6:ぼっちに無茶苦茶言わんでください
「それで、説明してもらえるかな?」
穏やかに問いかける声。
「あ、わわ……あわ、わわわ……」
であるがしかし、声を投げかけられたのぞみはソファの上で縮こまり、ガタガタと震え続けている。
「うーん……本当に手荒な真似はしてないんだよね?」
とても話の出来そうにないのぞみの様子に苦笑するのは、スーツを着た細身の男だ。
男は柔和な顔立ちではあるが、どことなく胃腸を患っていそうな印象がある。痩せているのも、降りかかる苦労に肉を削がれているのだろうと見える。
しかしそんな男の穏やかな空気も、のぞみにはまるで通じていない。緊張はほぐれるどころかますます硬くなり、その小さな体は細かく震えるだけであった。
「そんなワケがないでしょうが川浜課長。繰り返しますけど、ダンジョン化した病院の階段を落ちてきたのを受け止めて、ここまで連れてきただけですって」
「うん。まあ、犬塚君が言うならそうなんだろうねえ」
冗談でも心外だと疑いを否定するのは、のぞみが制圧したあとにダンジョンにやってきた探索者、犬塚忍だ。
彼に受け止められた後。うっかりとこぼした一言のためにここへ、出坑市のダンジョン対策課の課長室へ連れてこられたのである。
課長室そのものは、持ち主の川浜に合っていて落ち着いた内装である。であるがのぞみの精神安定にはまるで役立っていない。
それはともかく、物騒な装備を外した探索者の反論に、ダンジョン課長はしみじみとうなづいて。しかし困り顔でのぞみを見る。
のぞみはうつむいていて、黒髪がカーテンになっているが、それごしにも分かるほど明らかに顔色が悪い。過呼吸症状を起こしてはいないかと心配になるくらいだ。
「大丈夫。落ち着いて。ただそこの彼に言った事を、僕にも詳しく話して欲しいんだよ。あのダンジョンには、もう怪物が湧かないんだって?」
「う、あぅ……」
だがのぞみの舌は強ばりもつれるばかりで、口からはうめき声がもれるばかり。
のぞみも本当は黙っていないで、犬塚のフォローなりなんなりをしたかった。だが喉も舌も乾いて固まってしまったかのように動いてくれない。
彼のせいではない。
湧かせないようにできている。
こんな短い言葉すら思うように言えない自分が、のぞみは悲しく、悔しく、そして恨めしかった。
のぞみはそんな胸の内に渦巻く自己嫌悪に下唇を噛み、抱えた帽子をくしゃりと潰す。
「ああっとごめんよごめんよっと。コイツひっでえコミュ障だもんでよお」
そこで唐突に飛び出した手のひらサイズのボーゾが、のぞみの腕に腰掛ける。
「そ、れは……?」
「あー、のぞみのあんまりな有様を見かねて出てきた、助手人形のボーゾ君だ。あ、ボーちゃんはやめてくれな? なんかハナタレな感じがするし」
「う……んむ? 助手人形というのは?」
「おう。ダンジョンマスターって言ったって、サポートなしじゃあっぷあっぷになっちまう、だろ? ダンジョン管理からその他もろもろ、マスターの助手をやる、使い魔人形ってヤツだぜ!」
「ぼ、ボーゾ?」
突然に割り込み、人形を自称しはじめた相棒の名をのぞみは呆然と呟く。
するとボーゾはのぞみの顔を見返して、黙ってうなづく。
俺以外は見なくていい。気にするな。話すのも俺に向かって言えばいい。
ボーゾがそう心に語りかけてくるのを受けて、のぞみの意識は目の前のパートナーだけに集中していく。
すぐそばにいる二人の気配が遠のいていき、周囲の景色もまたおぼろげであいまいなものになっていく。
そうして自分と、心だけで対話できるほどにつながった相棒だけしか認識できない状態で、のぞみは深呼吸を一つ。それは張り詰め強張った心と体を解して、柔らかく凪いだ水面のように整えてくれる。
「あ、ありがと……ヘ、ヘヒヒ」
ありがたくも、同時にボーゾにやらせてしまった自分が情けなくもある。だが落ち着きを取り戻したのぞみは、パートナーの気づかいに答えようと、感謝だけを言葉にする。
「……それで、ダンジョンマスターって言ったか? それがお嬢ちゃんの能力なのか?」
「う、ぁ……はぃぃ……」
「うんうん。そのとおり。とのぞみは言ってる。どんな能力か? 名前のまんまだぜ。ダンジョンの主となり、意のままにする力さ」
落ち着いて、ずいぶんとマシになったものの、結局満足に返事もできないのぞみに代わって、ボーゾが説明に入る。
「つまりはこういうことかね? すでに君たちはあの病院跡のダンジョンを支配している、と?」
「その通りだが、ダンジョンを私物化しようと思って行ったわけじゃない。のぞみはたまたまあそこに引っ張り込まれて、この力に目覚めて、偶然ダンジョンコアを取り込んじまったってわけさ、な? のぞみ?」
「へ……へヒヒッ」
まるきりの嘘ではないが、誤魔化しの入ったその説明に続く目くばせに、のぞみはカクカクと首を縦に振るばかりであった。
それはぎこちなく不自然な動きだ。が、逆に見るからにコミュ障なミノムシ女の仕種としては、ごく自然なものであった。
実際それまでの、ガチガチになってまともにしゃべれなかった有様もあって、川浜課長と犬塚からはまるで疑っている気配が見えない。
「まあたまたまとはいえ、勝手に制圧しちまったのは問題があるってのはのぞみも俺も分かっちゃいるが、感謝してもらいたいところもあるんだぜ? なにせあのまんまじゃ今ごろモンスターが外に溢れ出てたかもしれないからな」
「まあ、それはな……そのために俺が掃除に入ったワケだからな」
いくら人が離れた土地であるとはいえ、モンスターが溢れ出れば一般人が犠牲になる可能性は高い。
それを未然に防ぎ、掃除の手間と危険をも省いたことには間違いない。
「そのことについては感謝申し上げます。しかし、それで君たちはどうするつもりなのだね? まさかダンジョンの主をやるつもりはないだろう?」
「そりゃもっともな質問だ。しかし、撤去を……というか、ダンジョン化の解除を頼んではこないんだな?」
「なんだかんだで、あそこの人形どもの残骸は、再生プラスチックのいい原料になってたんでな。それに、一般人に言わせりゃ解除したところでまたダンジョン化しないとも限らんってのが強いだろ?」
「それでも、解除がもし出来るのでしたら、それはそれで活用する方法はあるのですがね。まあ、人の寄り付きたがらない土地相応の、にはなりますが」
「ふんふん……だ、そうだが、どうするんだ、のぞみ?」
犬塚と、川浜の言い分を聞く限り、ダンジョンの存続そのものは問題ないようである。むしろダンジョンでなくなっても扱いに困る面すらあるように聞こえる。
それならばと、のぞみはもし自分で使えるならと考えたアイデアを口にするべく、深呼吸を挟んで気持ちを平らかにする。
「て、テーマパークで……」
「テーマパーク?」
だがやはりダメ。
ようやく絞り出した単語だけでは伝わるわけもなく、三方から一斉にオウム返しを食らう。
「や、あ……と、安全、遊び感覚……で、素材をお持ち帰り。みんな、儲かる……でも油断してると、失敗……ヘ、ヘヒヒッ」
頑張って説明をするのぞみであるが、片言喋りの断片的な情報では伝わるわけもない。犬塚と川浜からもらえるものは、理解に苦しんでの困り顔ばかりだ。
「うんうん……ふむふむ」
しかしボーゾはしっかりとのぞみの目を見返して、その奥にある青写真を読み取っている。
「……つまり、潜ってもケガをしない、でも素材を持ち帰って売りさばくことで八方丸儲けな遊び、要はダンジョンRPGごっこ……って言うのか? まあ冒険ごっこか。そういうのメインにしたテーマパークをやりたい。と、のぞみは言っている」
「まさか、そんなことができるのかッ!?」
「出来るから言ってる……んだよな、のぞみ?」
確認を取るボーゾに続いて、ぐいっと顔を寄せる犬塚に、のぞみは慌てて何度もうなづく。
「いや近い、近いよおっさん! のぞみを脅かさないでやってくれって」
「お、おお。すまんすまん」
平謝りに身を引く犬塚に、のぞみはぶんぶんと首を横に振る。
「ダンジョン潜りってのは、どうしてもケガは付き物だろ? 大ケガしたり、死んだりすることだってある。それが無くなるとなったら、な? で、俺はまだ二十六だから、おっさんは止めてくれな?」
「いや、子どもからみりゃ変わんないだろ?」
「なにをぅ? 大違いだろうが?」
そうして犬塚は、ボーゾと二十六歳がおっさんかどうかという話に入ってしまう。だがその前の言葉は、のぞみも身を以って知っている。
のぞみは今回、運良くかすり傷と打ち身程度ですんだが、危ないところはいくつもあった。ダンジョン探索は常に危険と隣り合わせ。いくら儲かろうが、命と健康をベットするギャンブルには違いない。
だからその辺りを取り除けば。と、のぞみは考えたのだが、今の犬塚の食いつきを見るに、のぞみが思う以上に現役のプロからも喜ばれることになりそうだ。
「ふむ。魅力的な計画ですね。こちらとしてもなるべく協力したいところです。それで、現状一番の問題なのは……」
「ふ、不法占拠、状態……ヘヒヒッ」
「なるほど。何をするにせよ、そこは何とかしないといけませんね。できる限り何とかしてみましょう」
自分を指さし強張り笑いを浮かべるのぞみへ、川浜は苦笑交じりにうなづくのであった。
二十日までは連日更新が続きますよ。
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