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21:勝ち誇るというアクションはフラグ

「のぞみッ!? おい、どうしたッ!? のぞみッ!?」


 大挙して押し寄せていた敵が、きれいさっぱりに消えた直後。突然に繋がりの途絶えた相棒へ、ボーゾは焦りも露に呼び掛ける。


 しかし、ボーゾの懸命の呼びかけに、のぞみからの応答はない。


「そっちは?」


「ダメでござる。ボーゾ様でも繋がらぬというのに、拙者たちでは……!」


 傍らのクノにも確認するも、しかしヤモリの首は横に振られるだけ。


「ああ! チキショウが!」


 仕方のない事とはいえ、ボーゾは苛立ち、その怒りを地面を踏み、蹴飛ばしてぶつける。


「おい、どうした? のぞみちゃんに何かあったのか?」


 八つ当たりを繰り返すボーゾへ、酷使した体をほぐしながら忍が問う。


「そうだ! だが何が起きてるのかはさっぱり分からん! 俺らを助けてくれてからはまるで繋がらんのだ!」


 ボーゾは怒鳴り返すように答えて、また地面を蹴りつける。


「それって、まさか……」


「おい、滅多な事考えるなよ」


 最悪の想像に青ざめる悠美を、忍が控えめにとがめる。


「すまんな、ボーゾ。心配だろうに……」


「ああ……いや、まだ最悪は無い。それは間違いない。俺とクノがここにいて……声はともかく、あいつの欲望はちゃんと俺に届いて……」


 忍の気づかいに頭を下げて、ボーゾは声に出して現状を振り返る。だが不意にその途中で言葉が途切れ、小さな体が強ばる。


 直後、その体が猛烈な光を放つ。


「うが!?」


「まぶし!?」


 いきなりの目を焼くような光に、忍たちはとっさに顔をかばう。


 そして光が収まると、そこには背が高い、金髪の美男子の姿があった。


 それはボーゾがのぞみの生きたいという欲を鍵に地球へ転移してきた時の、彼本来の姿であった。


「え? あ? ひょっとして、お前……ボーゾ?」


 呆然と自身の体を見下ろす美男子を、忍が半信半疑に尋ねる。


 まさかと言うような問いを受けるや、本来の姿になったボーゾは山頂方向を睨み、走り出す。


「お、おい!? ちょ、ちょ! 待てよッ!?」


 忍達が置き去りになろうが知ったことか。


 クノと共にそんな勢いで駆け出す青年ボーゾに遅れて、忍たちも慌てて走り出す。


「何なの!? 何がどうしてそうなったのってッ!?」


「お前らだけで納得してないで、俺らにも分かるように説明しろってッ!?」


 追いかけながら説明を求める忍たちをボーゾは一瞥。じれったそうに端正な顔を歪めながらも、走る勢いをわずかに緩める。


「……のぞみの欲望が増してる。つながりが弱まってるってのに、俺を強引に本来の姿に戻すくらいにな」


「欲望が増してるってことは、無事にピンピンしてるってことか!?」


 ボーゾの説明を受けて、忍が顔を明るくさせる。

 だが、ボーゾもクノも浮かない表情で首を横に振る。


「欲望を持てるということは生きている、ということではござる。しかし……」


「……生き延びたいって欲が強くなるっていうのは、決まって死に瀕してる時なんだよ……!」


「な……んだとッ!?」


 苦々しく告げるクノとボーゾに、忍は絶句する。


 生存の欲求というのは、生物にとってあらゆる欲とつながった根源ともいえる欲求である。それゆえに生命にとって最もシンプルで非常に大きくなりやすい欲望だ。


 こうしてボーゾを本来の姿に戻すほどにのぞみの欲望が高まっているということはつまり、それだけのぞみの生命が危機にさらされているということだ。


「そりゃ、不味いじゃあねえか!?」


「だから急いでんだろうがッ! いくぞ! この姿ならッ!!」


 そして忍と由美の手を掴むや否や跳躍!

 空から一足飛びに近くに感じたのぞみのもとへ駆けつけようというのだ。


「わ、待てッ!? ダメだッ!」


 それを忍が慌てて制止する。


「ぐわぉッ!?」


 だがもう遅い。魔法の力も加えて勢いよく上昇したボーゾは見えない何かに殴られたかのように地に落ちる。


「何が!? どうなってッ!?」


 叩き落され転がったボーゾは、地面を殴るようにして跳ね起き空をにらむ。

 だがにらみつけたその先には山の頂と空が見えるばかりで、ボーゾを遮った何かは陰すら見えない。


「こういう……ダンジョンは、どういう訳かいくらか以上の高さにはいけないように……見えない天井みたいなのが張られてるんだ……痛つつ……」


「何だってんだクソが! ダンジョン化してるったって空の下だろうがッ!」


 打ち付けた体をさすりながらの忍の説明に、ボーゾは地面をもう一発殴りつける。


 忍の語った通りならば、のぞみのもとへ駆けつけるには、どれだけ急ごうがダンジョンを正面から踏破するしかない。ということになる。


「ボーゾ様しかしとにかく急がねば主様が危ういでござる!」


「ああ! 分かってるッ!」


 ヤモリくノ一の声に返すボーゾの声は荒っぽい。

 しかしその足は、彼女の素直に山頂へ向けて歩き出していた。



 ※ ※ ※



 轟音とともに爆ぜる石畳。


「ヘヒィイッ!?」


 それに伴う地面と空気双方向の衝撃波に、のぞみの身体が宙を舞う。


 そのまま受け身も何もなく、ベシャリと腹ばいに倒れ伏す。


 ボーゾたちがのぞみを救おうと急いでいるそのころ。のぞみもまた生き延びようと、必死に足掻いていた。


 のぞみは痛みにうめきつつも、腕を支えに起き上がろうとする。だが、その足首は酷く腫れ上がっている。


 ダンジョンコアに逃げられ、床に落とされたあの時に捻ったのだ。


 これでは走って逃げる事など到底できる話ではない。


 それでも膝立ちにまで立ち直ったのぞみを、またも地面と空気の振動が襲う。


「ヘヒャヒッ!?」


 息を呑み振り向くのぞみ。すると石巨人の鈍く輝いた目と視線がぶつかる。


 コアに手を伸ばした時には、滑る床に挟まれはまっていた石巨人だったか、どうしてかトラップ床が解除されていて、また元気にのぞみを追いかけているのだ。


「アヒッ? わわわ、罠ぁ!」


 そんな巨像が拳を振りかぶるのに、のぞみは泡を食ってコンソールに指を走らせる。


 その操作にしたがって石巨人を支える床がボッシュート。足場を無くした巨体が揺らぐ。


 その隙にのぞみは自分の真下に滑る床を設置。石巨人の射程内から逃れる。


 走れないのなら、運んでもらえばいいじゃない。


 そんな具合で移動するのぞみだがしかし、落とし穴にはまったはずの石巨人はすでにバランスを取り戻しつつある。


 だがそれは落とし穴から這い出て、ということではない。

 落とし穴から出てきていることは出てきているのだが、それは自ずとせりあがる形で消えゆく落とし穴に押し出されてのこと。


 そう、のぞみが足止めにと配置した罠が、使い手の意思も効果時間さえも無視して解除されてしまっているのだ。


「なんか……おかしい、おかしくない……かな? ヘヒヒッ」


 そんな疑問を口にマップを見れば、石巨人の足元がトラップ配置不可能になっている。


 一度奪い取った場所が取り返される。


 のぞみにとってダンジョンマスターとなってから、これまでにない事態である。

 自分を立たせる礎たる力にほころびが見えたこと。それはのぞみを、小さくはないショックとして揺さぶる。


「……で、でも待った……おかしいって言えば、一番おかしいのは……」


 ショックにクラクラと揺さぶられながらも、しかしのぞみは独り呟き、ある一点を見つめる。


 のぞみが目をやったのは部屋を囲う壁の一つ。その高くに埋まったダンジョンコアだ。


「……なんで、ボスの外に?」


 のぞみがつぶやいたとおり、これまで奪ってきたダンジョンコアは、すべてダンジョンボスの中にあった。


 それはスリリングディザイアのコアも例外ではなく、今ものぞみの中に宿っている。


 何事にも多少の例外はあるものかもしれない。しかしどうしてその例外が起きているのか。


「……ヘヒッ、ままま、まさか、この部屋自体がダンジョン……ボス?」


 それはふと口に出した思いつきの理由だった。だが、その思いつきはストンとのぞみの豊かな胸の内に落ち着く。


 ダンジョンボスと見えるあの石巨人は見せかけで、本当のボスモンスターは別にいる。


 そう、のぞみ自身も普段からスリリングディザイアでやっている方法だ!


 しかしその閃きを得た瞬間、のぞみはまたも宙に投げ出される。


 のぞみを運んでくれていた移動床までもが解除されてしまったのだ。


「へぎ!? ひぐ!?」


 べしゃ、どしゃっと床を跳ね転がるのぞみ。


 そのまま這いつくばるのぞみへ向けて、石巨人がのっそりと歩み寄る。


「ヘヒ、ヒィイッ!」


 トドメをくれてやろうと近づく巨体に、のぞみは床に着いた手のひらからダンジョンをジャック。奪取した巨人の足元へトリモチを仕込む。


 そうして文字通りに足止めをして時間を稼ぎ、四つんばいに移動する。


 懸命に距離を取ろうとするのぞみだが、その足掻きをあざ笑うかのように、あっさりトリモチは消され、石巨人の歩みはさほどの間を置かずに再開する。


「ヒッ……ヒグッ!」


 それでものぞみは手を着くたびにダンジョンに干渉、トラップを設置。少しでも石巨人の歩みを遅らせ、逃げ続ける。


「ヒィ……ヒィ、ギィ……ッ!」


 足止めをかけ直すたびに頭の髄に焼けるような痛みが走り、涙があふれる。


「オッグ……エェ、エッ!」


 こみ上げた胃の中身を堪えきれずに床に落とし、しかしそれを引きずりながらも奪い合いと、這う手足を止めはしない。


 のぞみには、いまこの場で通用する力はダンジョンマスターの力しかない。


 たとえ作れるのがほんのわずかな間であっても。無いに等しい距離であっても。出来ることはこれだけしかない。これだけしかないのだ。


 そんな懸命に、しかし亀のように這い進むのぞみの姿に、ダンジョンコアが明滅する。


 それは見苦しい足掻きを嘲り笑い、勝ち誇っているかのようである。


 それでもひたすらにあがき続けるのぞみであったが、やがて身体を支えていた手足を滑らせて崩れ落ちる。


 かすかなうめき声を漏らし、石畳を引っかきもがくものの、もはやのぞみには匍匐前進するほどの力も残っていない。


 そうして這いつくばり、ただ荒く息を繰り返すのぞみの背中をめがけて、石巨人が手を伸ばす。


 押しつぶそうというのだろうか。

 忍が横たわってもなお余裕がありそうな手のひらで、倒れたのぞみを覆い隠す。


 のぞみが手のひらの下に収まったことに、勝利と侵入者の排除を確信し、ダンジョンコアが笑うように明滅する。


 だが次の瞬間、石巨人は横たわるのぞみをその手のひらに掬い上げる。


 手の内にいるのぞみを見るその目は、先ほどまでと違い、とても柔らかで優しい輝きを放っている。


 この裏切りに、ダンジョンコアは驚き激しくチカチカとする。


「ヘヒ、ヒヒッ……やらせて、もらい……ました、ヘヒヒヒッ」


 そんな瞬き落ち着かぬコアに対して、のぞみは巨人の指にすがり付くようにして立ち上がる。


 すべてはこの為。


 徒労同然の足止めにダンジョンジャックを繰り返したのも、そのせいで胃袋をひっくり返したのも。すべては気づかれることなく、石巨人を寝返らせる為であった。


 這いずり逃げている間、のぞみは石巨人に標的を絞り、乗っ取りを続けていたのだ。


のぞみは弱い。ダンジョンマスターの力があっても、独りでは何もできないくらいに、弱い。


 生き延びるためには、もうこれしか手はなかった。


「……な、なんとかぎりぎり……う、上手くいった……ヘヒ、ヒヒヒッ」


 まさに紙一重の、命を賭した博打であった。


 だが、のぞみは勝った。自分を手のひらに乗せてくれる、大きくて頼もしい味方を勝ち取ったのだ。


 石巨人はコアへ向けて、のぞみを乗せた手を伸ばす。


 すると壁のコアは激しく瞬き始める。


 石巨人を奪い返そうとしているのだろうが、それはすでに遅きに失したものだ。


 のぞみの手は、もうダンジョンコアの表面に触れてしまえる程のところにあったのだから。


 のぞみの内に吸い込まれる大きなダンジョンコア。その後にはぽっかりと丸い抉れが残っているばかり。


「ヘヒ……や、やった……! ヘヒ、ヘヒヒヒッ!」


 そんな壁と自分の体とを見比べて、のぞみはかん高い笑い声を上げる。

 だが新たなコアの吸収で力の充実するのとは裏腹に、手足は己の体重を支え損ねる。


 よろめくのぞみと、それを受け止める石巨人。


「あ、ありがとね……へヒヒ、ヒヒッ」


 固い質感に反して、柔らかく受け止め支えてくれる大きな手のひら。それにのぞみは新たな仲間を見上げて礼を言う。


 すると石巨人は重い石を磨り合わせるような低いうなり声と共にうなづく。


 そうして和む二人を突然の轟音が襲う。


「ヘヒ!? な、なななにぃぃ!?」


 部屋を揺るがす衝撃に、のぞみは怯えすくみ、石巨人の指に抱き着く。


 そこへさらにもう一度、外側からの衝撃が部屋を揺るがす。


「ヒィイイッ!」


 石の手のひらの上でさらに身を縮こませるのぞみ。


「のぞみぃい! 無事かぁあッ!?」


 しかし雄たけびと共に壁をぶち抜き現れたのは、金髪の青年の姿になったボーゾを先頭にした忍たちであった。


「のぞみ……のぞみッ!?」


「……ボー……ゾ?」


 焦りのままに部屋を見回すボーゾと、怯えて石巨人にすがっていたのぞみの目が合う。


「よお、のぞみちゃん! 無事だったか、安心したぜ!」


「は、はひ……どうにか、へヒヒッ」


 顎にまで伝った汗をぬぐってホッと息をつく忍に、のぞみは引きつった笑みを返す。


「……んだってんだよ、もぉ……」


 その様子にボーゾは肩を落とし、風船が萎むように少年に、そして手のひらサイズにまで縮んでしまうのであった。

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