8:スリリングディザイアへようこそ
「へえ、コイツはいいな!」
そう言って手元の端末を眺めるのは、探索者の犬塚忍である。
「はい。こちら計測したお客様のデータの詳細となっております。能力バランス的には戦士系統ですが、斥候技能も持ち合わせた、ソロプレイヤータイプですね」
受付嬢の案内の通り、忍の見る画面には彼の名前と顔写真。そして力や、素早さ、魔力といった数値化されたパラメーターや探索者技能の数々が表示されている。
「せめてスタンドアローンって言ってくんない?」
「申し訳ございませんお客様。私、歯に衣着せた物言いが苦手となっております」
角と尻尾を備えた小悪魔的な見た目そのままな、受付嬢のあんまりな言い様に、忍は諦めまじりなため息をつく。
その見た目から分かるように、この受付嬢もやはり人間ではない。のぞみの従えるスタッフモンスターである。
「や、やっぱりもうちょっと、こう……言い方は、考えた方がいいと、思うな……へヒヒッ」
「オーナーのどもり、不気味笑いと同じで仕様でございます。ご自分を改めてからどうぞ?」
「ヘヒ!? ヒィ……ご、ごめんね?」
しかしその後ろ、カウンター奥に控えていたのぞみの言葉を躊躇なく切り払うあたり、実際の主従関係は怪しいものがある。
そんな二人のやり取りを眺めて、忍はため息をもう一つ。そうして頭を切り替えると、ともあれと口を開く。
「しかしこういう具体的な能力データとか、今まで無かったからよ。他人と比べてどこまでやれるかなんて勘と経験頼りでな。いやマジで助かるぜ」
他人の言う簡単や難しいが、自分に当てはまるとは限らない。
それはどの世界、どの仕事でも同じこと。
ましてや命がけの切った張ったの仕事でなら、その見極め一つで明暗はくっきりと別れる。
そこへ具体的な能力、技能のデータが加わる事が、どれ程の助けになるかは言うまでも無いだろう。
「い、今まで無かった、んですか? こういうの」
「そりゃそうだろ。せいぜいがスポーツテストのデータとか、探索実績、後は戦士だ斥候だのの自称してる役割か。そんなもんが問い合わせれば発行される程度でしか無かったんだぜ?」
のぞみの問いに、忍は苦笑混じりに語りながら、端末のリーダーに当てていたメタルカードを離す。
「即計測、その場で手渡し、しかも閲覧も簡単。こんな便利なもん、もっと早くに欲しかったぜ」
そう忍が絶賛するのは、のぞみが管理するダンジョンテーマパークの登録証だ。
「その程度で完結したものではございませんよ」
そう受付嬢が語る通り、ボーゾとパークのエンブレムである、掴みかかる両手が刻印されたこのメタルカードは、個人の探索者データ記録のためだけのものではない。
パーク入場手続きの他、探索によって得た資金も記録、施設利用料金支払いに、現金への還元にも必要な、身分証兼お財布である。
さらに使用時にはリーダーが合わせて使用者の生命波長を読み取って本人確認。使用者と持ち主が一致しなければ自動でロックがかかるというセキュリティを仕込んである。
「いやホントにマジで、これができただけでもありがたいぜ!」
「ヘ、ヘヒヒ……喜んでもらえて、なにより……です」
そんな忍からの喜びの声に、のぞみは消え入るような声で礼を言う。
ここまでありがたがられてしまってなんだが、この仕組みは、純粋なのぞみのオリジナルアイデアではない。
のぞみが読んだことのある異世界転生系ラノベにありふれた、冒険者ギルドシステムを基本にして作ったものなのだ。
むしろのぞみからすれば、パークのものと連動させられる探索者管理システムがまだ作られていないことの方が驚きだった。
だが実際に作るとなると煩雑なものがあるだろうし、そういう世界や発想に馴染みがあって、気軽に作れる環境が揃わないと形にはならないのかもしれない。
「この仕組みは課長にも報告させてもらうぜ! いや、むしろこれそのまんま使わせてもらった方がいいか! なあ、どうだ!?」
「ヘヒャイ!?」
カウンターを乗り越えかねないほど勢い込んだ忍の提案に、のぞみは奇声を上げて後ろへ跳ね逃げる。
「あ、や……悪い脅かすつもりは無かったんだ」
「い、いいぇ……わ、私こそ、私なんかが……なにをこんな大げさに……」
忍は事情を知った上で距離を詰め過ぎたこと。
のぞみは過敏に反応し過ぎたこと。
二人はそれぞれの非を詫びようと互いに頭を下げる。
「やれやれ。ウチのオーナーは繊細なんですから、気をつけていただきたいですね。いや、もういっそのこと半径3メートル以内に入らないで下さい」
だがその間に、慇懃無礼な物言いが割り込む。
「なんだと!?」
「おや、耳が悪いのでしょうか? ではもう一度。手塚オーナーは繊細なので、貴方のような粗暴な方には3メートルは距離を開けていただきたい」
のぞみの盾になるように間に入ったウケカッセの言葉に、忍は眉を吊り上げる。
「だ、ダメ……し、失礼だよウケカッセ」
そのウケカッセのあんまりな言い様に、のぞみは一言注意する。
「そ、そう、ですか……申し訳、ありません」
何気ない、きつすぎる言葉を正そうとした言葉だった。だがその一言に振り返ったウケカッセの顔は、まるでこの世の終わりにぶち当たったかのようであった。
「マ……いえ、オーナーが仰るのならば、はい……下がります。出すぎた真似を、いたしました」
「ち、違う! 助けに入ってくれたのは嬉しい! で、でもあんな言い方したらウケカッセが嫌われる、かなって……ヘヒヒッ」
ママと慕う主に叱られ、絶望に染まった顔でうなだれたウケカッセ。
それにのぞみは慌てて足りない言葉を付け足して、尻すぼみになりながらもフォローする。
「そうでしたか! オーナーの暖かな心遣い、誠にありがたく存じます!」
するととたんにウケカッセの顔は活力の輝きに満ちて、その背筋と共にシャンとする。
「さて犬塚殿? 先ほどの我々の登録証システムをそのまま持ち出し広めたいという話ですが、当然相応の対価は支払っていただけるのですよね!?」
「お、おぅ……そりゃ、まあ……な」
その豹変ともいうべき切り換えに、忍は怯む。というか軽く引く。
これでもまだウケカッセが自重していて、のぞみを出会うなりママと呼んだことを知ったならばドン引きだったことだろうが。
「ほうほうほほう! すばらしい! ではすぐにでもお買い上げいただきましょう! お値段はスキャナー一台これくらいで、なんと持ち合わせがない? 仕方がありませんね。今後、当方のダンジョンで上げた収益から引かせていただくことにいたしましょう」
「いや待て、待て待て待てい! 勝手にぐいぐい進めるなあ! 俺は確かに欲しいと言ったし、広めた方がいいとも思ってる! が、実際の導入まで勝手に一人で決められるわきゃ無いだろうがッ!? 実際使うダンジョン課にその気がなきゃよ……」
放っておいては予定外のデカイ買い物をさせられてしまう。
危機感を感じた忍は、慌てて一方的に進む商談にストップをかける。
「でしょうねえ。そうでしょうとも」
しかしにもかかわらず、ウケカッセは微笑みを浮かべてうなづく。
この事のすべてが読み通りに進んでいるといわんばかりの余裕の態度に、忍は後ずさりする。
「ではダンジョン課の川浜課長へは後日売り込みに参りますので、その時の後押しは期待させていただきますね?」
「お、おう? それくらいなら、まあ……いいよ。やるぜ」
「そうですか、助かります! 現役探索者である犬塚殿の熱烈な後押しがあれば、私どものこの商談も成功間違いなしでしょう!」
「お、おう? いや、確かにやるとは言ったし、おすすめもするつもりだが……成功間違いなしかって言われると……」
「ええ、ええ! 交渉は私ども次第ですとも。しかしこういうものは熱意と根気もまた大切でしょう? 犬塚殿ならば、きっと約束を守って誠実に後押しし続けてくださいますよね? たとえば、試させてほしいというのなら、そこにかかる費用を負担してくださったり、とか」
「おぐぅお!? ちょ、待て!? マジで? マジか? マジでか!?」
「はっはっは。それこそまさか。冗談ですよ。冗談。本当に費用負担してくださっても、私は一向にかまいませんがね」
「ったく、冗談きついぜ」
にんまりと笑みを深めて言うウケカッセに、忍は肩をすくめて嘆息する。
「う、うわぁ……えげつない」
が、それを見ていたのぞみはウケカッセのやり口に引いていた。
ウケカッセは最初から犬塚に金を出させるつもりはなく、商談の協力を確約させるだけの予定であった。
しかしあえて断られる前提でより踏み込んだ要求をしておいて、譲歩する形で本命を突き付ける。
一度渋り、それを通させたという流れを相手に刷り込み、その次を断りにくい心理を作る手段である。
交渉事においてはよく知れた手法ではある。だがそれでこうまで狙っていた形にねじ伏せるウケカッセの剛腕には、のぞみとしては引きつり笑いを浮かべるしかなかった。
「まあとにかく、だ。ここでいつまでもくっちゃべってても進まないしな。いい加減、試し潜りに行かせてもらうぜ?」
「は、はい! わ、分かりました。それでは、ゲートを開きますので、いってらっしゃ……」
「おぉっと、おいおいのぞみ? ゲートオープンはいいが、こういう場面ならもっとふさわしいセリフがあるんじゃないか?」
送り出そうとしたところで、突然ボーゾが肩に上ってかけた待ったの言葉に、のぞみは首を傾げる。
「ヘヒ? ふ、ふさわし、い?」
「おう。俺たちはお試しの、とはいえお客を迎えるんだぜ? ちょいと今のじゃ味気ないだろ?」
訳が分からないとひきつり笑いで固まるのぞみへ、ボーゾはウインク交じりにヒントを出す。
それを受けてものぞみはピンとこないのか目をぱちくり。
しかし間を置きながらも答えに行き当たるや、正面から忍に向き合う。
「す、スリリングディザイアへ、ようこそ……へ、ヒヒヒッ」
小柄な娘による上目遣いな歓迎の言葉。
だが猫背が生み出す卑屈な空気と、添えられた不気味なひきつり笑いが、そのシチュエーションのすべてをぶち壊しにしていた。
「おぉ、もう……」
これにはボーゾ以下スタッフ一同、頭を抱えるばかりであった。
今回で連日更新は最後になります。
今後は週一、なるべく水曜日に、という形で不定期更新とさせていただきたく思います。
今後もお付き合いいただけましたらうれしく思います。