7:生まれた経理担当がとんでもないのだった
「ヘヒッ、ヘヒヒッ! チェンジダンジョン!」
妙なテンションののぞみが、手のひらに指を走らせる。
ズバァ! ドビシュゥ! と、そんな擬音さえ帯びた勢いに従って、正面の大画面で形作られていくモノがある。
それは建物の3Dモデルだ。西洋風の石造りの城か、あるいは砦か。どっしりと堅牢な構えをしている。
しかしその一方で、付け足されている装飾はどこかコミカルで、幼児向け番組の着ぐるみが懸命に威嚇しているようなおかしみがある。
そんな建物の試作モデルというか、設計図作成作業が行われているこの部屋は、のぞみたちが制圧した病院ダンジョンの最深部。つまりはボス部屋だ。
と言っても、共通しているのはダンジョン最奥という位置だけ。
内装はもうまるっと切り替えられていて、壁一面のモニターと、ローテーブルを中心にしたリビングといった風情だ。おまけにキッチン、風呂、トイレに繋がったドアもあり、住み処としても問題ない形が整えられている。
出坑市ダンジョン課、川浜課長の前に出され、土地の権利についての協力を得られたのぞみは、すぐさまマスター専用の直通ゲートで帰還。ダンジョンの改修に入ったのだった。
その第一手がボス部屋を大改修したこのくつろぎの空間であり、現在は次の段階としてベースとなるダンジョンパークの施設の設計を行っているところであった。
「おお、すいすい行くなあ」
「クックック、クリエイティブ……こういうの、似た感じのサンドボックスゲーで慣れてるから……得意、へヒヒッ」
テーブルの上に寝転がったボーゾのコメントに、のぞみは甲高い笑い声を上げながら手を動かし続ける。
控え目を通り越して卑屈の域にいるのぞみが得意と言うだけあって、手の動きとモデルの組み立てに淀みはなく滑らかだ。
「こりゃダンジョンマスターの能力は得るべくして得た力だったってわけだな。まあ、欲望の魔神たる俺とつながっての力が本人の適性と外れることなんざありえないがな」
「て、天職……ヘヒヒヒッ」
「だろ?」
うなづくのぞみに対して、ボーゾは満足げにその金色の髪をかき上げる。
「……が、それはそれでいいとしてだが、ちょいと見過ごせない問題もあるな……っと、話があるから少しばかり手を止めてくれな」
「ヘヒ?」
ボーゾの座り直しながらの言葉に従って、のぞみは首を傾げつつもダンジョンを改装作業の手を止める。
そうして素直に話に集中する形になった相方の姿にうなづいて、ボーゾは話を切り出す。
「さて、のぞみがダンジョンを作ったりなんだり、そういう管理をやるのに向いてるってのは間違いないが……人間に対応するのにはまるで向いてないんだよな」
「ヘヘ、ヒヒヒ……」
課長室で見せた実態もあって、のぞみにしてみれば誤魔化し笑いしか出せない。
だがそんな笑いで誤魔化せるほど甘い状況ではない。
のぞみがやるのは、このダンジョンをテーマパークとして、たくさんの人間に探索者をやらせることだ。
そうしてすでに始まっている異界との融合をなるべく滑らかなものとして、地球への影響を最小限にとどめなくてはならない。
「だが、のぞみに客の相手しろってのは……大器小用、ミスキャストもいいところだもんな」
「む、ムリゲー……! それなんてムリゲ?」
単純に来園者を捌いていくのさえ荷が勝ちすぎてるほどなのに、ダンジョンを商売にするなら企業レベルの相手とも交渉しなくてはならない場面も出てくるだろう。
明らかにのぞみには向いてない。
「そういうのは、ボーゾがやってくれるんじゃ、ない?」
渉外は完全にボーゾに任せるつもりだったのぞみは、汗の噴いたひきつり笑いを浮かべて首を傾げる。
だが対するボーゾの反応は、ため息混じりにかぶりを振る、バッサリとしたものだった。
「冗談なしだぜ。あの二人はスルーしてくれたが、人形にしか見えない小人相手にまともに話をしてくれるかよ」
「か、完全体! あの金髪イケメンな完全体で!」
「んなもったいない使い方できるか!? 第一あの姿は今は無理だ! お子さまボディでもすぐにバテるってのに!」
「そ、そんな……ッ! じ、じゃあ、大人になんてなれなくていい、ならなくてもいいからとにかく交渉事をやって! 私にはムリ、ムリゲー!」
「いや、なんでなんでそうなる!? もっと向いてるヤツを用意すればいいだけの話だろうが!」
テーブルに突っ伏し、すがり付くように腕を回すのぞみに、ボーゾは言葉を叩きつける。
「へ? それってつまり、人を雇うってこと? む、むむムリ! 面接するとかそんなのムリ!」
「分かってんだよんなことはよ! だから作ればいいって話だろうが!?」
「つ、作る?」
「そうだ。いくらできることが多いって言ったって、手があるに越したことはないだろ? だからせっかくなら、お前の苦手を埋めてくれる奴をダンジョンモンスターとして作って配置すりゃいい、だろ?」
のぞみのオウム返しに、ボーゾはそう言ってウインクを一つ。
そのモンスターで人員を。という提案に、のぞみは座り直しながら、視線を泳がせる。
「で、できる、かな? そんなにうまく、頼もしいのを作ろう、なんて……」
「まあ、なりたてのダンジョンマスターでどこまでって、のぞみの不安は分かんないでもないぜ」
のぞみが自信を持てない一点を察し、ボーゾもそれを認めてうなづく。
「でもまあ、俺も根拠なしに言ってるわけじゃないからな。だまされたと思ってやってみ?」
「う、うん……分かった」
しかしその上でなお、試してみろと繰り返し進めるボーゾに、のぞみはうなづいてモンスタークリエイトに入る。
テーブルの上に現れた円筒型の光。その中には、立ったままのボーゾを包めてしまいそうな白く丸い塊が浮いている。
卵か、粘土塊のようなそれを前に、のぞみは腕組み唸る。
「交渉をやって貰うなら人型だけれど……やっぱりまず練習に簡単なのから! やり方の把握は、大事!」
そう言ってのぞみは、光の筒に手を突っ込む。だがその指先が卵形の塊に触れると同時に、別方向から飛んできた小さな光が、卵の中に吸い込まれる。
「ヘ、ヒ?」
この瞬間を待っていたんだとばかりの乱入者に、のぞみは目をまんまるに見開く。
何気なくその目が流れた先には、片手をかざしたボーゾの姿がある。
「ボ、ボーゾ……?」
「大丈夫。まあ見てなって」
何をしたのかと続けようとしたのを遮られて、のぞみは自分の出した卵に目を戻す。
ボーゾの出したものらしい光を受け入れた卵は、筒の中で二つ、四つと一塊のまま分裂し、膨らみ始める。
そのままボコボコと倍々ゲームに分裂は続き、やがて光の筒を内側から弾けさせる。
「ヘヒィッ?!」
目の前で起きたこの爆発に、のぞみはたまらず頭を抱えて庇う。
「ぼ、ボーゾ! これで何が大丈夫なん!?」
そして爆発の余波が過ぎ去った後で何か仕込んだらしいパートナーに抗議する。
「……って、ぼ、ボーゾ!?」
「むぅ、おぉお……」
しかし当のボーゾは爆発の余波でひっくり返って、目を回している。
「へ、平気……!?」
「お、おう……俺は大丈夫だが……成功したのか?」
のぞみに助けられて身を起こしたボーゾは、それよりもと爆発を起こしたものの結果を求めて視線を巡らせる。
それに倣ってのぞみもまた飛び出したものの姿を探す。
「ご心配なく。もちろん成功ですとも」
そこへ投げかけられた声に、のぞみとボーゾが揃って振り向けば、部屋の出入り口近くで深々と腰を折るスーツ姿の男が一人いる。
「金銭欲のウケカッセ。我が主の導きによってここへ」
丁寧なあいさつをして眼鏡をかけた細面を上げるウケカッセ。
眼鏡の光るその顔立ちは、金銭欲を自称するだけあってやり手のサラリーマンといった風で、利益、儲けへの飢えでギラつき輝いてすらいる。
上に立って部下に使った場合、下手を打てば利益のために引きずり降ろされそうな雰囲気さえある。
「よお。よく出てきてくれた。お前がいなきゃどうにもならない感じでな。思いっきりこき使ってやるからそのつもりでな」
「光栄です。存分にお使いください」
しかしボーゾはまるで気にした様子もなく、馬車馬扱いを宣言。そしてウケカッセの方もまるで抵抗なくそれを受け入れる。
「それでこの方が……」
続いてウケカッセはその眼鏡の奥の瞳をのぞみに向ける。
「ああ、紹介するぜ。彼女が俺たちの新しい仲間。こっちの世界での俺のパートナーだ。で、のぞみ。こいつはウケカッセ。俺が元居た世界で、俺の金庫番やっててくれた奴だ」
「ヒ……て、手塚、のぞみ……です。よ、よろしく……」
ボーゾの紹介を受けながら、ウケカッセは奥底まで価値を見切ろうとするような目でのぞみを見つめる。
対するのぞみはその眼光に気おされながらも、どうにか自己紹介をすませる。
「ママァー! あなたがこの世界でのママなのですね!? ママァーッ!?」
「フヘヒィッ!?!」
だが感極まり抱き着いてきたウケカッセの思いがけぬ言葉に、のぞみは目を白黒させることしかできなかった。
二十日までの連日更新中です。
読んで気に入っていただけましたら何よりです。