2:地球が危ないとかマジでイミフ
「ボーゾ、ち、地球が危ないって……こ、これマ?」
「うん? 言葉の意味はよく分からないが、このままじゃ危ないっていうのは本当だぞ」
夜道を行くバス。がらがらのその中で、のぞみと黄金の少年は並んで座って揺られている。
「……た、助けてくれたイケメンが美ショタになったと思ったら、地球が危ないと言ってきた。な、何を言ってるか分からねーと思うが、私も何がなんだかマジでイミフ……」
「おい、大丈夫か? もう一回ちゃんと説明するか?」
青ざめて謎言語を吐き出すのぞみを半眼で見ながら、黄金の少年、ボーゾはため息をつく。
「俺がこっちに来たのは、住んでた世界が滅びたからで……」
「ち、地球にダンジョンなんてのが出始めたのは、その、滅んだ世界とくっついて来てるから、だよね?」
「なんだ。聞いてたんじゃないか。正確には、世界の残りカス、だけどな」
「あの……分かってるけど、分かりたくない、みたいな意味だから、ヘヒヒ……」
ひきつり笑いを浮かべたのぞみだったが、すぐに顔にかかっている影を濃くする。
「その、滅んだ原因は……この世界出身の転生者、なんだよね」
ボーゾがバスに乗るまでに語ったことによれば、彼は元は異世界の欲望をつかさどる魔神だったのだという。
彼が魔なる神としてあったその世界へ、ある時異物が現れた。
それが秩序の神が外の世界、つまりは地球から招き入れた、転生者の英雄であった。
彼は人間が平穏無事に暮らせていない世界を憂い、秩序の神の加護で世を乱すものをなぎ倒し、現代日本の生活再現のために技術と制度を押し上げた。
まるでウェブノベルそのままの英雄譚である。
だが、大きく違うところがある。彼はやりすぎた。やりすぎたのだ。
確かにその世界は人間にとって平和ではなかったが、全体をみれば傾きを繰り返す天秤のように、ある意味での安定はしていた。
そしてその安定を作っていたのも、英雄を呼び寄せた秩序の神であった。
神にしてみれば、英雄の役目は魔に傾きすぎた世界のバランスを人間の側に傾けることで、それ以上は望んではいなかった。
しかし彼は神の行為と思惑を、命を弄ぶ悪と断じて反逆。神の座を奪い取ってしまったのだ。
だが人の感性で神の役が務まるわけもなく、崩れたバランスを取り戻すこともないままついに世界は崩壊した。
のぞみと、その滅亡の引き金を引いた者とは、現代日本出身という以外に接点はない。
だがのぞみは同郷人として、胃袋がひっくり返りそうな思いで青くなっていた。
「おいおい。なに青ざめてんだ。のぞみに責任をおっかぶせようなんて思ってないぞ?」
しかしボーゾは、そんなのぞみの反応に苦笑交じりに肩をすくめる。
「ヘ、ヘヒ? ……で、でも……」
「そもそも、責任うんぬんってんなら俺にだってあるわい。強い欲望の持ち主だったんで、止めるのなんかもったいないって、ついつい手を貸しちまった。で、その結果がこれってわけだ」
ボーゾはそう言って、体と一緒に縮んだ服をつまんで見せる。
「俺っていう意識を、心を消さずにこっちに出てくるためとはいえ、ずいぶん力を使っちまったからな……」
「で、でも、それはそれで……一粒で、二度おいしい! ヘヒヒッ!」
ボーゾが自嘲気味に笑う一方で、のぞみはヨダレを拭うようなしぐさをする。が、すぐにまたその顔がひきつり青ざめる。
「……で、でも待って。こ、この絵面は明らかに、事案……! ゴーストタイプ使いが……金髪美少年をお持ち帰りしている図……! 誘拐……圧倒的に明らかな、誘拐……ッ!!」
ざわ……ざわ……と、のぞみは怯えのあまりに、片手で足りるほどの他の客の目を気にし始める。
「こんな調子で大丈夫かよ? おい、のぞみ?」
「……ハッ!? う、うん。大丈夫、大丈夫……! ちゃんとやるから、案内、するよ? ヘヒヒ……ッ」
ボーゾの不安げな呼びかけに、のぞみは我に返るとひきつり顔で何度もうなずく。
『次は白山病院前。お降りの方はお近くのボタンを押して、お知らせください』
「は、はーい」
そこで響いたアナウンスを受けて、のぞみはその通りに運転手へ報せる。
すると残りの乗客全員が一斉に車内を目で探り、そのすべてがのぞみに集まる。
「へ、ヘヒヒ……ッ?」
突然の注目に、のぞみはただボタンを押した姿勢のまま、ひきつり笑いを浮かべるしかなかった。
それから程なくしてバスは目的地に到着。
降りる際にも、また好機の目が集まって、のぞみは居心地の悪さに縮こまりながらも、そそくさと逃げるように支払いを済ませる。
だが注目されてしまうのも仕方がない。
「つ、着いたよ」
「へえ、ここがそうか」
二人が降りた白山病院とは、ダンジョン化して持ち主からも見放されて久しい場所だったからだ。
離れた街灯からの光のみで、夜闇にぼうっと浮かぶ白亜の建物。
その様子はダンジョン化していることもあってか、まるで建物そのものが幽鬼であるかのような不気味さを醸し出している。
「さて、さっさとすませちまうかね」
しかしそんな心霊スポット染みた病院跡を不気味がるでもなく、ボーゾは建物に向けて歩き出す。
「ほ、ホントに、いくの?」
「当たり前だろうが。でなきゃ案内なんて頼まないって」
ボーゾは引き止めるのぞみに振り返って、何を今さらと肩をすくめる。
「う、うん。それは、そうだけど……どうしてかなって、ヘヒヒッ」
「その辺りは説明したろ? コレをほったらかしにしたら、中のが出てきて危ないって」
ためらっている様子ののぞみに、ボーゾは改めてダンジョンから訪れる危険を説く。
「しかもそれは第一段階だ。本番はその先にあるんだぞ?」
ダンジョンは崩壊したファンタジー異世界と、地球との混ざり合いによって生じたものだ。
モンスターはまだダンジョンの中でしか生まれないし、出てくる事もない。
だが溢れ出してくる、出てこれるようになったということは、混ざり合いがそれだけ進んだということだ。
そうしていずれは、ダンジョンの外でもモンスターが生まれるようになる。しかもそれは、地球の生命体の胎や卵を借りてのことだ。
「そうなるのは何時になるか分からんぞ? お前の抱く孫か……あるいは子どもか。その辺が猫耳つきか、トカゲ人間になるかもしれんな」
「それは、うん。聞いてる。何とかなる、してくれるのは……ありがたいとも、思ってる。でも、ボーゾにそんな義理は、無いよね? ヘヒッ?」
そこがのぞみの疑問だ。
ボーゾには地球人を助ける理由は何もないはずだ。たとえ転生者の行いを恨みに思っていないにしても、ボーゾがその故郷のために動く必要はどこにもない。
「ああ、そう言うこと。別に、ただこの世界のために、なんてつもりは無いぞ。俺は自分の新しい住処が欲しいだけなんだからな」
「すみか……?」
合点がいったと笑うボーゾの言葉に、のぞみはおうむ返しにつぶやく。
「おう。居場所って言ってもいいか? この世界がメタメタにならないようにするかわりに、俺が居るのを認めて欲しい。それだけだ。なるだけお互いにいいように、転生者風に言うならWIN―WINか? せっかく作った居場所が暮らしにくくなっちゃ台無しだし、結局は俺が俺の欲望を満たすためにやるだけのこった」
「居場所が、欲しくて……」
このボーゾの答えは、ストンと、のぞみの胸の奥に落ち着いた。
そもそも命を救われた恩を返したいと思ったからとはいえ、こんないつ化け物がはい出てくるか分からないような場所に、直接案内したのはどうしてか。
それは元居た世界を、居場所が無いというボーゾの境遇に共感したからではなかったか。
だから、場所を教えて運賃を渡して、それでありがとうさようならとはしなかったのだ。
「じゃ、じゃあ、私……もう少し、手伝うよ?」
そうして自分の心を理解したのぞみは、自然とさらなる協力を申し出ていた。
「お?」
「あ、その……じゃ、邪魔にならないなら、なんだけどね? たぶん足手まといだけど……もし、もしも、出来そうなことがあったら、って……思って……ヘヒ、ヘヒヒッ」
口に出した勢いはどこへやら、のぞみの言葉はどんどんと尻すぼみになってしまう。
「いい欲望じゃないか、心強いぜ。そう言ってもらえるなら、もっと頼っちまっていいよな?」
「ヘ、ヘヒッ?」
しかし待ってましたとばかりにボーゾに受け入れられて、のぞみは悲鳴じみた声を上げて飛び跳ねた。
二十日まで連日更新しますよ。