9
(まさかこれ、クーがやったのか?)
それ以外に答えはないだろうとわかっているが本当にそうなのかという疑念が頭から離れない。
そんなことを考えていると、後ろでドサっと何かが倒れるような音が聞こえた。
音がした方を振り向くと、またもやクーが倒れていた。
(そりゃああんな強力な魔法を使ったんだ。倒れもするか)
持っていたマジックポーションを取り出しながらクーを抱きかかえ飲ませる。
「全く、一発魔法を撃つだけで倒れるなんてどれだけ力を込めたんだよ」
クーに笑いかけようとしてバッと後ろを振り向く。
(さっきのでおびき寄せてしまったか。ふむ、そこまで強くはないがクーを守りながらだと少し面倒だな。幸いまだ距離は離れているしここにくるまでに仕留めるか)
「クー、ちょっと待っててくれ」
クーを下ろして気配を感じた方へと向かおうと離れたとき、
『ガァアァアア!!』
「――――!」
突如クーの近くの草むらから何かが飛び出してきた。
(何!? そこからは何の気配も感じなかったはずだ!)
全速力で何が起きたのかわからず呆然としているクーを抱きかかえるようにしてかばうと、背中に鋭い痛みが走った。
「ぐっ!?」
クーを抱えたままその場から飛び退き、襲い掛かってきたものの正体を見る。
(ウルフ? いや、ポイズンウルフか。獲物を毒で弱らせるこいつなら気配を隠すぐらいはできそうだな)
最初に向かおうとした方の気配を探るとかなり近づいてきているようだ。
念入りに周囲の状況を調べ、今度こそ何もいないと確信したのちクーを下ろした。
(あまり時間もないしさっさとこいつを仕留めるか)
脚に力を溜めながら近くにあった石を拾いポイズンウルフに向けて投げつける。
ポイズンウルフが石を避けようと横に飛んだ瞬間、
(今だ!)
「おらぁああああぁあ!」
全力の踏込で接近し、持っていた剣でポイズンウルフの頭を刺し貫くと、ビクンと大きく痙攣したのち動かなくなった。
(さて次は、と)
近づいてくる気配の方を対処しようと振り返ると、体がぐらりと揺れた。
(っ! ポイズンウルフの毒か。だがこれぐらいならまあいけるだろ)
何度か手を開閉し体の調子を確かめると、少し力が入り辛いが、この平原に出てくる程度の相手なら問題はないだろうと判断する。
クーが心配そうな目でこちらを見てきたので、安心させるように微笑んでから近づいてくる気配へと意識を切り替える。
『グルルル……』
「くそ、よりにもよってこいつか」
緑と白の縞模様をした大きなトラがのっそりと現れた。
(確かにこの平原の相手なら問題ないとは思ったが、まさかグラスタイガーがくるとは)
グラスタイガーは確かにこの平原に生息しているが、個体数が極端に少ないため遭遇するのは稀のはずであった。
グラスタイガーが絶対に逃がすまいとじりじりとこちらに近づいてくる。
一撃で仕留めようと足に力を込めるが、明らかに先ほどよりも込めた力が弱いのがわかる。
(これは、あれしかないな)
ぐっと力を込めるが先ほどまでとは違い、決してこちらからは突っ込まずにその時を待つ。
その間にもグラスタイガーは少しずつこちらへと近づいてきており、ついにその瞬間がやってきた。
この距離なら絶対に逃がさないと確信したのだろうグラスタイガーがこちらに向けて飛びかかってきた。
(今だ!)
グラスタイガーが飛び込んでくるのに合わせて踏み込み眉間へと正拳突きを叩き込んだ。
『グルゥ!』
眉間への直撃を受け少しひるんだようだったが、飛びかかってきた勢いそのままに前足を振り上げこちらに振り下ろしてくる。
体重をかけた渾身の突きを出した直後で、しかも毒の影響のためガードが間に合わずに爪が襲い掛かり肉がえぐられた。
痛みに歯を食いしばりながらも、溜めていた力を全て解き放ち頭を全力で蹴りあげる。
「オラァアァア!!」
ゴキッと首の骨が折れた感触が伝わりグラスタイガーの全身から力が抜けたのがわかった。
直後にどさりと重いものが倒れる音が二つ響いた。
(やったと思って気を抜きすぎたな。毒が一気に回ってきやがった)
じわじわと視界が黒く塗りつぶされていき、傷口から血が流れているのか体が冷たくなっていくのがわかる。
本能的にこのままだと死ぬというのが理解できた。
(ああ、ここで終わりか。こんなことなら毒消しを持ってきておくんだったな。まあ、特にやりたいってこともなかったしそれでもいいか)
浅い呼吸を繰り返しながらそんなことを考えていると、何かが近づいてきているような気がした。
何とか首だけ動かしそちらを見ると、クーがこちらに駆け寄ってきていた。
(そうか、そういやクーがいたな。やりたいこと……あったわ)
そう思うと、心の奥底からまだ死ぬわけにはいかない、という気持ちが湧いてくると同時に体にも少し力が戻ったような気がした。
いや、気がしたというようなものではなく確かに力が戻ってきている。
もう一度クーの方を見てみると涙を流して何かを叫びながら手をこちらにかざしている。
手が緑色に光っていることから回復魔法を唱えているようだ。
徐々に視界も戻ってくると同時に声も聞こえてきた。
(声?)
「ユウ! おきて! しんじゃやだ!」
そこには泣きながら必死にそう叫んでいるクーがいた。
(クー、声出せるんだな)
そんなことを思いながら頭の上に手を置いてやると、一瞬驚いたかのように目を見開いた後再び目に大粒の涙が溜まっていきボロボロと零れ始めた。
「大丈夫だ。お前が一人で立派にやっていけるようになるまでは死んだりしない」
その後いくら頭を撫でても涙が止まることはなかった。
いくらか時間が経つと魔力を使い果たしたからか、それとも泣きつかれたからかクーは眠ってしまった。
その様子を眺めながら自分の体調を確認していると、ポイズンタイガーの毒が体から抜けているように感じた。
「まさかこれもクーが? いや、初級の回復魔法には解毒効果のある魔法はなかったはずだが……見落としたのか?」
すやすやと気持ちよさそうに眠っているクーを見る。
「まあこれから調べていけばいいか。それはともかく準備するか」
荷物入れに持ってきていた袋から真っ赤な箱を取り出し蓋を開ける。
その瞬間赤い煙がもくもくと立ち上り始め、しばらく待っていると煙がリング状に形を変え始めた。
「さて、そろそろ大丈夫だろ」
先ほど仕留めたポイズンウルフとグラスタイガーをリングの中に投げ入れると、それらはリングの向こう側に落ちることなく消えていった。
そのまま五分ほど待つと、煙が固まり赤い球がぽとりと落ちた。
それを回収してポケットに入たあと、クーを抱き上げて町へと戻っていった。