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次の日の朝、目が覚めると何故か布団に子供が潜り込んできていた。
(寝相悪すぎだろう)
ベッドの上に戻し布団をかけなおしてやると、腹が鳴った。
そういえば昨日晩飯食べてなかったなと思いだし、着替えをして食堂に行き、簡単な食事を作ってもらうことにした。
出来上がった料理に舌鼓を打っていると、自分の部屋で一際大きな音が聞こえた。
(なんだ!? 泥棒か!?)
急いで部屋に戻ると、机は倒れベッドの布団は散乱し、部屋の隅で頭を抱えて震えている子供の姿が見えた。
「おい! 大丈夫か!」
声をかけると、虚ろだった目の焦点が徐々に合っていき、完全にこちらの存在を認めると、目に涙を溜めながらこちらに飛びついてきた。
一人にするのは危険そうだな。
「まあ仕方ないか」
足にピタリとくっついているため少々歩きにくいがそのまま食堂へと戻る。
「何があった?」
宿屋の主人が心配そうに聞いてくる。まあ自分の宿で暴れられたら困るというのはわかるがな。
「大したことはない。ちょっと俺の連れが寝ぼけてただけだ」
主人が足にへばりついている子供に視線を向けると、一つため息を吐く。
「そうか。まああまり大きな問題は起こさないでくれよ」
どうやら泥棒ではなかったと安心したようだ。
「そうだ、朝食をもう一人分追加頼む」
「あいよ」
すぐに追加の注文の分も用意された。
「ほれ、お前の分も用意してもらったから、そこ座れ」
ずっと足にへばりついていた子供を引きはがし、向かいの席に座らせる。引き剥がすときに悲しそうにこちらを見ていたが、テーブルの上の料理を見た途端そちらに釘付けになった。
「遠慮するな。食え」
俺がそう言うと、すぐに料理へと手が伸び始めた。
ガツガツと食べるのを見ながら俺もゆっくりと食べ進む。同時にこの後どうするかを考える。
(いつもなら適当な依頼を受けにいくんだが……)
ちらとテーブルの向かい側を見る。こちらの視線には全く気付いていないのか食事に夢中になっている子供がいる。
(そういえば……)
「おい、お前名前は?」
俺が問いかけるとやっとこちらを向く。
口のまわりがべたべたになっていたので、布巾で軽く拭ってやると少しはにかみながらも嬉しそうにしている。
「で、名前は?」
名前と尋ねると、口を開くのだが音が出てこない。
しばらく繰り返していたが、やがて諦めたのか食事に戻った。しかし先ほどよりも少し元気がないように見える。
「まあ、なんだ。とりあえず仮として名前を付けるがいいか?」
俺がそう言うと、バッと顔を上げてコクコクと頷いた。
「そうだな……じゃあ……」
(さて、何にするか。そういえばこいつ昨日からやたらと飯を食ってるよな……)
「クー。今日からお前のことはクーと呼ぶことにする」
クーは嬉しそうな顔をして何度もコクコクと頷いている。しかししばらくすると動きがピタッと止まった。
食事を再開するのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
「どうした?」
クーは自分を指差した後、何かを言おうとし、次にこっちを指差して首を傾げている。
もしかして……
「俺の名前か?」
クーは何度もコクコクと頷き、嬉しそうにしている。
「俺の名前な。そういえば言ってなかったな。ユウだ」
クーは俺を指さすと口の動きだけで「ユウ」と言って笑った。
「そうだ」
俺も頷いて返す。それに満足したのかクーは食事へと戻った。
俺は改めてクーを見る。
青色の髪はボサボサで泥がついている。顔の方もさっき少し拭ったから多少はましになったがそれでも汚れが目立つ。服に至ってはボロボロでただの布きれに穴を空けて頭から被っているだけに見える。
ふと昨日のことを思い出す。
「あー、親父」
「な、なんだ?」
さっきクーに対して名前を言ってから少し親父の様子がおかしい。
「すまん、布団なんだが多分ひどいことになってると思う」
昨日クーはベッドに寝かせたのだ。このドロドロの状態で、だ。
おそらくシーツは悲惨な状態になっていることだろう。
親父はクーをちらっとみて、
「まあそれぐらいは問題ない。うちには冒険者もよく泊まるからな」
「そうか。それならよかった。あと、ここって風呂はあるか?」
「あるにはあるが俺の個人用だな。この近くに大衆浴場があるからそこへ行くといい」
「わかった。ありがとう」
礼を言うと親父は何か変わったものを見るような目でこちらを見てくる。
「どうした?」
「いや、お前さんの名前はユウで間違いないんだよな?」
「そうだが?」
「鬼殺しのユウってのはお前さんじゃないのか?」
一瞬動きが止まってしまったが、親父は気付いた様子はなかった。クーはきょとんとした目でこちらを見ている。
「何言ってんだ。俺は武器をもってるぜ」
ほれ、と腰に差している剣を見せつける。
すると親父は納得したように、
「そうだよな、似てるだけの他人だよな。あの鬼殺しがガキの世話をするわけないだろうし」
と納得したようだった。
クーが首を傾げながら親父の方を見る。
「ん? どうした? 鬼殺しについて知りたいのか?」
親父の言葉にクーは頷いて示す。
クーの反応を見た親父は腕を組みながら説明を始めやがった。
「鬼殺しってのはとある冒険者の異名でな。そいつは武器を使わずにで戦うスタイルをとっているんだが、ある村がオーガの群れに襲われた時にたまたまそこにいたそいつが一人で全部殺したんだと。しかもあのでかいオーガの攻撃を軽々と受け止めたりもしたらしい。全てのオーガが倒れた後にはオーガの血で真っ赤に染まったそいつが高笑いを上げていたらしい。そしてそこから鬼殺しと呼ばれるようになったんだが、そこのにーちゃんがユウって名乗ったから勘違いしちまったんだ。見た目は似てるんだが、武器を持ってるなら違うんだろ」
クーがキラキラした目で親父を見ながら、シュッシュと握り拳を前へ突き出している。
「そうそうそんな感じだ」
残っていた食事を口に詰め込むと俺は席を立った。
「おう、のんびり食ってるとおいてくぞ」
宿屋から出ていくふりをすると、クーは大慌てで食事を口に詰め込むと急いで俺の後ろに着いてきた。