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24:これが我が資産運用計画!

 色とりどりの食べ物の並んだテーブルの上。

 そこにチーズケーキをテーブルに、添えられたビスケットを椅子にしたのぞみの姿がある。


 ボーゾのように手乗りの小人になってしまったのか、というとそういうわけではない。


 ではお菓子の家風味のダンジョンか。といえば実はその通り。

 しかし、のぞみが制圧しなくてはならないような場所ではない。


 ここはスリリングディザイアのフードコート。


 食欲のベルノに預けた、彼女の取り仕切る領域である。


 そんな文字通り「食欲」の支配するこのフードコートの内装は、すべてがすべて食べ物がモチーフとなっている。

 のぞみが今いる菓子皿の他にも、焼き鮭やハンバーグをテーブルにした席もあるし、透き通った柱はコップに見立てているのだろうか、鮮やかな色をした液体に満たされているように見える。というか、実際にドリンクサーバーになっている柱も幾つかある。


 食べきれぬほどの料理に囲まれ、埋もれているかのような錯覚を覚える空間であるが、当然テーブルや仕切りは触ってもべたついたりしない。


 時折ベルノ本人や、その部下たちがむしり取っては美味しそうにつまんでいるが。


「は、はい……ボーゾ、ヘヒヒッ」


「おう。この軟骨がうめーんだよ、軟骨がよぉ」


 そんな光景を気にすることなく、のぞみは時折パートナーの分を切り分けつつ、自分の食事を進める。


 今のぞみの目の前で湯気を立てているのは、キノコソースのハンバーグセットだ。


 これはフードコートを訪れるなり、ベルノから注文も挟まずに出されたもので、のぞみが頼んだものではない。


 もっとものぞみからしてみれば、ベルノは今の体と舌が求めるところにドンピシャリなものを出してくれるので、かえって手間が省けて助かるとしか思っていないのだが。


「いや悪いな。相席なんて頼んじゃって」


 そうしてのぞみたちが食事を楽しんでいると、豪快な声と共に向かいに腰かける者が現れる。


 土鍋を抱えたその人は、探索者の犬塚忍であった。


「来てみたらもうだいたいの席が埋まっちまってたからさ、のぞみちゃんがオッケーしてくれてマジで助かったぜ」


「い、いいえぇ……ふ、普段、お世話になって、ますし……ヘヒ、ヒッ」


 ぎこちなく笑うのぞみだが、忍はただニッと歯を見せて笑い、土鍋の中身であるおでんに手をつけはじめる。


「ここの飯は美味いから、突撃前には景気付けに必ず、って寄ってるんだが……みーんな考えることは同じなのな……うっほ、大根染み染み!」


「ヘヒッ! べ、ベルノも……よろこび、ます。ヘヒヒッ」


「その様子なら景気は良さそうだな」


「そりゃこっちのセリフってもんだぜ! そっちこそずいぶん羽振りが良いみたいじゃないのよ!」


 景気の話題になって忍は軽く膝を叩く。


「また思いきったことやるよな、近場に探索者用のホテル建てちまうなんてよ!」


 お陰で早くから突撃できるようになった。と、忍が言う通り、スリリングディザイアから徒歩数分といった位置に、宿泊施設が整ったのだ。


「や、その……改築しただけみたい、ですし……私たちはお金出しただけ、で……ヘヒッ」


 だがそれも、スリリングディザイアが直接に購入してのものではない。

 さらにアガシオンズらを改築、運営などに関わらせてもいない。


 融資する代わりに探索者向けの宿泊施設を運営してくれる企業を募り、資金を出して条件を詰めたのならば、後はもうほぼ彼らに丸投げしているのである。


「ほーん……しっかしなんでまたわざわざ外の企業に金出すんだ? のぞみちゃんがお目当ての建物までダンジョン化して、宿屋にしちゃえば良かったんじゃね?」


 その方が儲かるだろう?

 そう忍は首を傾げるが、対するのぞみはうなづきつつもすぐさま首を横に振る。


「わ……私たちだけ潤うの、よくない、から……ヒヒッ」


「何でそれがいけない? がめつくむさぼってるならまだしも、それどころか良心的な値段で安全を売って、もう俺たちをおおいに稼がせてくれてるだろ?」


「ああ……うぅ……っとぉ……」


 首を捻る忍に、のぞみはどう説明したものかと迷う。


「自分たちとお客さんたち。その間だけでのWIN-WINじゃなくて、もっと広げようって、そういうこったな」


 そんなのぞみの援護にと、ボーゾが後を継ぐ形でザックリと語る。


「いや、悪い。だからなんでそんな回りくどいことをするのか、そこんとこがよく分らん」


 だがしかし忍からの納得は得られなかった。


 この反応に、どうしたものかとのぞみとボーゾは顔を見合わせる。


 するとのぞみのすぐ後ろで黒い羽のようなものが散る。


 しかしそれは本物の羽ではない。


「……やれやれ、マ……スターと同じ地球生まれで年上だというのに……」


 烏羽を模した魔力を散らして現れたのは呆れたように頭を振るウケカッセであった。


「う、ウケカッセ……めっ!」


 しかし登場早々に、のぞみから口の悪さを叱られ、しょげてしまうことに。


「ま、まあまあ……それよっか説明してくれよ。俺に分かる感じでさ? な?」


 忍からとりなされたことに、ウケカッセは不満顔を見せる。が、すぐに咳払いをしてメガネを持ち上げ頭を切り替える。


「我々が土地を買い、地続きのダンジョン化して宿泊施設とする。確かにその方がより低コストで、より素早く施設稼働も出来たでしょう。連動もスムーズでしょうね。なにせ、実態は同じスリリングディザイアなのですから」


 のぞみが取らなかった選択が生む数々のメリット。それをウケカッセが指折り数えれば、忍はしかりしかりとうなづく。


「だよな? その辺放り出してまでってのがよく分からんかったんだよなぁ。なんで?」


「ではその場合、今回の改装に関わった企業の儲けはどうなりますでしょうか?」


「あ? そんなの……って、あ!」


 逆に問われた忍は、閃きたどり着いた答えに目と口を開く。


 そう。そんなものは無いのだ。


 ダンジョン化してのぞみが力を入れて改築してしまったのならば、そもそもそんな手間をかける必要はない。


 つまり、動くお金も何もない。現場で改築作業に携わった人員へ行き渡る給料になるものすらないということだ。


「確かに、我々は土地の所有権さえいただければ、ほぼノーコストで施設設備と運用が可能です。しかし、その強みが同時に我々最大の弱みでもあるのです」


「……わ、私たちがいくら発展しても、ダンジョンに関わってなきゃ……置いてき、ぼり」


 普通の、というよりも従来地球の業務であれば、大なり小なり関連業種はもちろんそれ以外にも影響を及ぼす。


 レストラン一つとってみても、第一に食材の需要から生産・獲得。次に道具、内装の製造、原材料の取得。そしてそれら全てを結ぶ流通と、軽く挙げられるだけでもこれだけの職業、人々が絡み、口を糊する糧を得ている。


 しかしスリリングディザイアはこれらが単独でほぼ完結してしまっている。通常営業するための人員を外に求める必要すらないのだ。


「なるほど……だから連携をすることを条件に資金繰りを助けて誘って、あとの人雇うなりなんなりは丸投げってワケか」


「け、けけ、結果……自分たちも潤う、から……ただ助けてるわけじゃ、ない、ですけど……へヒヒッ」


 スリリングディザイアを地球経済の異物にはしない。しかし持ち主の人格面での無理をして人を雇い入れたりはしない。


 そこを理解して膝を叩く忍に、のぞみは笑みを浮かべてうなづく。


「ええ、ええ。金とは流れに乗って巡るもの。堰き止めているばかりではなく、大きく溜まったならば適宜放流しなくては。そうして隅々まで行き渡ったところで、また我々のところへ巡ってくるのですから。より大きくなって、ね」


 のぞみの言葉に、ウケカッセが継ぎ足し語る。その顔は誇らしげで、どやあっとさえ聞こえてきそうである。


「少々意外でしたのは、コレをマ……スターが閃かれたことですね。いや、ココはさすが私のマスター……マスター好みに言うならば、さすマ……ええ、さすマ!」


「あ、あんまり……持ち、上げ……ないで……ぱ、パクった、だけ……だし、ヘヒヒッ」


 テンションのままに声の大きくするウケカッセに、のぞみは顔色を赤青に点滅させつつ縮こまる。


 マクロな、例えば国単位の視点で視れば、出し渋り節約するだけが正解ではない。


 あるところが大金をはたいて立ち上げた大事業が、それに関わる者を食わせる飯のタネになる。


 そんな、いつか国政か商人の物語で見かけた考えを、ウケカッセの言葉から思い出しただけ。そうして余ってるなら投資しちゃえばいいだろうと、ざっくりと提案したに過ぎないのだ。


 のぞみからすれば、自分のアイデアは、ただの山盛りの粘土みたいなもので。それを通用する形にして、実際に動かしているウケカッセらの労力に頭が下がる思いであった。


 なのにやたらに持ち上げられては、まるで手柄を奪う悪い上司、雇い主のようで、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


 ちなみに、発端となったのぞみの手取りの話だが、頼りになる身内が気がねなく給金アップを受け入れられるように、のぞみ自身も増やす事にした。


 ただし増えた分の使い道は、スタッフ達を労う計画に全振りであるが。


「私どもとしましては、もっとご自身のために使って欲しいのですが……」


「つ、使ってる、よ? ボーゾたち、みんなと一緒に、楽しくやるのに……ヘヒヒッ」


「おう、いいぞいいぞ。欲望には素直に従えよ!」


 だが主人二人にそんな風に笑われては、ウケカッセからはもう何も言えることはなかった。


「探索者の宿屋以外……にも、ダンジョン関連の商品を扱う人や……研究者、技術者さんたちへの投資計画も、進行……中! これからもっと、もっと役に立って、必要とされるように……目指すは、盤石! ヘヒ、へヒヒヒヒッ!」


 昂るままに甲高い笑い声をあげるのぞみに、周囲からは怯えの混じった目が向けられる。


 だがその一方で身内たちや、もう慣れた忍からは微笑まし気な柔らかな目が注がれる。


 それに気づいたのぞみはあわあわと目を泳がせてうつむき身を縮めてしまう。


 その反応にまたボーゾをはじめとする者たちは笑みを深くする。


「ほーんじゃ、俺も手伝いもかねてひと働きしてこようかね!」


「が、がが……頑張……って! み、見守って、ます……! ヘヒ、ヒヒッ」

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