23:注目されるのはありがたいけどキツイ
のぞみの私室も兼ねているスリリングディザイアの最深部。
その中心に備え付けのテーブルに突っ伏して呻くのぞみの姿がある。
「……つ、疲れた……ヘヒ、ヒヒ……ヒッ」
腕の隙間から漏れる引きつり笑いにも力が無い。
しかし、今回は苦しんでダンジョンの攻略を果たしてきたというわけではない。
「おいおい。喋ってたのはほぼ全部俺で、のぞみは俺を肩に乗せてぽつぽつ口挟んでただけだろ?」
「そ、そんなこと言ったって……取材、とか、人前に出るのは……キ、キキ、緊張するしぃ……」
のぞみが声を震わせて言う通り、今日彼女は押しかけてきた取材に対応してきたのだ。
ダンジョンテーマパーク・スリリングディザイアの開園と、その拡張も兼ねた近辺のダンジョンの制圧。この働きにより、のぞみはダンジョンをその有用性を残したまま限りなく無害化できる存在として知られるようになった。なってしまった。
現代地球に現れたダンジョンという存在が、最も問題視されていたのがその危険性だ。
未知の、あるいは伝説に語られるような資源を含んだ可能性の塊。だが同時に、おとぎ話やゲームに出てくるような怪物たちも内包し、それを吐き出すダンジョンの存在は、常にその有用性と危険性を秤にかけられ見られてきた。
そこへのぞみと、彼女が支配する安全なダンジョンの登場である。
探索者が死ぬ危険を犯さずに潜ることができる。
このことだけでも、スリリングディザイアの存在はダンジョンに関わる者たちからもろ手を上げて歓迎されていた。
だというのに、その上近隣のダンジョンを捕食するかのように取り込み、成長、拡張してみせたのである。
世間の注目を集め、メディアが押しかけるようになるのも、至極当然の流れだと言える。
「……ったく、命がけでダンジョン潜っておきながら、カメラやインタビューのマイクを向けられるだけでガタガタなんだもんな」
「こ、怖さのベクトルが、別……! そ、それとこれとは別、問題……ヘヒヒッ」
のぞみにとっては、身内や見知った相手と挑む危険よりも、見知らぬ他人の目に晒される方がよほど堪えるモノである。
それでも、身内と居場所のためを思えば、怯えすくむ体をさらして広告塔としての否と言える筈もない。
もっとも、頼りになるパートナーの存在がなければ、到底こなせるはずのない役目であるが。
「はぁい、お疲れ様ねマスター」
そう言いながら部屋に入ってくるのは、ピンクメッシュ入りの金髪を揺らした派手美人のザリシャーレと、カチッとスーツを身に纏ったウケカッセであった。
見た目はいかにもデキるビジネスマンといった風なウケカッセと、色彩やかな衣装を身に纏ったザリシャーレの組み合わせは、どことなく噛み合わないというか、夜の街のいかがわしいもてなしといった雰囲気がある。
「さ、頑張ったマスターのコリはアタシに任せて。アタシが一発で解してあげるから」
「お願いしますよ、ザリシャーレ」
「オッケー」
しかし、そのもてなしを受けるのはのぞみで、いかがわしいところは何もないのであるが。
のぞみがザリシャーレに着せられる衣装以外には。
「お、お手柔らかに、ね?」
しかし、人目に晒される仕事は今日はもうおしまいと言うこともあり、のぞみは抵抗もなくザリシャーレへレオタードの背中を向ける。
「それは約束できないわね! マスターの健康を、そして魅力を曇らせる疲労を取り除くのに手を抜くなんてありえないもの! マスターの健康を! そして魅力を! 曇らせる疲労を取り除くのに! 手を抜くなんて、ありえないものッ!!」
「ヘヒィイ……だ、大事なことじゃない、から、二度繰り返さなくていぃ……」
「ノン、ノン! これが大事でないなんてあるものですか!? と言うわけでこのツボの一突きでマスターの健康回復速度は二倍に!」
のぞみの控えめな突っ込みに構わず、ザリシャーレは高まるテンションのままにのぞみの背中へ指を突っ込む!
「ぴぃぎぃいいいッ!?」
「ん? 間違ったかしら?」
「な、何やってんだザリシャーレッ!?」
「ま、ママッ!? 大丈夫ですかママッ!?」
「ば、ば・く・は・つ・す・るぅううッ?!」
のぞみが突かれたところを中心に仰け反る姿に、ボーゾとウケカッセは慌てふためき右往左往と。
「……なんちゃって。平気、平気、ザリィを信じて~……」
しかし指を押し込んだまま首を捻っていたザリシャーレは、珍妙な節をつけて呟きながら、別のツボへ指圧を加えていく。
「は? ひ、ふ、へ? ほ?」
するとどうか。自ずと逆エビに反って固まっていたのぞみの体が、一圧し、一声ごとに柔らかさを取り戻していく。
そうして不思議そうに肩を回したりするのぞみに、ザリシャーレは微笑みかける。
「どうかしらマスター? 楽になって?」
「う、うん……で、でも……は、破裂するかと、思った……テーレッテーって、ヘヒヒッ」
「ノン、ノン! アタシがマスターにそんなことするわけないじゃないの! 仮になったとしても、より健やかで美しく治るから心配ないわよっ」
「ヘヒィ!? な、なること、あるのッ!?」
「あるわよぉ? 潜る前からもうヘロヘロだったお客様に試したことがあるけど、もう老廃物パーンッて感じね! 確かに驚かれたけど、軽くなった体に喜んでたから大丈夫よ。もう何も怖くないってね!」
「そ、それは……逆に不安……ッ! 圧倒的……死の、香りッ! あ、あと……実験するなら、順番が逆……ッ!」
テヘペロとサムズアップするザリシャーレに、のぞみは突っ込む。
「まあまあ。結果オーライなんだから、固いこと言いっこしいよ。ほらほら、肩と一緒に解して解して」
「あふん」
が、肩を一揉みされただけでふにゃりと崩れてしまう。
そのままのぞみは、ザリシャーレのマッサージに沈んでいく。
とろけていくパートナーの有様を眺めていたボーゾは、同じように眼鏡の奥からのぞみへ柔らかい目を向けるウケカッセに顔を向ける。
「ところでウケカッセ、お前は? 取材でお疲れなお母ちゃんの労いに来ただけか?」
「ママをいたわる事とお金の事。これ以上に大事なことがありますでしょうか?」
「ああ。お前の中ではそうだろうよ」
心底不思議そうに首を傾げて見せるウケカッセに、ボーゾは深々とため息を吐き、頭を振る。
「……冗談です。ちゃんと仕事の事でも用事がございます」
「ほほーう。お前も冗談を言うことぐらいあるんだな。覚えとくぜ」
目をそらし、眼鏡を持ち上げつつ言うウケカッセに、ボーゾはジトリとした目を向ける。
「そ、それで……用事って、なに……かな?」
居心地悪そうなウケカッセへのぞみが身を起こして助け船を出す。
「ああ、いえ。そのまま。マッサージを受けたままで大丈夫です。そのままでお願いします」
だが、ウケカッセは切り上げる必要は無いと手で制する。
それなら。と、のぞみは申し出に甘えてマッサージをやってもらいながら話を聞くことにする。
が、ちょっと考えて、これはあんまりにもふんぞり返ってる感が凄くないか、と思い直す。
しかしちゃんと姿勢を直すのも今さら。それにザリシャーレも忙しいなか、時間を割いてのぞみを解しに来てくれているので、それを邪魔するのも申し訳ないという考えも出る。
いや、これはあまりにウケカッセに失礼では?
でも、このままでいいと言ったのは彼自身だ。
いやいや、それはウケカッセの優しさというか気づかいで、素直に受け取ったら仕事としてダメなヤツでは?
でもでも、気づかいだと言うなら身内として受け入れる方がいいのでは?
いやいやいや、親しいからこそ。
でもでもでも、冷たすぎではないか。
いやいやいやいや。
でもでもでもでも。
「……ママ? 聞いてますか、ママ?」
「は!? へ? ヒッ!? あ、ご……ゴメン、聞いて、なかった……」
のぞみの脳内会議が踊っている間に話は進んでいたようで、あまりに反応が無いことから確認をされてしまった。
礼儀のなってない態度で無いかと迷っているうちに、もっと失礼なことをしてしまった。
のぞみはそんな申し訳ない思いに頭を抱えてしまう。
「……やはり、ひどくお疲れなのでは? 話はまた明日に回した方が……」
「あーうー……ご、ごめん、ね? で、でも、大丈夫。今度はちゃんと聞いてるから」
さすがにこれで、ああそうじゃあ明日ね。とできるような図太さを、のぞみは持ち合わせていない。
相手に目を向けて、改めて今度はちゃんと話を聞こうとする。
ウケカッセはそんなのぞみの様子を受けて、それならばと口を開く。
「ママにはきちんと給料を受け取って欲しいのです」
「へひ?」
しかしそうしてウケカッセの口から出てきた言葉に、のぞみは首を傾げてしまう。
なぜならば――。
「そ、それって、ど、どういう……? パーク始めてから、ちゃんと毎月、もらってる……よ?」
のぞみは決まった額を給料として受け取っているからだ。
学費や税金。その他もろもろの支払い分を差っ引いて、自由にできるのが3万円残る程度の額である。
学生がアルバイトで稼ぐ額よりもいくらか多いくらいになるだろうか。
「我々のオーナーであるママがそれっぽっちしか受け取らないようで何としますか……」
「で、でも……私は今の額で、ふ、不満はないし……そ、それ、に……私の歳で、あんまり大金持つのって……どうかと思う、し……へヒヒッ」
呆れたようにため息を吐くウケカッセであるが、しかしのぞみは自分で言う通り、現状の懐事情に何の不満も抱いていない。
「そんなことはないでしょう? 食事は?」
「それは……ベルノの作ってくれるのが美味しい、し……」
「……服なんてどうでしょう? 息抜きに買いに行かれたりしては?」
「わ、わたしのセンスで買いに行く自信、無い。だから、ザリシャーレにお任せ……安心!」
「ウフフ……光栄よ、マスター。でも、自分のセンスを磨くのも大事よ! 今度はそっちも磨きましょうね!」
「ヘヒィ! ヤブヘビ!?」
そんなやり取りを眺めて、ウケカッセはため息を吐きつつ肩を落とす。
のぞみの衣食住に対する関心の薄さは筋金入りで、一定以上の水準が得られているのなら趣味に金をかけるタイプだ。
しかもその趣味も、現段階ではスリリングディザイアの拡張編集にハマり偏っている。
加えて息抜きにと手を出している漫画に小説、アニメやゲームにも今まで以上に潤沢な資金を遠慮なく投入できている状態だ。
今のぞみの物欲食欲はスリリングディザイア内で満たされ、完結さえしてしまっているといっていい状態である。
「わ、私のために……っていうのも、もも……もったいない……から、みんなのお給料に回した方が、いいと思う」
だからのぞみとしては、もっと現場で頑張ってるスタッフみんなのためにこそ使うべきだと思い、そう提案した。
「あら、貰えるなら貰うけど、いいのかしら?」
「オーナーがショボいお小遣い状態なのに出来ますか! というかザリシャーレ、すでにアナタはママよりもたくさん受け取っているでしょうに! 支払う必要のあるものが少ないのに!」
「あら? そうだったかしら?」
その案にザリシャーレは舌なめずりして食いつくも、ウケカッセが一蹴する。
「じ、序列とか、そんなのいいから……現場の人、大事……! マスターのぞみは、現場主義……ッ! ヘヒ、ヘヒヒ、ヒヒッ!」
言ってみたかった。言ってやったとばかりに、のぞみは笑う。
「……ですが、我々はママさえいれば肉体を持って存在できるのです。それに私も含め、割り当てられた仕事が趣味そのものでもあるのがほとんどです。いわば、ママと同じか、それ以上に趣味のみにつぎ込める状態なのです」
しかしウケカッセが言う通り、スタッフモンスターはすべてのぞみ以上に生命維持がパーク内で完結している者ばかりだ。
受け持つ分野に対しては間違いなくのぞみ以上に優秀であるし、尽きない情熱、欲望を持っているのだから、より有意義に活かしてくれることだろうが。
設備の維持と拡張はもちろん、こんな具合で人件費も安上がり。
スタッフモンスターの福利厚生に予算をつぎ込んでもなお、スリリングディザイアの資金は唸りがちである。
「お願いします。どうか我々の……いえ、私のためにと思って! お金が正しく流れ巡っていかないというのは、どうにも気持ちが悪いのです!」
ウケカッセに頭を下げて頼まれては、のぞみも弱い。
「そ、そこまで、言われたら……で、でも、貰ってもどうしよう?」
「俺に聞くなよ。お前の金になるんだからお前の欲望の指すとおりにしたらいい」
ボーゾに助けを求めて目をやるも、好きにしろとの一言だけ。
「じ、じゃあ……じ、実家への仕送りアップ?」
「そういう使い方はお止めください!」
「そんなのダメよ!」
「ヘヒィ!?」
「私としては干乾しにしてやりたいところを、ママが言うから止めているんですよ? 本当ならびた一文くれてやりたくはないのです!」
「そうよ! そんなことするくらいならアタシにちょうだい!」
「そうですね……って、ナニをドサクサに!?」
そうして窮した末に出した使い道の例は、即座に却下と叩き落とされてしまう。
「ともかく、そんな投げ捨てるような使い方をするのならもっと別の使い道をしていただきたい!」
「な、投げ捨てる、て……私の実家はなんなの……」
ウケカッセらのあんまりな物言いにのぞみは苦笑を浮かべる。
が、ふとそこである閃きを得て口の端を持ち上げる。
「……わ、私に……いい考えができた……ッ! ヘヒ、ヒヒッ」
溢れ出る甲高い笑みを抑えきれぬのぞみの姿に、さすがのウケカッセたちも顔をこわばらせる。