いいの?彼女さんでしょう?」



「うるさい。黙れ。」



すっと、目を細める。威圧的に見えるように、舐められぬように鍛えた眼圧を向けた。

が、さすがはアネットだった。

その鋭い視線をさらりと流した。



「おお、怖い。」



()が誰を連れていようが勝手だろう。」



「・・・・・・あなたにも大切に想える人ができたのね。」



暖かい眼差しで笑うアネットは、レインの隣の家の戸の中に消えた。パタンと軽い音がして戸が閉まった。

レインはため息をついて自宅の戸を開けた。



「聞いていましたね。」



居心地悪そうに立ったままの女に問う。



「聞いていたんじゃなくて、聞こえる。」



耳に手をやって、女が答える。



「聞いてちゃ、だめな話ってわけでもないだろう?」



その通りだったので、何も言わずに台所に向かう。

何が残っていただろう。三日前にパンを買ったはずだが、湿気の多いこの時期に、だめになってはいないだろうか。


軍の仕事に忙しく、また、有休を取ってまでしたいことがなかったせいで、家に帰ることは少ない。

たまの休みも基本的に寝ているだけ。


貴重な休息の時間でじゃまをされたくないし、寮は規則があって毎日帰らなければならないのが面倒だったから、というのも借家暮らしの理由だった。



「あ・・・・・・。」



女が何か言いかけて、思い直したように口をつぐんだ。その妙に引っかかる仕草に、眉をひそめた。



「言いたいことがあるのなら言いなさい。不愉快です。」



女は、しばらく迷った後、口を開いた。



「あたしに、ご飯つくらせてくれない?」



案の定、管理をおろそかにしたパンはかびていた。

ため息を小さくついて、まだ食べられる食材を探す。



「毒でも盛る気ですか?無駄ですよ。軍人は皆、毒に耐性がある。」



「そうじゃなくて。今日、噴水を見せてくれただろう?そのお礼。」



不意をつく言葉に、用意していた言葉が行方を失う。

食材を探して動かしていた手が止まった。


礼を、言われるほどのことではない。

ただ、銃を突きつけたときの、生に執着しない瞳に、何かが狂わされて、たまたま殺すに至らなかっただけ。


似てる、同じだ、と、思ってしまっただけ。



「あんなに綺麗なもの、見たことなんてかった。あたし、本当に何にも知らないんだな、って思った。それを教えてくれたことが、嬉しかった。」



振り返ると、女が笑っていた。白金の髪が優しく揺れた。


この笑顔が演技なのだとしたら、女は相当な女優だ。

屈託なく、純粋な、咲き初めの花のような、思わずほころんでしまった春の野花のような、そんな笑顔。


どうして、そんな風に笑うのだろう。

この女は、軍一つを、命乞いするものまでを、笑って引き裂いた、亜神(ばけもの)ではないか。どうして、普通の女と同じように笑うのだろう。普通の女のようにレインの言葉で傷つき、喜ぶのだろう。



「なら、頼みます。」



気がつけば、そう答えていた。








「なら、頼みます。」



説得に諦めたかのように男が視線を逸らした。

濃緑の瞳がこちらを映さなくなったことに、少し寂しさを感じた。寂しさの正体を深く追求せずに、キリカは食材救出を始めた。


男の台所はひどいものだった。綺麗ではあるのだが、使われた様子がほとんどない。

家の様子から、借りて日が浅いわけでもないようなので、ただ単に料理をしていないだけだろう。


酷いのは置かれた食材だった。

手を着けられることなくひっそり腐っている葉野菜に、根を張り次世代が生まれてきそうな芋、かわいそうなことになっている肉類。


悪臭が気にならないのかと問いたくなるが、悲しいかな、食材のしまわれていた箱は、ふたを閉めてしまえば完全密封できるタイプ。においが漏れるはずもなかった。



「すさまじいねぇ・・・・・・・・・。」



とりあえず、いらない食材を捨てて、かろうじて使える部位が残っているものを使う。意外なことに腐っていなかった卵と、無事救出した玉ねぎなどでオムレツをつくる。



「どうぞ。毒味はしたほうがいいかい?」



部屋を片づけていた男が、オムレツに目をやり、驚いたように目を見張る。



「あったのですか、食べられるもの。」



驚くポイントがおかしい。



「あったよ。しっかしまあ、よくもこんなにためたねえ・・・・・・・・・。」



こんなに、といっても言うほどはない。小さな丘が室内にできるくらいだ。


男がオムレツの正面の椅子を引いて座る。そして、何の躊躇もなく口にした。

毒なんて入れてはいないが、先程まで疑っていたようには見えない豪快な一口だった。


キリカが呆気にとられているのに気がついたのか、男が言った。



「毒には慣れているのです。少量であろうが、大量にとろうが、関係はありません。」



それなりに大きくつくったつもりのオムレツは、あっという間に男の胃に消えた。



「・・・・・・どうだった?」



男が無愛想な顔をキリカに向ける。



「答える必要性を感じません。」



少しは縮められたかのように思えた距離は、まだまだ遠かった。

別に、命乞いなんてするつもりはない。ただ、少しでも喜んでくれればと。そんな想いで作った料理だった。

キリカにー動機はわからないがー世界を見せてくれた人だから。



「ですが」



男の視線がキリカを捉える。まっすぐな眼差しをそのままに、濃緑の瞳は何かの感情で揺らいでいた。



「ごちそうさまでした。」



からん、と、空っぽだったキリカの胸で、何かが音を鳴らした。



「そう」



平常を装い、ハンカチで手を拭きながら反対を向く。

キリカは、男にとって仇のはずだった。兄を殺した、憎い相手のはずだった。

それなのに、殺さず、綺麗なものを見せてくれた。お礼を受け入れてくれた。


優しすぎる、人なんだ。


どれだけ憎んでいようが、情けをかけてしまう。

そんな人なのだ、彼は。



「そう」



キリカはもう一度そう呟いた。



「この後、どうする?」



「この後?」



男が眉を寄せた。



「あなたを殺す以外に、何か?」



そうは言う男はホルスターに納められたままの銃に手を伸ばす様子がない。



「今、殺すんだろう?」



男は嫌そうに眉間に皺をつくった。



「家を汚したくないのですよ。」



「外に出ようか?」



「どうせ殺すのです。それが明日になっても変わらないでしょう。結果は『死』なのですから。」



キリカはまばたきする。その言い方では。



「今日は殺さないって言うのか?」



逃げる、とは思わないのだろうか。その気になれば今からでも逃げられるキリカは、首を傾げる。



「逆に何故、夜中に銃を撃たねばならないのです。近所迷惑です。」



それに、と男が続ける。



「獣化したときの身体能力にも付いていけますから。」



「寝首をかかれる可能性は想定しているのかい?」



「そう言ってくる時点で可能性は0です。」



そういわれれば、そうだ。わざわざ寝首をかく可能性をちらつかせてから寝首をかきにいく阿呆はいない。


しかしやはりどうしても腑に落ちない。


どんなリスクを抱えていようと、今ここでキリカを撃ったほうが手っ取り早い。むしろキリカを生かすメリットはない。


不自然にこじつけたような理由、男の瞳に映るようになった感情の揺れ。


躊躇っているのか、キリカを殺すことを。


初めて彼を見たとき、迷いのない人だと思った。でも、彼は迷っている。惑っている。

初見で、その揺らぎのなさに心が揺れたのに、そうでなくなっても、キリカは、抗いがたい引力のような何かを男に感じるのだ。


むしろ、彼の揺らぎのなさを崩したのが自分なのだと思うと、ぞくりとするような、そんな感覚が骨の髄を震わせた。



「私も疲れているのです。逃げるならとっくに逃げているでしょうし、殺すならもっと早い段階で殺されているでしょう。その様子もないのですから、心配するだけ無駄です。」



万全の状態で、殺したいのです。


憎しみを底に秘めた瞳がキリカを見つめる。その言葉は、本心なのだと、そう感じた。


極限まで研いだ刃のように、あり得ないくらい細く頑強につくられた剣の穂先のように。鋭い光を宿した瞳がキリカを穿つ。



「むしろ、あなたが奇襲の心配をすべきですね。」



ふっと、気怠げな雰囲気を取り戻した男が言う。



「適当に場所を作って寝てください。」



「・・・・・・うん。」



ぼうっと座っていると、奥に姿を消していた男が何かを投げた。

思わず受け取って、目を見張る。



「掛布?」



キリカは狼族の血を引いている。夏なので一晩くらい獣化すれば余裕で過ごせる。相手だってそれは知っているはずだ。



「使ってください。気が引けますから。」



あくまで、自分勝手な理由であるのだと主張する男に、泡立つようなこそばゆさを感じた。

なんだかんだと理由を付けて、キリカを気遣う男は、本当に、性根から優しい人間なのだと感じた。


その優しい人間に憎しみを抱かせているのが自分であることに、罪悪感が一層強くなる。

キリカを殺すことでその憎しみを払拭できるなら、そうしたっていい。

ただ、気がかりなのは、キリカを殺すことで男が後悔するかもしれないことだった。

もし、キリカへと向ける憎しみが、キリカを殺すことで罪悪感という毒に名を変えて彼をむしばんだら。


仇を殺すことで、己の憎しみに片を付ける。

その行為を、今日という日の中で知った彼が、良しとするようには思えなかった。



夜は更けていく。

キリカは、煌々と夜を照らす月を、窓越しにじっと見つめていた。






キリカはふと目を覚ました。

いつの間にか眠っていたらしく、辺りはうっすらと明るかった。

かすかに湿った匂いがするのは、外で小雨が降っているせいだろうか。

キリカはおもむろに立ち上がり、獣化する。

銀色の毛を持つ、すらりとした痩躯の(キリカ)が、次の瞬間にはそこにいた。


肉球は足音を消す。


そっと戸まで忍び寄り、獣化を解く。

音を立てないよう細心の注意を払ってそれを開いた。


神様が気まぐれに落とした涙のような雨が、キリカの身体をぬらしていく。

キリカは走った。

少しでも遠く、少しでも速く、逃げなければならなかった。


まだ人気のない街を走り抜け、森へと突き進む。

足にまとわりつく下草は、ただでさえ減っている体力を容赦なく削り、冷たい雨は体温を奪っていった。


拓けた場所にたどり着いた。

と同時に、派手に転んだキリカは、目の前に軍服の裾を見た。


ゆるゆると顔を上げれば、昨日一日で見慣れた顔が、冷たい濃緑の瞳で見下ろしていた。



「満足しましたか。」



予想通りと言わんばかりのその言葉に、キリカは小さく息を吐いた。



「・・・・・追いついたか。所詮は互いに騙し合いしてただけなんてね。そうさ、あたしは騙してたんだよ。出会ってから今まで、あんたに見せてたのは全部嘘。殺してほしい、だなんて真っ赤な嘘。七年前を、覚えていないのだって嘘。あたしは生きていたい。そのためだったらいくらだって嘘をつく。」



そう、嘘だ。

彼に恋なんてしていない。

ほんの短い間に、彼を愛してしまったんだ、って。

言わないで隠した。


『彼を愛していない自分』を、見せていた。


そのことを知ってなおキリカを殺そうとする、もしくは殺すことに罪悪感を覚えるかもしれない彼を、見たくなかったから。



「ね、いいことを教えてあげようか。」



キリカが自然な動作で立ち上がり、そして、男のホルスターに収まったままの銀の弾丸(アージェント・バル)を払って飛ばす。


不意打ちに、対処の遅れた男が体勢を崩す。

それでも、すぐに状況を理解したのか、吹き飛ばされた銃に手を伸ばす。


その手を踏みつけて、キリカは口を開く。


きりきりと心が悲鳴を上げる。


それでも、笑った。



「おとぎ話の『銀の弾丸(アージェント・バル)』。手負いの狼族(ケモノ)が、その銃で殺されて物語は終わる。でもね?狼族の間に伝わる『銀の弾丸(アージェント・バル)』は違うのさ。」



唇を三日月型に釣り上げた。



ーー彼は、ちゃんとあたしを亜神(バケモノ)だって認識しただろうか。



「狼族を殺せるのは、その、(アージェント・バル)なんかじゃない。」







父の優しい声が、記憶の裾を優しく撫でる。



『・・・・・・・・・これが、人族の間で語られている話。でも、狼族では違う風に語られているんだよ。』



幼いキリカが、父に物語をせがむ。



『その狼族の男は、ジークと言うんだ。ジークは、私たちのように、他の狼族の者とは違っていた。だから、いじめられて、ずっと一人だった。ある日、ジークは一人の人族の娘に出会う。娘の名はローゼリンダ。ローゼリンダも、人族の中でははぐれもの扱いを受けていた。そんな背景もあったからだろう。二人は恋に落ちた。』


ただ、その恋が許されるはずもなく、二人は引き離され、ローゼリンダは抵抗の最中、狼族の牙にかかって死んだ。


『ジークは嘆いた。ローゼリンダの骸を抱えて、彼を連行するために派遣された狼族まで引き離すのを躊躇うほどに、ジークは深い狂気に身を浸していた。

この後、その場にあった銃で、恋人を殺した狼族の者を撃ち殺したジークは、自らもその銃で命を絶った。

銀の弾丸(アージェント・バル)は、銃ではない。本当の脅威は、狼族を死に至らしめるのは、銃ではない。それは』






「強い憎しみが我々(狼族)を殺す銀の弾丸(アージェント・バル)となるのさ。」



想いを物理法則に、強く反映することができる神秘銀(ミスリル)を銃弾とできる唯一のものであるからこそ、あの黒い銃は銀の弾丸(アージェント・バル)なのだ。



「賭をしようじゃないか。あたしと、あんたで。」



「賭・・・・・・・・・?」



「そう、賭。あんたはあたしを撃つ。それであたしが死ななかったらあんたの憎しみはそれしきのことだったのさ。あたしを見逃して、しっぽ巻いて去るんだね。あたしが死んだら・・・・・・あんたの勝ちさ。」



「死にたくないのではなかったのですか。」



「甘っちょろいことぬかしているあんたなんかに、本気であたしが殺せるとでも?未来永劫憎悪で身を焦がし続けるくらいでないと、狼族は死なないよ。」



キリカは出会ったときと全く同じように、白金色(プラチナブロンド)の髪をかきあげて不遜に言い放った。



「ちゃんと狙いな。心臓はここだ。」



狼族は心臓を撃たれたくらいで死ぬことはない。条件が満たされなければ身体がいくら破損しようとも命の危機にはつながらないのだ。


ーーあたしは、ちゃんと笑えているだろうか。



雨の音だけが、絶えずに柔らかな音を奏でていた。









いつかのように、まっすぐ見つめるその瞳が、憎悪で黒く塗りつぶされているはずの心をグシャグシャに切り裂いていく。

女が嘘をついていることは知っていた。

その理由も。


レインが、揺らいだせいだ。

殺すことをためらったからだ。


彼女はお人好しだ。

一晩、布団の中で冴えた頭で考えていた。

亜神だから、人でないから、ずっと、何の躊躇もなく恨み、憎めていた。

なのに、出会った仇はまるで普通の娘のようで、レインと同じ暗闇(悲しみ)を抱えていた。


今まで何の疑念もなく土台としてきた憎悪(想い)が、崩れてしまった気がして。

揺らいだ。


彼女はお人好しだ。そして、聡い。

レインが兄を、七年前の壊滅事件で亡くしたことを知って、レインの揺らぎの理由や複雑な心情まで正しく読み取って、一人、悪役の面を被ろうとしている。


自身の憎しみを信じることは、もうできなかった。


お人好しで、聡くて、脆くて、強い。

自分のようで自分ではない。

レインは兄の仇である女を、出会って間もないはずなのに、愛していた。


レインが銃を構える。



「いいのか。」



それは確認だ。そして、祈りだ。

終わりのない螺旋の想い(憎しみ)に終止符を打つための。



「ああ、いい。」



騙し合いはもうたくさんだ。

黒い瞳を見つめて思う。


怖かったのだ。

今まで縋り、支柱としてきたもの(憎しみ)が、なくなってしまうことが。

それがなくなってしまえば、レインには何も残らないから。


今は、怖くない。

不思議と、何もなくなることが、恐ろしいとは思わなかった。


レインは引き金に指をかけた。

もしこの銃弾が彼女を殺すことがなかったならば、レインは今まで(兄が死んでからの日々)の意味を失うことになる。

それでもいいと、思った。


女は、不敵に笑ったまま。

その白い頬を、慈雨が湿らせていく。


定めは心臓に。己を誤魔化さないための一発は、確実に的を捕らえている。



「さようなら。」



そう口にしたのは女だったのか、雨の音がなした幻聴なのか。


弾丸の鈍い光が、雨の紗を、音を、切り裂いた。








「いいのか。」



「ああ、いい。」



仲良しごっこはもう終わり。

銀に輝く弾が装填された銃が真っ直ぐ向けられる。


手を繋いで歩いた距離だけ側にいるのが辛くなる。そんな関係に、終止符を打つために。


濃緑色の瞳が、キリカを捕らえている。


男が、引き金に指をかけた。



銀の弾丸(アージェント・バル)は、銃ではない。本当の脅威は、狼族を死に至らしめるのは、銃ではない。それは』


いつか、父が語った言葉を思い出す。

憎しみは力となり、狼族を傷つける。時には死に至らしめるだろう。しかし、最も致死性が高く、最も恐ろしいのは憎しみではない。

父は言った。


『それは、愛する者に()を向けられる、その行為そのものだ。』


母の死因は、大量出血だった。

そして、父の死因は、人族の死体操術(マリオネット)で操られた母が撃った、銃弾があたったことだった。


母の撃った銃は、まだ年若い軍人の物だった。

ダークグリーンの髪に、焦げ茶の瞳の、人の良さそうな青年の。

渋る彼に業を煮やした上司らしき男が彼に向けて発砲し、銃を奪った。


銀の弾丸(アージェント・バル)は想いの強さと物理衝撃を比例させる神秘銀(ミスリル)を銃弾にできる唯一の武器。

青年の銃は、それだった。


そして、父は、母を愛していた。その死をすぐに割り切ることができないほどに。

父は(操り人形)に撃たれ、死んだ。

二人の一生は、悲劇と惨劇と、愛でできていた。

母の死に方も、ましてや父の死に方も、けして、幸福な終わりだとはいえないだろう。


それでも、思うのだ。

愛する人の手にかかって死ぬ。それほど甘美で贅沢な死に方はないだろう、と。



「さようなら。」



泣き笑いと、吐息が混じったような、そんな声が漏れた。


弾丸の鈍い光が、雨の紗を、音を、切り裂いた。









鈍色の空、銃を構えて真っ直ぐに立つ一人の軍人、その頬をぬらす空の涙。すべての音が、消えた。


彼女の誤算は、彼もまた、彼女を愛してしまっていたことだった。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

よく考えたら私が書くお話は悲恋の比率が高すぎる気がします。

次はハッピーエンドの話が投稿できるといいなと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ