10
町へ戻ってきた後、クーを宿屋に寝かせに行こうか考えたが、起きたときに俺がいなかった時のことを考え、起こすことにした。
「クー、「起きろ。町に戻ってきたぞ」
抱えていたクーをゆすって起こすと、眠そうに眼を擦っている。
「ん……なに……?」
返事が返ってきた。
やはりもう普通に会話することが可能みたいだ。
「町に戻ってきたぞ。歩けるなら自分で歩け」
「わかった」
クーは地面に下りるとすぐに俺の服の裾を掴んでこちらを見上げて来た。
「どこにいくの?」
「ギルドだよ。倒した魔物の報酬を受け取りに行く」
魔物と聞いてクーがキョロキョロと周囲を見回し、きょとんと首をかしげた。
「どこにもいない」
「先に魔物だけギルドに渡してあるんだよ」
さっき平原で、と言いかけて思い出した。
(そういえばあの時はクーは寝てたんだったな)
「先に渡してあるんだよ」
ほうほうと言った感じで頷いている。
どうやら納得してもらえたみたいだ。
「そういうわけで今からギルドに向かう。宿屋で待ってるか?」
「わたしもついていく」
ちょこんと服の裾を掴んできた。
「わかった。はぐれるなよ。それはそうとお前言葉が話せたんだな」
「はなす?……あっ!」
町に戻ってからのことを思い出し、たった今声を出せることに気付いたようだ。
「ゆー! わたしはなせるようになってる!」
話せるようになったのがよほどうれしいのか、くるくると回っていたが、ピタッと止まりこちらを見つめてくる。
「えっとね、ずっといいたかったことがあったの」
えへへと笑いながらこちらを見上げてくる。
「あのとき、あのばしゃのときね。たすけてくれてありがとうございました」
そういってぺこりと頭を下げた。
「あー、気にすんな。たまたまあそこを通りがかっただけだ。それよりもほら、ギルドにいくぞ」
「わかった!」
えへへと笑いながら再びくっついてきたクーを連れて俺たちはギルドへと向かった。
ギルドへとたどり着くと、既にいくつかのパーティが並んでいた。
俺たちも列に並びながら様子を見ていると、夕暮れ時だからか依頼の達成報告を行っているパーティが多かった。
そうこうしているうちに俺たちの順番が回ってきた。
「次の方どうぞ……ってユウさん達ですか。今日は何も依頼をお受けになってなかったと記憶しておりますが?」
「それで合ってるよ。今日はクーの魔法の練習をするだけの予定だったんだがちょっと魔物が寄ってきてその報酬を受け取りにきた」
そういって先ほどの赤い球をカウンターに置いた。
「ああ、そういうことですか。確認しますので少々お待ちください」
キリが赤い球を拾い上げて奥へと入っていった。
くいくいと袖を引っ張られたのでそちらに顔を向けるとクーが首をかしげて尋ねてきた
「いまのはなに?」
「ああ、あれは収納装置の欠片だな。ここに届けられているはずの魔物を送ったことを証明するために必要なんだよ」
「なるほど」
わかったのかわかってないのかふんふんと頷いている。
そうしているうちにキリがお盆に布袋を載せて戻ってきた。
「お待たせしました。少し珍しい魔物を倒されたんですね。ポイズンウルフに関しては依頼出ていませんでしたが、グラスタイガーに関しては先日荷馬車が襲われたとかで依頼がありましたので、その報酬と魔物の討伐報酬とを合わせたものがこちらとなります。どうぞお受け取りください」
キリが布袋をカウンターに置くとジャラリと音が鳴り、そのままこちらへと渡してきたので、そのまま鞄へと布袋を仕舞った。
「それにしても、さすがは鬼殺しですね。この二頭は滅多に現れないのですが、平原に出没する魔物の中でもかなり危険な部類に入るんです。それをあっさりと仕留めるだなんて」
実際にはあっさりってほどではなかったのだが、まあ訂正する必要はないか。
キリの言葉を聞いてクーが目を輝かせながらこちらを見上げてくる。
「おにごろし? ゆーはおにごろし?」
「あー、まあそうだ。あのときはクーを怖がらせるかと思って違うって言ったんだが、俺が鬼殺しだ」
まあ実際の理由は違うんだが。
確かに武器を使わずに戦うということはあっているが、そもそも俺はオーガの群れ相手に戦闘なんてしたことがない。
それなのに鬼殺しなんて呼ばれるのが嫌で武器を使い始めたのだが、上手く使えずに結局使わずに戦っている。なんてことを言って夢を壊す必要はない。
(しかしオーガか……よし)
その後俺たちは大衆浴場へと向かったあと、宿屋で飯を食い部屋へと戻った。
「さて、クー。お前が話せるようになった今、話し合っておくことがある」
俺は椅子に座りながらベッドの縁に腰掛けて目を擦っているクーへと話しかけた。
「んー、なに?」
既に少し意識が夢の中に飛んでいるのか、生返事が返ってくる。
「お前の今後についてだ。俺は今回の件を受けて自分を鍛え直すために一旦村に戻ろうと考えているがお前はどうしたい?」
クーの様子を見てみるとゆらゆらと船を漕いでいる。
(……話を途中で切るのも気持ち悪いし、後でもう一度言えばいいか)
「俺がお前にどうかと考えている道は三つだ」
ピッと指を立てて見せる。
「一つはこの町にある孤児院に入ること。孤児院ならお前と似たような境遇のやつもいるはずだから、まあうまくやっていけるだろ」
もう一本指を立てる。
「次は学園に編入することだな。魔法を使えるなら問題なくできるはずだ。入学金なんかが必要になるかもしれないが、それぐらいは何とかしてやる」
三本目の指を立てる。
「そして最後、冒険者としてやっていくことだ。お前はまだ小さいんだ。こんないつ死んでもおかしくないような生き方をする必要なんて……」
袖を引っ張られて話が中断させられる。
正面を見るとそこにクーの姿はなく、いつの間にか隣に来ていた。
(話に夢中で気が付かなかったな)
「とまあこんな感じでお前には三つの選択肢がある」
「そのなかでゆーといっしょにいられるのはどれ?」
「子の中ならどれを選んでも大丈夫だ。孤児院に入っても学園に入学してもたまに様子を見に来る」
そういうと袖を握っている手に力がこもり、クーが首を振りながら言う。
「ちがうの。そういうのじゃなくて、ずっとゆーといられるのはどれ?」
「ずっと一緒にいられるかどうかはわからないが俺と一緒にいられる時間が長いのは三つ目の選択肢、冒険者として生きていくってやつだ」
「じゃあそれにする」
俺が言うとクーが即答した。
「本当にいいのか? いつ死んでもおかしくないんだぞ。今日だって一歩間違っていれば死んでいてもおかしくなかったんだ」
あのときはぎりぎり俺が助けにいける位置にいたから助かった。
あと少しでも離れていたらきっと間に合わなかっただろう。
だから安全な孤児院か学園を勧めようとしたのだが、
「それでもいい! ゆーといっしょにいる!」
クーが瞳に涙を溜めながらそう叫んだことで何も言えなくなった。
「ゆーがたすけてくれたからわたしがいるの! たとえどうなってもゆーといっしょにいるのがいいの!」
さきほどは気付かなかったがクーの体は震えている。
そこでようやくなぜクーがずっと俺に付いてきていたのかを理解した。
怖くて仕方がなかったのだ。
奴隷として馬車で運ばれている最中に襲われ、死にかけているときに俺が現れて助けた。
だが俺が何を目的にしていたのかわからないため、いつ捨てられるか、いや、今日のことを考えると捨てられたら死ぬ、とまで考えているかもしれない。そんな恐怖にずっと晒されていたのだろう。
「わかった。じゃあ一緒に冒険者やるか」
(独り立ちできるまでは面倒を見るって決めたしな)
そういうと、クーは一瞬ぽかんとした表情をした後、満面の笑みを浮かべた。
「さて、今日はもう遅い。しっかりと寝て明日に備えるように。冒険者は体が命だからな」
「わかった! おやすみなさい!」
クーはベッドに入ると、すぐに寝息を立て始めた。
(緊張の糸が切れたんだな。まあクーの中では生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだろうし)
決まったからには仕方ないかと明日からの旅の予定を組みなおす。
自分一人なら問題のなかった旅程だが、クーが一緒だとなると見直す必要があるだろう。
気が付くとそんなことを考えている自分に思わず苦笑してしまった。
ずっと一人でいたからか、クーに孤児院や学園に入るのを勧めていながらも心のどこかで一緒に冒険に出たいと考えていたのかもしれないな。
クーが一緒にいても問題のない旅程を考え終えたところでちょうど眠気が来たため、無理にあらがわずにそのまま身をゆだねた。
翌日俺たちは宿屋の主人に代金を支払った後、長い旅の最初の目標として俺が住んでいる村へと向かうのだった。
続きはいいのが思い浮かんだら書きます。