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「さて、獲物はっと……」
町から少し離れた平原に着き、辺りを見回す。
少し離れた位置の草が風がないのに揺れた。
(あそこか……)
「クーはここでちょっと待ってろ」
気配を隠しながら草の揺れた位置に近づく。
するとそこには二匹のつのウサギがいた。
一気に飛び出し首根っこを掴み持ち上げる。
持ち上げられたつのウサギが暴れているが気にせずクーのところまで戻る。
「さて、クー準備はいいか?」
クーは頷くと真剣な顔でナイフを鞘から抜いた。
「よし、じゃあやってみろ」
掴んでいたつのウサギの内、片方だけ離してやる。
離された方は地面に着地するとすぐに突進してきた。
「お前の相手は俺じゃないぞ」
ひょいとかわしながら軽く蹴ってクーの前に転がす。
つのウサギが少し転がり、体勢を整えようとした瞬間、
クーがナイフを振りかざして襲い掛かった。
「――――!」
(おお、タイミングはいいな。でも大振りすぎる)
つのウサギはあっさりとナイフを避けると、クーを敵と認識したのか、そちらに突っ込んでいった。
「気を付けろよ。当たり所によっては大怪我をするぞ」
クーは大きく避け、再びつのウサギへとナイフで襲い掛かる。
そのまましばらくクーの戦い方を見ていたのだが、攻撃をするのも回避をするのも大きく動きすぎるため、徐々につのウサギの動きに追いつけなくなってきている。
そしてついにナイフを振り下ろした隙に合わせてつのウサギが体当たりをしかけてきた。
クーは避けられないと判断したのか目をぎゅっと瞑り次に遅い来るであろう衝撃に備えた。
(んー、やっぱり一人ではまだ早かったか)
急いでクーの方に近づき、今にもクーに体当たりをしようとしているつのウサギの首を掴む。
クーはずっと目を瞑っていたが、いつまで経っても衝撃が襲ってこないためか、うっすらと目を開けた。
「勢いはよかったんだが、動きが大きすぎだな。
それと何があっても目を瞑るのはダメだ。相手の動きに対応できなくなるからな」
クーは最初何が起きたのかわかっていなかったようだが、俺が手に持ったつのウサギを見て状況を理解したようで、ほぅと息を吐いてその場に座り込んでしまった。
両手に持っていたつのウサギを地面に叩き付けて気絶させ、足をまとめて縛り、クーの隣に座る。
「まあ初めてにしては上出来だったかな」
落ち込んだりしてないかと励ましの言葉をかけてみたが、そんな様子はなく次は成功させるとやる気に満ちていた。
(余計な心配だったか)
「ちょっと休んだらもう一回やってもらうからな。その前に動き方の復習だ」
休みながら、先ほどの動きの悪かった点を指摘していく。
クーは話を聞きながらふんふんと頷いている。
「さて、じゃあ休憩は終わりだ。次は倒せるように頑張れよ」
再びクーをその場に残し、平原の様子を注意深く見る。
(お、あそこにいるな)
先ほどと同じようにつのウサギを捕まえてクーの元へと戻る。
「さて、それじゃあさっき教えたことを実践してみろ」
つのウサギをクーの前に放り投げる。
つのウサギはすぐに体勢を整えたが、こちらにはとびかかってこない。
おそらくはクーが狙っているのを察知しているのだろう。
クーがじりじりとつのウサギに近づいていく。
あと一息で飛びかかれるというところまで近づいた瞬間、クーが飛び出しナイフを突き出した。
つのウサギがひらりと飛んで躱したが、クーは既にナイフを引き戻していつつのウサギがとびかかってきてもいいように構えている。
そして再びじりじりと距離を詰めていきナイフを突き出した。
今度は突き出したナイフがつのウサギの後ろ脚に
怪我を負わせることに成功した。
これを何度か繰り返しているうちにつのウサギの動きが鈍っていき、ついにクーのナイフがつのウサギの急所を捕え、大きく痙攣したあと動かなくなった。
それでも警戒したままクーはじりじりとつのウサギに近づいていき、本当に動かないのを確認すると拳を上に突き上げた。
「よくやったな。
クーに近づき頭を撫でてやると嬉しそうにこちらを見上げて来た。
「初めての戦闘も無事に終わったし、時間も丁度いい。今日はもう帰ってギルドに報告して終わりだ」
ギルドへと戻った俺たちはキリのいる受付へと向かい今回の獲物を受け渡した。
「つのウサギが三匹。うち二匹が生け捕りですね。ありがとうございます」
俺たちは報酬を受け取り大衆浴場へ行ってから宿屋へと戻った。
部屋に戻るとぐちゃぐちゃにしていたはずのシーツがきっちりと直されていたため、すぐに寝ることも可能そうだった。
ベッドに腰掛けてクーを呼ぶ。
「さてと、クー、これから魔法の練習をするぞ」
クーが俺の隣にちょこんと座ったので、魔法の入門書を開く。
「えー、まずは魔法を使う基礎として自身に流れる魔力の流れを把握しましょう、か」
この本が言うには自分の中に流れている魔力を一か所に集中し、そこで呪文を唱えることでイメージしたものを魔力で形作り魔法を発動するらしい。
(なるほど、まあ自分の中に流れている魔力の把握ってのは大丈夫だろう。昼間に魔法を使っていたし……ん? 呪文の詠唱?)
昼間のことを思い出してみるが、特に呪文を唱えていたようには見えない。そもそもクーが言葉を話しているところを見たことがない。
(んー? イメージを伝えるってのが重要そうだし魔法を使うのに呪文は必須ではないってことなのか?)
考えてもわからなかったため呪文の詠唱に関しては保留にし、ひとまず自分の中の魔力の流れを探ってみる。
自分がわかってないと人に説明するのは難しいからな。
(確かに何かが体の中を動いている気はするが、これは剣で斬ったり、殴ったりするのに使っている奴だから違うはず……いや、同じなのか?)
試しに初級魔法の呪文を唱えながら前に出した手に力を集めるイメージをする。
「クーに教えるためだし水のやつにするか。えっとこれだな『集いし力よ水となりて、我が敵を撃ちぬけ』ウォーターショット!」
呪文を唱えた瞬間、手に集めていた力が体から抜け出したような感覚のあと、二十センチほどの大きさの水玉が撃ち出され、
「あ」
そのまま宿屋の壁を貫いて飛んで行った。
「やっべ。これはさすがに怒られる」
急いで宿屋の主人に説明をし、修理費用を払い何とか許してもらえた。
「次やったら出て行ってもらうぞ」
宿屋の主人から説教を受けて部屋に戻ると、クーが魔法の入門書を読んでいた。
「クー、文字読めるのか?」
ドアの開く音で気付いたのかこちらを見ていたクーがフルフルと首を横に振る。
「まあそうだよな」
改めてクーの隣に座ると、クーが読んでいた入門書を渡してもらい声に出して内容を読んでいく。
しばらくクーは隣で真剣な様子で内容を聞いていたが、かなり眠たくなってきたのか船を漕いでいるので今日はここまでとして眠ることにした。
昨日と同じようにクーをベッドに寝かせ、強化ってきた魔導書をパラパラとめくっていく。
一通り目を通したところで眠気が来たので、床に布団を敷いて入り、明日の予定を考えながら眠りについた。
次の日目が覚めると、なぜか布団の中にクーが入ってきており、がっちりと抱きつかれていた。
クーをベッドに戻し、宿屋の主人に二人分の朝食を受け取り部屋へと戻る。
(前回のことを考えると起きるまでは一緒にいた方がいいだろう)
受け取った朝食のサンドイッチを食べながらクーを見ていると、匂いに釣られたのかもぞもぞと起き出してきた。
しばらくはぼーっと周囲を見渡していたが、徐々に覚醒してきたのか目の焦点が合ってきた。
「おう、起きたか。おはよう」
声をかけるとすぐにトトトっと駆け寄ってきて、ペコリとお辞儀をしたあとテーブルに着きサンドイッチを食べ始めた。
「そんな勢いよく食べると喉につめるぞ」
苦笑しながらコップにミルクを注いでやると、案の定喉につまったのかすぐにミルクを飲み始めた。
その様子をじっと眺めていると、照れ臭かったのかクーは少しはにかんだような様子を見せると、すぐに食事を再開した。ただし今度は喉につめたりはしないようにゆっくりとしたペースでだった。
そして段々と日が沈み始める中、俺たちは生け捕りにした二匹のつのウサギとクーが仕留めたつのウサギを持ってギルドへと戻った。