99:身内から不在回を作られそうという状況
「海浜エリア。順調なようですね」
スリリングディザイアが会議室。
そこの大モニターに映し出されている映像に、ウケカッセが眼鏡を押し上げつつほくそ笑む。
笑みを生み出す映像とはもちろん、攻略にかかる探索者たちで盛況を見せる新エリアである。
あるパーティは銛や魔法を頼りに、水棲モンスターを狩り。
別のチームは幽霊軍艦に乗り込んでホラーモンスターを相手に。
また別の者たちはコッテコテなまでの海賊の隠れ家跡で、トラップに追われつつ宝物を追っている。
「目論見どおり、一つのエリアで様々な標的を求めて冒険ごっこを提供できています。コアを奪取した甲斐があったというものです」
「あら? アナタが奪取したわけではないんじゃ・な・い・か・し・ら?」
「意地の悪いことを。我々全体の、トップであるママの活躍を指して言っているだけではないですか」
見て分かるほどの盛況ぶりに満足していたところをザリシャーレに突かれて、しかしウケカッセは苦笑交じりに肩をすくめるだけで軽く流す。
対するザリシャーレも、言ってみただけだと笑い返して軽口を仕舞いとする。
「ダンジョンアタック以外でも盛り上がってるわよ。特に新しいエリアだってことで装備品はね」
深みに落ちれば、溺れ送還は必至の海上と海辺のエリアである。
当然適した防具を新調して挑もうという探索者は多く、エリア解放と同時に発表されたザリシャーレがデザインとプロデュースした軽量な船上用防具は売れに売れている。
「はいはーい! 私のフードコートもね、シーフード系の新食材が充実して大盛況! 目白押しの新メニュー目当てのでウッハウハだよーッ!」
「そうでしょうそうでしょうとも。魚類系モンスターを求めての新しい大口取引もできましたからね」
ベルノが挙手しての景気の良い報告に、ウケカッセもまた儲かったポイントを補足しつつうなづく。
「その取引先のひとつに、商品名に魚偏に強って書くようにしようってゴリ押しされたりもしたけどねー」
「……それには多少面食らいましたが、良い取引相手には違いありませんから……それにこちらで割りのいい漁ができると、漁師や魚類モンスター専門のを誘導してもくださいましたから」
頬をひきつらせながらも、ウケカッセは良い商売相手に違いはないとうなづく。
地球の表面積。その大半を占めるのは海である。
当然海岸線、海と面した陸地はいくらでもあり、自然そうした場所に発生するダンジョンは少なくはない。
そしてそうしたダンジョンには食用としての需要が高い海産物系のモンスターが住み着くのである。
それらを専門的に狙う漁師系の探索者が現れるのもまた自然なことである。
今回の海エリアの増設は、そうした漁師系の探索者たちにも死の危険のない仕事場を提供することになった。
そして彼らにとっても安全な漁場は喉から手が出るほどに欲しかったもの。この欲望に応えて猛然と呼び込むことにも成功しているのである。
「いやはやまさに順風満帆と言う他ありませんよ。コアを奪取し、こうして整えたママ様様ですよ!」
拡大する度、お客が増える。儲けも増える。こんな状況にウケカッセはホクホク顔である。
『しかし、マスターは要殿の情報あっての稼ぎである。と、こう言われるだろうな』
「でしょうね。情報と提案あっての事であるのは間違いではありません。ありませんが、ママの働きがあったのもまた間違いではないのですが……」
「でもでもー、控えめでいい気にならないのはのぞみちゃんの良いところでもあるよねー」
「謙虚は美徳ね。でも行き過ぎなきらいがあるのもその通りなのよね」
「そうよね。もっと自信持ってくれても良いんだけど。働きとか、トランジスタグラマーなスタイルとか、ダンマスジョブとか、トランジスターグラマーなボディとか」
顔面ドアップのホロモニターで出席するバウモールのコメント。
それを皮切りに、魔神衆の口々からのぞみの控えめに過ぎた態度への思いが出る。
その話題となっている彼らの主であるのぞみ本人はと言えば。
会議室に敷かれた布団にもぐって寝息を立てていた。
それはもう気持ち良さそうにすぴょる、すぴょると。
そんなのぞみが枕としているのはアザラシのぬいぐるみ……ではなく、着ぐるみパジャマ姿の睡眠欲魔神スムネムであった。
のぞみは現在、のし掛かる重みをものともせずに眠りこけるスムネムに捕まり、強制的に夢の中へと引きずり込まれている最中なのである。
つまりはそんなことをされるまでに、睡眠時間を削って無理を重ねていたということだ。
「ええ、まったく。こんなに……スムネムに強制休眠をさせられるほどに無理を強いて、結果も出しているというのに……」
海エリアのベースになる大サイズコアの入手から、メイキング。それからテストアタックと、調整とを繰り返して一般公開までに煮詰め続けたのである。
「それで学校の課題もちゃーんとこなしてるのにねー」
どうして自信がでないのだかとベルノが言う通り、今回は大学の課題も重なって普段以上に厳しいスケジュールの中で進行していたのである。
もっとも、課題が重なって急ぎになってしまったのは、ダンジョンに集中するあまりに、ギリギリまで忘れこけていたのぞみの自業自得であるのだが。
「ベルシエルのスケジュール管理をもっと深いところまで任せるべきであるとは思うのですが……」
「のぞみちゃんには自分のペースでやりたいからーって言われちゃってるしねー」
のぞみ自身の願いもあり、ダンジョンマスター業務のスケジュール管理はともかく、プライベートな時間には魔神たちも踏み込まずに遠慮してきているのである。
「まあでも、それで今回みたいなスムネムの出番なることにもなったわけでな……プライベートな時間については、抱えてる用事の備忘録ぐらいはやらせてもらうべきであるな」
「そうね。マスターの言うことを聞いて遠慮ばかりしていても、らちがあかないモノね」
「え? のぞみちゃんの好みとかそうゆーの、ちゃんと聞ーた事なんてあったけ?」
「そこは普段からアタシの欲が勝ってる・だ・け・よ。つまりアタシは普段から、マスターを思い、マスターが望む以上を目指すことを自然にできている、ということになるわね!」
ベルノの指摘に、ザリシャーレはまるで悪びれもせずに言い放つ。
この堂々とした振る舞いには、会議室に集まった残る魔神衆も苦笑しつつ閉口するばかりであった。
そして穏やかな寝息を立てる自分達の主人へ目を向け、笑みを柔らかくする。
「ママに良きように……」
「それぞれの欲望に突き動かされる我らだけれど、この欲望だけは同じく、変わらないのだから」
魔神たちはそうして眠るのぞみに向けて団結を誓う。
直後、会議室にけたたましい警報が鳴り響く。
それにもっとも早く反応したのは、意外なことに眠りこけたスムネムである。
彼女はよだれを垂らした顔をそのままに目を見開くや、のぞみの耳に栓をする。
そして主の安眠を妨げる騒音が入らぬように蓋をするや、自分もまたとろりと夢の中へ戻っていくのであった。
「さすがはスムネム……」
眠りを守るための素早く、しかし繊細極まるこの動きに、のぞみの耳を塞ごうとしていた魔神たちは、その動作半ばに固まって、称賛の声を向けるのが精一杯であった。
「マスターの睡眠欲はスムネムに任せるとして、この警報はなにかな!?」
いち早く我に返ったベルシエルに続いて、残る魔神たちも平穏を破ったモノの正体を確かめるべくモニターに注目する。
「幽霊船が、もう一隻……?」
するとモニターには、スリリングディザイアには存在しないはずの、闇を纏うおどろおどろしい帆船の姿が映し出されていた。




