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がたがたと揺られながら空を眺める。雲がゆっくりと流れのどかな雰囲気を感じる。
目を閉じると心地よい風が頬を撫でていき、ついつい眠りたくなってしまう。
「おいおい、頼むから寝ないでくれよ。お前さんが寝たらこの馬車が襲われた時に誰が守ってくれるんだよ」
目を開けて声のする方を見ると、今回の護衛の対象である商人が振り返ってこちらを見ていた。
「大丈夫だって。周囲に他の気配がないのは確認済みだ。それにこのあたりに出てくる魔物ならほとんどは問題ない」
「ならいいんだが」
本当にこんな奴が腕がいいのかなどとぶつぶつ言いながら商人は馬車の制御に戻る。
再び目を瞑って馬車に揺られていると、嫌な臭いが鼻についた。
「待て、止まれ」
商人に言って馬車を停止させる。
「どうした?」
「近くで血の匂いがする。少しゆっくり進めてくれ。あといつでも逃げられるように準備を」
先ほどまでの緩い雰囲気とは変わった空気を纏った俺の緊張が伝わったのか商人がゴクリと唾を飲む。
「あ、ああ、わかった」
そのままゆっくりと馬車を進めていると、前方に何かが見えた。
「ん? あれは……」
馬車から飛び降りてかけよって見てみると、それは壊れた馬車であった。
「うっ……」
商人が青い顔をしながら口元を抑えている。
まあそれも仕方ないだろう。馬車の下敷きになって潰れた死体や、襲撃してきた魔物に殺された死体などもあり、あまり見ていて気持ちのよいものではない。
(んー、装備を見たところそこそこの護衛を雇ってはいたみたいだな。ただ馬車や装備の壊され方を見るとあいつが出たのかもしれないな)
だが商人は青い顔をしながらも馬車の方へと近づいて行った。
「なにやってんだ?」
話を聞くと、馬車の持ち主が誰かわかるようなものがないかを探しているらしい。
「商人も大変なんだな」
と適当に相槌を打ちながらまだ魔物がいないかと周囲の警戒を行っていると、微かな息遣いが壊れた馬車の方から聞こえた。
もしかして、と思い急いで馬車の方に近づく。
「どうした? 探すのを手伝ってくれるのか?」
「悪いけどそれは俺の仕事じゃないね」
商人が尋ねてくるのに適当に返事しつつ、改めて馬車の近くを見る。
(ぼろをまとっている死体が多いな。まあ大方奴隷でも運んでいたんだろうが。ん?)
注意深く見ていると馬車の下敷きになった死体が何かに覆いかぶさっていることに気付いた。
死体をどかすと、下には七、八歳ぐらいの子供の死体があった。いや、微かに呼吸の音が聞こえるためまだ死体ではないようだ。
(青い髪か。珍しいな)
急いで救助しようとしたところで、足が馬車の下敷きになっていることに気付いた。
「ちょっとどいてくれ。危ないぞ」
「あん? 何をする気だ?」
一言商人に声をかけ、馬車から出たのを確認すると、深呼吸し拳を構える。
「ハッ!」
全身に込めた力を拳に乗せて前へ突き出すと、馬車が十メートルほど吹き飛んだ。
子供を抱きかかえて、容態の確認をする。両足が骨折していて酷く腫れており、その影響か熱も出ているようで体が熱い。
「まあこれぐらいなら」
俺は持っていた道具袋から回復薬を取り出し、子供に飲ませる。
少し顔をしかめつつも何とか飲み込んだのを見届けた後、残った薬を足や体へと掛けた。
するとみるみる内に腫れが引いていき骨折が治ったようだった。
「おお、さすが高級品。効き目が違うな」
吹き飛ばした馬車の中を見終わったのか商人が近づいてきた。
「お前さん、あんなことができたんだな。って、その子はどうしたんだ?」
商人が驚きながらこちらに近寄り、俺が抱えている子供を見た。
「いや何、生き残りを見つけたから助けてやろうかな、と」
商人はじろじろと値踏みをするように子供を見る。
「見た感じただの奴隷みたいだな。珍しい髪の色をしているがそんなに価値はなさそう……って何をやってんだ!」
「何って……治療だが?」
説明はさっきしたはずだし、特に怪しいことはやってない。強いて言えば薬を飲ませたりかけたりしただけだ。
「あーあ、もったいない! こんな奴隷にそんないい薬を使うなんて! その薬代だけでこの護衛も赤字になるだろ!」
ふむと顎に手を当てて考える。まあ確かにこの薬は多少は高かった気がする。だが、
「別にいいだろ。俺のものをどう使おうと俺の勝手だ」
商人としてこの行いは見過ごせないらしくぶつぶつと言っていたが無視をして子供の容態を見ていると、顔色も多少はよくなり呼吸も少し安定してきているようだった。
「ひとまずは大丈夫だ。よく頑張ったな」
ぼさぼさになっている頭に手を載せてポンポンと撫でてやりながら、商人に呼びかける。
「おーい、あんた」
「あんたって……俺は依頼者だぞ。まあいい、で、なんだ?」
「こいつも馬車に乗せてやってくれ」
「はあぁ!? ダメだダメ! そんなガキ乗せるスペースなんてねえよ!」
少しも考える様子なく商人は拒否を示す。
「まあまあそう言うな。ちゃんと乗車代ぐらいは出す」
俺がそう言うと商人は考える素振りを見せた。
もうひと押しで行けそうだな。
「まあそれでもダメってんなら、まあこの仕事は下りさせてもらおうかな」
すると商人は慌てたような様子で、
「わかった! そいつも乗せていってやるよ!」
ということで俺は子供を乗せて馬車の護衛に戻るのだった。