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3:目覚めよ! 戦う力!

 チカチカと明滅する蛍光灯の明かり。

 そんなか細く頼りない光の中に、無機質な廊下が浮かび上がる。


「ハッ……ヘェ、ハッ……!」


 そんな廊下に荒く弾む息遣いと、固く軽い足音が響く。


 その出どころは、引きずりかねない黒髪をなびかせて走るのぞみだ。

 しかしその衣装は、ここに入る前に着ていた小豆ジャージとは違う。


 もっさりした黒髪の上に黒いとんがり帽子を乗せて、加えて分厚い黒マントにローブを重ねて、まさに黒づくめの魔女といった装いだ。


 そんな走りにくそうな魔女コスプレと、もっさり髪をだばだばとさせるのぞみを追いかける影がある。


 それらは闇に溶けそうなのぞみとは対照的に、薄明りにもくっきりと浮かぶ白い影であった。


「チリョウスル!」


「チリョウサセロ!」


 甲高く喚きながら走るその影は、医者とと女看護師だ。

 いや、そのように見えるものだ。


 のぞみを追い立てる二体の顔半分は赤い筋繊維も露で、人体模型が医者のマネ事をしているような有り様だ。

 しかもその手に持っているのは刃物や針といったものばかり。

 そんな道具だけで、何をどう治療しようというのか。


「チリョチリョチリョチリョォァアアアアッ!!」


 狂気の声を響かせながら、看護師コスの人体模型がメスを投げる。

 それはのぞみが尾と引くマントに刺さり、床に縫い留める。


「ヘヒッ!?」


 それで足を取られたのぞみはつんのめり、その場に転がる。


「キザンデ、ツナイデ、キザンデェエエッ!!」


 そこへ奇声とともに振り下ろされる大鉈を、のぞみはとっさに転がり回避。

 固く重い音が叩きつけてくるのを受けながら、強引にくぎ付けにされたマントを引きちぎってさらに転がる。

 だが転がり逃れた先は壁で、これ以上は逃げられない。


 急ぎ立ち上がろうとするのぞみ。だが、すでに人体模型ドクターは、新たな刃物を抜き放って躍りかかってきている。


「フヘヒィッ!?」


 壁を背にしたのぞみは、奇妙な悲鳴と共に両手を突き出す。


 自分から落とせと差し出しているようであるが、しかし振り下ろされた刃は、まるで分厚い鉄の扉を殴ったかのように跳ね返る。


「ナイスだ、のぞみ」


 その直後、弾かれ大きくのけぞった人体模型ドクターが横っ飛びに吹き飛び、看護師コスのごと床に転がる。


「オッケーオッケー。まあまずまずだな」

 それをやったボーゾは、薄暗がりの中で崩れて動かなくなったのを眺めながら満足げにうなづく。


「いい欲望だったぞ。なにがなんでも生き残りたい、死んでたまるかって感じの。おかげであいつらぶっ飛ばせるくらいのパワーは出せた」


「そ、そいつは、どうも……ヘヒ、ヒヒッ」


 のぞみが差し出された手を取ると、ヒョイッとばかりに軽々と立ち上がらせられる。


「ヘ、ヘヒッ……カワイイ男の子に助け起こして貰えるシチュ……これは、オイシイ……ヘヒヒッ!」


「……おどおどしてる風で、結構タフだよな、のぞみって」


「た、ただ、現実逃避してるだけ……ヘヒヒッ」


 ボーゾの呆れ目に、身長の割りには厚みのある尻を払いながら、のぞみは苦笑する。


「そ、それにしても……病院廃墟なのはいいけど、なんで地下道? 私たち、階段を上ったはず、だよね?」


 のぞみが分厚いローブとマントにこもった熱を逃がしながら言うように、無機質な廊下には窓も扉もなく、ただか細い明かりに照らされた通路が続いているだけだ。


 白山病院前で、改めてきちんとした協力関係を結んで、二人はダンジョン化したそこに入ったのだが、それでこの光景である。


 いくら異空間とはいえ、階層をガン無視した構造には困惑が先に来るものだ。


「ま、それがダンジョン化ってモンだからな。お前の常識ってモンが通用するとは思わない方がいいぞ」


 しかしボーゾからすれば特別おかしいことでもないらしく、これはそういうものだとさらりと。


「じゃあ、あの……外から見た分の階数を上がりきっても……?」


「最上階とは限らんな。この上が屋上かと思ったら、上り階段があるかも知らんし」


「なに? そのSAN値直葬建築……」


 ボーゾの出した例えに、のぞみはドン引き絶句する。


「まあ、見た目通りの大きさじゃないってのはともかく、ホントにそこまで混沌としてることも無いだろ……っと、伏せろ!」


「ヘヒッ!?」


 ボーゾがのぞみを押し倒した直後、それらの頭があったところを鈍く光る物が通りすぎる。

 殺意満点のそれの来た方向を見れば、カチカチと足音を鳴らす人影がいくつか。


「ヘヒィッ!? ……って、ボーゾ!?」


 新手のモンスターに震えるのぞみだが、そこでふと相棒が消えている事に気づく。


「ここだここ」


 声を辿って行き着いた先は、ローブの襟元。

 そこにはいつの間に潜り込んだのか、手のひらサイズになったボーゾが顔を出していた。


「俺はまた温存に入るから。じゃ、そういうことで」


「んな薄情なッ!?」


 のぞみの、また背丈からするとずいぶん深い胸の谷間に、ボーゾが潜る。


 のぞみは胸元への抗議をする一方、その体は生き残るために立ち上がり走る。


「み、見るからに、後衛型なのは確定的に明らか……ッ! なのに、タンク役だなんて……こんなの絶対おかしいよッ!?」


「平気平気。それでこれまで上手く行っただろ?」


 風切り迫る鋭い殺意から逃げながら、泣きべそまじりにのぞみが叫ぶ。

 だがそれに反して、胸の谷間から上がる声はのんびりとしたものだ。


「まあしっかしどういうわけか、俺と直接繋いだにしちゃ弱いんだよな。やっぱ俺が弱ってるせいかね? コスチュームも地味ってか、野暮ったいし」


「じ、地味とか、野暮ったいとか、関係ないと、思う! ヘヒィ!?」


 のんびりと首をひねるボーゾに、のぞみは後ろ頭をかばいながら抗議の声を上げる。


「や、地味ってのは能力も込みの話だぜ? 障壁張れるだけで攻撃系とか、他の魔法はからきしだし。できてもバリア付き体当たりとかパンチだけってのは、なあ?」


「あ、謝れ! バリアパンチとかタックルが必殺技なロボに謝れ!」


 だがボーゾからの謝罪を待たず、とおせんぼする形で前からもモンスターが現れる。

 それらが一斉に投げ放つ刃に、のぞみは腕を盾に顔をかばう。


「ヒィ、ヒィ! ヒィ、ヒィ、ヒィイイイイッ!?」


 刃物の雨が次々と防護壁に弾かれる固い音に、のぞみの悲鳴が重なる。


「なんかわりかし余裕がねえか?」


「ヘヒ!? どこにィイッ!?」


 ボーゾの呟きに返しつつ、のぞみは丸めた体を転がすようにしてわき道に逃げる。


 とにかく挟み撃ちから逃れなくては、そう思っての行動だった。

 だが、それが逆にのぞみ達を窮地に追い込んだ!


「ヘ、ヘヒ!? 行き止まり!?」


「行き止まり……だな」


 のぞみの逃げ込んだ先。そこは程なく袋小路に行き着くつくりになっていたのだ。


「や、ヤバい……ヤバいよヤバいよ!」


 窓も扉もない固い壁。のぞみは焦りのあまり、その表面にぺたぺたと触れる。

 それが都合よく隠し通路のスイッチを押す、などと言うことはあり得るはずもなく、壁は無情にものぞみの行く手を塞ぎ続ける。


「ヘヒィィイッ!?」


「キザキザキザキィイイイイッ!」


 そして後ろを振り向けば、何体もの医療系コスの人体模型が、ギラつく刃を手に奇声を上げている。


「ダン、ダン、セツダン!」


「セツ、セツ、カイ、カイィイ……」


 もはや投げつける必要もないとでも言うつもりなのか。意味不明な声を口々に、モンスターたちはのぞみとの間合いをじりじりと狭めていく。


 いくら強固な防護壁があると言っても、ダメージが重なれば飽和してしまう事だろう。

 仮に防護壁自体は耐えられたとしても、のぞみの心が先に恐怖で折れてしまうかもしれない。


 モンスターたちは、そのどちらかまでなぶりものにし続けるつもりなのかもしれない。今こうしてじわじわと追い詰めているのも、心を削る攻撃の一部に違いない。


 この想像にのぞみはへたりこみ、少しでも距離を取ろうと後ろ向きに這いずる。


 だがその背中はすでに壁に張りついていて、ただ手足がむなしく床を掻くだけであった。


「……もうちょいと取っておきにしておきたかったんだがな……」


 涙目になって怯えるのぞみの顔を見上げて、ボーゾはため息まじりに頭を振る。


 そこへ、いよいよあと一歩というところまで迫った白衣の人体模型が、大ナタを振りかぶる。


「ヒヒャエェエエエエイッ!?」


 この奇声ははたしてどちらのものか。

 声が響いたその瞬間、人体模型たちの足場が消え失せる。


「へ?」


 モンスターたちが、突然に開いた縦穴に落ちて消えたことに、のぞみは目を瞬かせる。


 その縦穴は開いたのと同じように突然に埋まり、中を覗きこむ暇すら与えない。


 のぞみはそんな、大穴が空いたのが嘘のように、元の繋ぎ目ひとつないものになった床に手を這わせ、次いで自分の手のひらを見つめる。


「今のがなんだったのか、分かったのか?」


 胸の谷間からの問いに、のぞみは手のひらを見つめたままうなづく。


「罠魔法……ボッシュート……私が無我夢中で使った、魔法」


 それがのぞみの掴んでいた、立ち向かうための力であった。

二十日までは連日更新し続けますのでよろしく。

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