第一話 転生したらマンボウ?よくお亡くなりになると評判です
「私の声が聞こえますか?」
優しい声が聞こえてくる。
「はい、聞こえます。誰ですか?」
「私は地球の神です。突然ですが、あなたは事故で亡くなりました」
「そうなんですか?何か実感が湧きません」
「それは仕方ありませんね。誰しも突然、自分が亡くなったことを告げられて、理解できるものではありませんよ」
「神様、俺はどうなるのでしょう?」
質問に神は答えた。
「貴方は生前、品行方正で悪いことはせず、優しい方でした。そんな貴方を私は転生させたいと思っています」
「転生ですか?それは最近はやりの異世界でしょうか?」
「はい、異世界に転生ということになります」
「そうですか、どんな生き物になれますか?」
そう尋ねると神は答えた。
「何でもなれますね。魔物やドラゴン、勿論、人に生まれ変わることも出来ますがどうします?」
「いえ、人間はもういいです。十分楽しみました」
「では、何になりたいですか?」
「ゴブリンやドラゴン、スライム等々なってみたいものはたくさんあります。ですが、私はもっと自由に生きてみたいと思います」
「わかりました。何か希望はありますか?あれば、なるべく期待に沿いますが」
「う~ん、そうですねえ」
少し考えていると、ふと頭に浮かんできた生き物があった。
「魚がいいですね、何にも縛られずに、自由に泳げたらと思います」
「魚ですか、分かりました。種類に希望はありますか?」
「特にないですね。のんびり泳げる魚なら何でも構いません」
「そうですか、なら種類はこちらで決めますね。あと、魚は命を落としやすいので、寿命以外で亡くなる際にはループ転生できるようにしておきますね」
「ループ転生?」
「簡単に言うと、同じ生物に再び転生することです」
「ああ、よく分かりました、RPGでいうところの復活システムみたいなものですね」
「まあ、そんな感じですね」
色々と話をしていると突然、体が光始めた。
「これは?」
「転生が始まりましたね」
驚く自分に、神は優しく語りかけた。
光は徐々に大きくなり、体を包み始めた。
「あなたが目覚めたら、また会いましょう」
神の声が聞こえなくなると同時に、自分の意識も遠のいていった。
………ここは?周りを見渡してみる。
青く、綺麗な風景が目に入ってくる。
「海なのか?それに俺はいったい…」
戸惑っていると、声が聞こえてきた。
「無事転生できたようですね。おめでとうございます」
「神様ですか?俺は何の魚になったのでしょうか?」
「そうですね~自分の体が見えますか?」
そう言われ、自分の体を見てみた。
縦に平ぺったい体、おちょぼ口、あと、見えないが動かすことのできる上下のヒレと、尾ビレ。
「もしかして、マンボウですか?」
「正解です。本当は稚魚からと思いましたが、何回転生するかわからないので、成魚から転生することにしました」
神は申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、むしろ助かります。ありがとうございます」
「ところで、貴方の名前ですが、生前の名前を文字って、マン次郎はいかがでしょう?」
「神様がそういうなら、俺は構いませんよ」
今さら名前に興味は湧かなかった。生前は在り来たりな名前が嫌なものだったが。
「さて、私に出来ることはここまでです。あとは貴方の思うように生きてみてください。私はいつも見守っていますよ」
そう言うと神の声は聞こえなくなった。
「マンボウか~どんな感じで泳げるかな?」
ヒレを動かして泳いでみる。
「ん~?結構難しいなあ、なかなか前に進まない」
パタパタとヒレを動かしてみるが、思うように泳げない。
(そういえば、マンボウは泳ぎが下手って聞いたことがあるなあ。もしかして難易度が高い魚なのかもしれないな)
動かしているうちに、少しずつ泳げるようになってきた。
「よしよし、大分泳げるようになってきたぞ!」
まだまだぎこちないが、前には進めるようになってきた。
となると、今度は速く泳いでみたくなるのが心情である。
「ヒレを全力で動かして、前に進む!これなら…」
思った通り、ヒレが水を切り、大きなマンボウの体が海を駆けていく。
「ああ、気持ちいいなあ。水の中を高速で駆けることが出来るなんて、最高だ!」
気持ち良さそうに泳ぐマン次郎は、ふと思った。
「そう言えば、どうやって減速するんだろう?うまく曲がれないし、岩があったら危ないよな」
フラグが立ってしまったようだ。
数メートル先に、巨大な岩が見えてきた。
「イヤイヤ!ちょっと待って、俺、減速出来ないし曲がれないし、どうすればいいのさ!?」
何かいい方法はないかと考えてみるが思い付かない。
ならばと、ヒレを動かして方向転換を試みるが全然曲がらない。
目の前に岩が迫る。もう間に合わない。
「うわああああ!!」
ガツン!と鈍い衝撃が走り、マン次郎の意識は遠退いていった。
……?誰かの声が聞こえる。何故だろう?聞き覚えがある気がする……
「マン次郎、起きなさい」
(ごく最近、聞いた声の気がするなあ)
「早く起きなさい」
「う~ん、あと3分…」
テンプレな返しだと、我ながら思った。
「とっと起きろって言ってんだよ、この寝坊助が!」
激震!としか言い様のない怒鳴り声が、頭に響いた。
「はい!すいませんでした!!」
あまりの怒鳴り声に、寝坊助ことマン次郎は目を覚ました。
「ようやく目を覚ましましたね、私です、神です」
先程とは別人のような優しい声が聞こえてきた。
「神様でしたか、失礼しました。ところで、何かご用でしたか?」
「用というか、先程の出来事は覚えていますか?勿論、寝坊の前のことですよ」
そう言われて、マン次郎は記憶をたどり寄せる。
「あ、そういえば岩にぶつかった気がするのですが、痛みもないし傷もないし、もしかして神様が治してくれたのですか?」
「そうですよ、と言いたいところですが、違います。残念なことに貴方は、岩にぶつかった衝撃でお亡くなりになったのです」
なら、なぜ自分はまだここにいるのだろう?一瞬そう思ったが、すぐに、転生の際に言われたことを思い出した。
「ループ転生。自分は再びマンボウに転生したのですね、神様?」
「そういうことですが、ただの同じ種類に転生したわけではありません。貴方は今回、岩にぶつかり亡くなりましたね。その経験が新しいマンボウに受け継がれます」
「つまり、どういうことですか?」
何が受け継がれるのかよくわからず、マン次郎は神に聞いてみた。
「次は岩にぶつかっても亡くならない、という丈夫な体になります。また原因の一つに、上手く泳げなかったという理由もあるので、事故が起こらないように、上手に泳げるようになります」
そう言われて、マン次郎は納得した。
「強くてニューゲーム。そんな感じですね!何かより、マンボウ生活が楽しみになってきました!」
「わかっていただけて、助かります。では、そんな感じで頑張って生きてください。おそらく、何度もお亡くなりになると思いますが、諦めずにマンボウ生活を楽しんでくださいね!」
不吉なことを言いつつ、神の声は聞こえなくなっていった。
自分も新しいマンボウの体で泳ぎだした。
マン次郎のマンボウ生活は始まったばかり。楽しみと不安が半々ではあるが、これからのマンボウ生活に希望を抱いて、頑張ろうと思ったマン次郎だった。