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5:ドロップしたコアを手に入れたら次の主人に認定されていた

「ヘ、ヘヒ……ヘヒヒッ……し、死ぬかと、思った……ヘヒヒッ」


 切り刻まれて、ピクリとも動かなくなった手術台の化け物。

 その残骸を前に、のぞみはいっそう強くひきつり笑いを溢しながら、ドアを支えに立ち上がる。


「いやあよくやったぜマジで! 俺が思ってた以上だったわ!」


「そ、そう……? 嬉しいな……ヘヒッ」


 共にこの窮地を脱した相棒が、胸の谷間で弾んだ声を上げる。

 それにのぞみは照れ笑いを隠すようにうつむく。


 その姿は、凶器が散乱して血で汚れた手術室という場も相まって、見る者によっては白目剥いて泡噴いて倒れかねないような雰囲気になっている。


 だが今ののぞみにとっては、端からどう見えようが些細なことでしかない。

 パートナーと手を取り合い、危機を乗り越え成し遂げた喜びに充実している今は。


 そうしてのぞみがホラーな照れ笑いをしていると、手術台の残骸から光を放つ何かが落ちる。


 高く澄んだ音をたて、浅く跳ねた光る玉。それは床を転がってのぞみの足元へ。


「……なに、これ?」


 のぞみはつま先に触れた玉を拾い上げる。が、何かと目を凝らして見てみるよりも早く、手の中に溶けるようにして消えてしまう。


―新たなダンジョンマスターを認証しました。ご指示を―


「フェヘヒィッ!? な、なに!? 光る玉消えて新しいダンジョンマスターが誰?!」


「ちょっと落ち着けって……」


 立て続けに襲いかかる情報にのぞみは浮き足立つ。ボーゾはその胸元で揺さぶられながら、相棒を呆れ混じりになだめる。


「これはアレだ。いまさっきのぞみが掴んだのがここのダンジョンコアで、のぞみにマスター権限が移ったと、こういうわけだ。ここまでは大丈夫か?」


「う、うん……いやでも待って? と言うことは、今日たった今から私がここのボスってこと? モンスターってこと? 私は人間をやめたぞーッ! って、こと?」


「いやそこは違うから落ち着けって。ダンジョンボスになったのは違いないが、人間のまんまだから。ダンジョンマスターって役割なだけの……」


 のぞみが混乱のあまりに舌と目玉をぐるぐると回す。それをなだめるボーゾだが、ふとその言葉をつまらせる。


「な、なに? どうしたのボーゾ? やっぱり私どっかおかしくなってるのかな? や、どっかがおかしいのは元からか……ヘヒヒッ」


「いや違うから。俺は何もそんなこと言ってないだろが。早とちりすんなってえのに……」


 不安のあまりに自虐までしはじめたのぞみに、ボーゾはため息を吐きつつ突っ込みを入れる。


「しかしそうか……ダンジョンマスターか……なるほど、だからか! ……フ、フフハハ! コイツはいいッ!」


「いやあの、ダンジョンマスターになっちゃった……それは分かった。けど、もうちょっと詳しいところも説明して欲しいな……ヘヒヒッ」


「うん? ああ、そうだな。じゃあまずは訂正ひとつだ。のぞみはダンジョンコアを吸収したからダンジョンマスターになったんじゃない。ダンジョンマスターだったからマスター権限を奪い取れたんだぜ」


「ど、どういうこと?」


「いや考えてみれば当然のことだったんだが、特定の範囲内だが罠を仕込んだりする魔法とか、どう考えてもダンジョンそのものに干渉してるだろ? つまりのぞみが俺と結んで手に入れたのが、最初からダンジョンマスターの力だったってこった」


「な、なるほど……へヒヒッ」


「おう、適当に笑ってごまかすなよ?」


 ざっくりとゲーム的に言ってしまえば、のぞみはメインにせよサブにせよ、ダンジョンの支配者たるクラスを得ていたということになる。

 のぞみは知らず知らずのうちに、その力でもってダンジョンを攻略し、コアを手にしたことで完全にこのダンジョンの持ち主に納まったということだ。支配するダンジョンを得たことで、ようやくまともなダンジョンマスターになったともいえるのだが。


「えっと、と言うことはとにかく、このダンジョンは私のものになったっていうこと?」


「そうだな」


「いやちょっとムリ、ムリじゃない?」


「何がだ?」


「だってこんな……いくらダンジョン発生で暴落してるって言っても、こんな広い土地買えるお金なんかどうしようもないし……ヘヒッ」


 何かと身構えてのぞみの言葉を受けたボーゾは、その内容に肩を落とす。


「俗っぽい心配するなぁ、オイ」


「げ、現実的な心配、だよ?」


 ボーゾは呆れるが、のぞみの心配は決して的外れなものではない。


 土地や建物が他人様のモノのままで、そこにあるダンジョンに居座るのは不法占拠だ。ここを無視すれば必ず面倒なことになる。ダンジョンに住み着いてるのをいいことに、それこそダンジョンモンスターと同じように扱われかねない。


「……面倒くさいな。まあでも、ちょっと何ができるか試してみるくらいはいいだろ?」


「そ、それもそうだね……ヘヒヒッ」


 それじゃあと、のぞみは手のひらにダンジョンマップを呼び出す。


「な、なんか色々……増えてる?」


 呼び出したマップはコアを手に入れる前とは違い、端にいくつかアイコンが追加されている。


 のぞみはとりあえず、そのなかのトラバサミのようなアイコンに触れると、同じ色で光っているドアのポイントをタップ。


 するとドアロックが作動中との表示が出たので、それを解除する。

 直後、のぞみの真後ろのドアがひとりでに開いて、驚きのあまりに低い声を上げてビクリと跳ねる。


「な、なるほど……カギの開け閉めコミコミの、ギミック設定……」


 のぞみは呟きながら別の、ハンマー型アイコンをタッチ。それでさっきと同じくドアのところに触れれば、ドアを消したり付けたり壁にしたりできてしまう。


「ヘヒッ! 面白い……ヘヒ、ヒヒヒヒッ!」


 追加されたダンジョンエディタ能力に、のぞみは上がったテンションのまま、ポチポチと手のひらの中でダンジョンを作り替えていく。


 小さなのぞみ一人の気まぐれで、大きな迷宮の中身が音もなく消えて、作られ、組み替えられていく。


「ヘヒッ……そうだ、これはちょっと行ける、かも?」


 そうして遊んでいるうちに、のぞみは閃きを掴んで笑みを深める。


 しかしそれを相棒に伝えようとするのを遮って、魔法のハンディマップが赤く光り、甲高い音で鳴く。


「な、なに!?」


「調子こいて遊びすぎじゃね?」


「そ、そう? ……かな? かも、ね……ヘヒヒッ」


 ボーゾの軽口にひきつり笑いを溢しながら、のぞみは赤い警告を発し続けるマップを操作する。


「侵入者か」


「み、みたいだね」


 警告の出どころを呼び出せば、明滅する赤い光点のある入り口エリアが。


―侵入者に対処してください。排除を推奨します―


 アナウンスの通りに、モンスターとギミックのアイコンが使えとばかりに自己主張をする。


 だがのぞみはそれを無視して、マップ上の侵入者をタッチ。その指を手のひらの外へ滑らせる。


 しかし、それはもちろんダンジョンから摘み出そうとしてのものではない。


 指に弾き出された光は見る見るうちに広がり、のぞみのすぐそばで長方形の光の枠を作る。

 その枠の中では、防弾仕様のラウンドシールドと片手用のハンマーを手にした成人男性が、警戒もあらわに周囲を見回している。

 ただ、シールド以外の防具はプロテクター付の防刃防弾スーツにヘルメットといった出で立ちで、ファンタジー感は欠片もないものであるが。


「こ、ここの……掃除に来た、人かな?」


「だろうな。ま、もう間に合ってるんだがな」


 せっかく医療系コスプレ人体模型に対策した装備に身を固めて来たにも関わらず、ターゲットが影も形もないのは、少しばかり不憫ではある。


「で、どうするんだ? 接触してみるのか? いっそこっちから出向いて……? おい、のぞみ?」


 唐突に揺れ始めたのぞみの体に、その一部に納まっているボーゾは訝しげに顔を上げる。

 すると青い顔をして冷や汗を垂らすのぞみの顔が目に入る。


「ど、どどどどどどうしよう!?」


「どうするって、免許なしにダンジョンに入ったって特に罰はないんだろ? ケガしようが死んでようが自業自得ってなるだけで」


 ダンジョンにおけるケガや死亡について一般人に保障されるのは、発生から発見前のものと、外にあふれ出したモンスターによる被害、そしてプロ探索者を護衛として雇っていた場合のみである。


 探索者免許を得れば、同時にダンジョン保険なるものを勧められることになるが、これに免許もち以外が加入することはできない。加えて、これ以外に既存のダンジョン内部で発生した負傷や死亡に対応している物はない。

 これはダンジョン発生の極初期のころに、ダンジョンを利用した保険金殺人の事例があったためである。


 入ったところでお咎めはないが、代わりに何の保障もない。それがまだ試行錯誤の段階にある対ダンジョン法の現状である。


「は、ははは……話を、するのは、ボーゾがやってくれる? せ、接触したにしても……へヒヒッ」


「はあ!?」


「い、いやだってその……知らない男の人としゃべれとか、何そのムリゲー……」


「いや、俺とは初対面でも喋れてただろうがよ?」


「ぼ、ボーゾの時はそれどころじゃなかったし、それに縮んだし……に、人間の男とかムリ、ムリムリ!」


「俺はこっちに来るときにつながりができてたからか……」


 のぞみは勘弁してくれと、青ざめた顔をぶんぶんと横に振りまわす。あまりにも必死なその有様を見て、ボーゾはとにかく自分相手のようには行かないと悟り、ため息をつく。


「……じゃあどうするよ?」


「に、逃げよう! 見つからないように!」


「お前、それでいいのか?」


 のぞみの素早く、迷いのない逃げの選択に、ボーゾは苦笑を浮かべる。


「でも、それでいいんだよなあ。のぞみの芯からの欲望はそれだし……のぞみのやりたいようにやるがいいさ」


「はいな!」


 好きにしろと言われるやいなや、のぞみは途端に顔色を取り戻して、外を目指して動き出す。


「う、うっかりかち合っちゃったりしないように……へヒヒッ」


 小走りにフロアを進み、階段を下りながら、のぞみはツイツイと指先をマップに走らせて出入り口近くの探索者とぶつからないように通路をいじっていく。


「罠は仕掛けたりしないのか?」


「そ、そんなことしないよぉ!? 会ったこともない人だし……!」


 避けたい相手の位置はマップに出ているのだ。通路の形もいじっているし、ましてや恨みも何もない相手だ。避けるだけならこれ以上の細工は必要無いと、のぞみは判断している。


「分かった。お前がいらないってんなら、それでいいさ」


「な、なんか、引っかかる言い方……」


「そうか? 欲しくないなら欲しくないでいいだろってだけだぜ?」


 相棒の言葉に首をひねりつつも、のぞみは次のフロアを確認しようとマップに目をやる。

 が、それがいけなかった。


「ヘヒッ?」


 よそ見して階段へ踏み出した足は空を踏み、そのためにのぞみの体はバランスを失って宙に投げ出される。


 固い床との衝突に、のぞみは目をつむって身構える。だが実際に襲った衝撃は、覚悟していたものとは程遠いものだった。


 ぶつかったものは、ゴツゴツと固くはあるがしかし、激突をそのまま跳ね返すのではなく、受け止める強さと柔軟さを兼ね備えている。

 のぞみは、この床とは明らかに違う感触をいぶかしみながら目を開ける。


「おい、大丈夫かッ!?」


 そこへかけられた無事を尋ねる声に顔を上げれば、そこには避けて通ろうとしていた探索者の男の顔がある。


 避けようとした相手に、なぜ受け止められているのか。

 だが別におかしなことではない。


 探索者の男は目の前で壁が入れ替わるのを見て、このままでは閉じ込められると、急ぎフロアを移動していたのだ。

 しかしそうとは知らないのぞみはただ彼に抱き止められたままに混乱し、青ざめ……。


「ヒキャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 叫んだ。


 その拍子にのぞみの手にしていたマップの光が、煽る形で叫び顔を照らす。


「うあおぉおおおおおおおおおッ!?」


 それを見てか釣られてか、男もまた身の毛を逆立たせて叫び声を上げるのだった。

二十日までの連日更新中です。

読んで気に入っていただけたら嬉しいです。

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