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19:力が欲しい!

 岩肌がむき出しの洞窟の中、その袋小路で丸まりうずくまる影がある。


 魔女帽子に透けたマント、切れ込み深いレオタード。言うまでもなく、手塚のぞみである。


「のぞみ! おい、大丈夫か!? のぞみッ!?」


「へ、へへ、平気、平気、ヘヒヒッ」


 傍らに浮かぶモニター。そこからと、頭の中へ直への二方向から浴びせられるパートナーからの安否を問う声に、のぞみは普段どおりのひきつり笑いを添えて返す。


 画面に掴みかかって大写しになっている様子から、クノの肩を掴んでいるのだろう。

 そんなに慌てるほど心配されることは、のぞみは最近になるまで覚えが無い。だからクノには悪いが、少し嬉しいものがあった。


「……く、クノには加減、してあげて、ね? ヘヒ、ヘヒヒッ」


 しかし咎のないクノが振り回されるのは、可哀想であるし申し訳ないので、フォローは入れておく。


「無事みたいで良かったが……お前がいきなり飛ばさなきゃ、やらんで良かった話だろうが!?」


「ヘヒィ!? ご、ごめんね、ごめん、ね……」


 画面いっぱいになったボーゾからお叱りの言葉を叩きつけられて、のぞみは縮こまる。


 その反応にボーゾは勢いを削がれたのか、ため息をつく。


「……まあ過ぎたコトだ、しょうがねえやな……」


「……ご、ごめんね? ……ヘヒヒッ」


 画面の中で肩を落とすボーゾに、のぞみは反射的なひきつり笑いを添えてまた謝る。


 続いてのぞみは、手の内にある板状の光をツイツイタプタプと操作。


 するとのぞみのいる空間の天井に光が灯る。


「……い、いいね……へ、部屋は、明るく……ヘヒ、ヒヒッ」


 デスクスタンドの明かりだけでパソコンにかじりついてそうな見た目のくせして、常識的な事を呟いて、のぞみはさらにコンソールを操作する。

 するとのぞみのうずくまる辺りの壁や地面が蠢き、形を変えていく。


 地面はせりあがり、のぞみが机や椅子として使うのに程よい高さにまで。合わせて、のぞみでさえ帽子の先の擦れそうなほど低い天井が持ち上がり、壁も潮が引くように離れて、窮屈に感じない程度に空間を広げる。


 最後に、地面からせりあがった岩の机と椅子の表面が光沢を放つほどに滑らかになる。あまつさえ椅子にはクッションまで現れている。


 そうしてのぞみの周囲に、あっという間に天然洞窟の中とは思えない部屋が出来上がった。


「い、いい感じ……! ヘヒ、ヘヒヒッ」


 その出来映えにのぞみは自画自賛。

 石のデスクに腰を落ち着けて、手のひらに収まっていたマジックコンソールをノートパソコン型に展開する。


 制圧前のダンジョンの改造。そして、処理能力を大幅に上げるこのパソコン型。これらはいくつかのダンジョンコアを取り込み、ダンジョンマスターとしてレベルアップしたことで得たものだ。


「お、おい、大丈夫なのか!? どこに逃げたか知らんが、やすやすと拠点化なんて……」


 のぞみが腰を落ち着けに入ったのを見て、画面向こうのボーゾから心配の声が上がる。


 だがのぞみはヘヒヘヒと笑いながら、デスク上に呼び出したマップを指さす。


 そこには、のぞみが今拠点とした部屋へ乗り込もうとする敵が、通路に入るなり消えていく様が映っている。


「で、出入り口は、ベルノスライムに任せてる……ヘヒヒッ」


「……マジでか」


 守りを任せたモンスターの名前を聞いて、画面向こうにいるものたちが一斉に引く。ドン引きする。


 スリリングディザイアが誇る食欲魔神ベルノ。その名を冠したこのスライムは、何でも貪欲に食らうモンスターだ。


 その捕食対象は本当に「何でも」。武器も、防具も、魔法さえもお構い無しの見境無しである。しかも食欲そのものの名前のとおり、吸収するのに限界というものが無く、触れる端から際限無く食い尽くしていくのだ。


 さすがにパークに出現するものは人間を食べる事は無い。だが、捕まった段階でアウト判定が下りるし、倒す手段もほぼないということで、最警戒対象に指定されて、撃破手段の情報が常に求められているモンスターである。


 ちなみに現状最良の攻略法としては、何か物品なり、誘導してきた別のモンスターなりをぶつけて、捕食している間に迂回したりすり抜けたりする……といういかにリスクを減らして逃げるかというものである。


「あれ一匹呼ぶのでも結構かかるだろ、よく呼べたな……」


「し、正直……小さいのを呼ぶのでも、もうカツカツ……カッツカツ……だけど呼べれば後はもう勝手に大きくなるから……へヒヒッ」


 ボーゾの言う通り、確かに理不尽レベルの強力さに見合ったコストを備えるモンスターであるが、呼び出した成果は餌に困らない状況もあってマップに現れているとおり。見事なまでの鉄壁の護衛役を果たせている。

 こうなると、ここはのぞみの判断が正しかったのだろうと認めるしかないだろう。


「……っとに、のぞみはよぉ……ビビリなのか、思い切りがいいのか……いまいちよく分からんよな……」


「ヘヒッ、へヒヒヒヒ……私だって、思い切って動ける時ぐらい……ある」


 苦笑気味なボーゾのつぶやきに、のぞみは引きつり笑いを返しつつ、ダンジョンマスターのパワーで出来たノートパソコンを操作していく。


 自分のいる地下階のマップウィンドウを横の空間に投影し、正面のメインモニターにはボーゾを中心とした山道のマップを出す。


「じ、じゃあ……敵の動きは教える……から、ヘヒヒッ」


「おい、そんなことしてたらお前の方で何かあった時に……」


「へ、平気、平気……ベルノスライムで戸締りしてる、し……ゲッコーたちが出口を見つけるまでは動かない、から……ヘヒヒ、ヒヒッ」


 どう破ればいいのかというレベルで頼りになるセキュリティを備えて、さらに時間は持て余している。


 そう言ってナビの準備を進めるのぞみに、ボーゾは画面の向こうでため息を吐く。


「おう、そうかい? ……って言ってもだが、こっちも今のとこは片付いたばっかで……」


「……えっ!?」


 一掃したばかりの獣道を見渡しつぶやくボーゾ。だがその瞬間、のぞみの見るマップ画面ではボーゾたちの周りが一気に赤く染まる。


「に、逃げて! 敵、囲まれてる!?」


「はぁあッ!?」


 のぞみの警告に、ボーゾは疑問符を吐き出しつつ、どこにと視線を巡らす。


 同時に通路を形作る木々から枝や蔦が、風を切って振り下ろされる。


「走れ、はしれぇッ!!」


 忍は鞭のように迫るそれらを炎の斧で払い、囲いを抜けようと走り出す。


 しかし、マップ上では一行の行く手を阻むように敵を示す点が蠢く。


「前、塞がれそう!」


「おっしゃぁああああああッ!」


 だがボーゾを通じてのぞみの警告を受けた忍が斧を一閃。獣道を塞ぎにかかった枝の壁を焼き切る。


 そうして忍を先頭に、炎と刃でこじ開け突き進む地上一行。


 だがマップで見るのぞみにはわかるが、火を放たれてなお、壁となった木々にまぎれたモンスターは行かせまいと壁を固めに回っていっている。

 このままではすぐにでも取り囲まれて、いやそれどころか、炎の斧が起こした火事に包まれてしまうことだろう。


「……ど、どうする……! どうする!?」


 どうにかしなくてはと、のぞみは焦る。


 だが手を差し伸べようにものぞみが直接踏破していない場所に罠は張れない。向こうに強力なモンスターを召喚、派遣しようにもすでにベルノスライムとゲッコーらの召喚でいっぱいいっぱいだ。


 正直なところ、八方塞がりだと言っていい。


「……ど、どどどどど……ゴゴゴゴ……ッ」


 動転して効果音じみたことを口走りながら、のぞみはポチポチとトラップ魔法の発動を繰り返し試みる。


 ……が、ダメ!


 分かり切っていることだが、無駄なものは無駄。少なくとも、現状のダンジョンマスターとしての力では踏んでもいない場所を自分のモノに出来はしない。


 このまま手をこまねいて見ているしか出来ないのかと、のぞみは涙目になって石の机に爪を立てる。


 その時である。のぞみはふと違和感を覚えて、机をかく手に目をやる。


 するとのぞみの触れた手の下から、机に亀裂のようなものが伸び広がっているのが見えた。


 その葉脈のような光の線は、手を持ち上げれば消え、また手を着ければ広がる。試しに近くの壁に触れてみれば、同じような光の網が壁に描かれる。


 のぞみはダンジョンを踏破することで、その範囲をコントロールできるようになる。


 つまりある程度接触することで、本来のダンジョンコアから制御権を奪取していることになる。


「じ、じゃあ……ここから、地続きに広げていけるとした……ら?」


 口をついてでた思いつきのまま、のぞみはダンジョンの制御を奪いにかかる。


「う? ……げぇ!?」


 だがその瞬間、のぞみの上体がグラリとよろめく。腕を支えに、かろうじて机にしがみついてはいられたものの、危うく床に倒れるところであった。


 脳の焼けるような頭痛と胸焼け。それにのぞみはせり上がってくるものを出すまいと口を塞ぎ、目をチカチカとさせる。


「ヘヒッ……ヘヒヒ、ヒヒッ! ヒヒヒヒヒッ!」


 しかし頭痛と吐き気に苛まれながらも、確かに目にしたものに笑みを浮かべる。


 それは地下水脈のマップ。一部の水中と、歩いていない対岸部分までに明るく踏破済み範囲の広まったマップウィンドウである!


「い、いける! ヘヒッ、ヘヒヒヒヒッ!!」


 全体からみればほんの僅かな、しかし確かに得られた手応えに、のぞみは高らかに笑い声を上げる。


 だが、侵食を仕掛けるのは負担は大きい。疲労を抱えて、本調子でないとはいえ、ほんの一瞬でめまいに襲われるほどだ。


「ヘヒヒッ、使いどころ……ここが……!」


 だがのぞみに迷いはない。突入前にウケカッセから渡された薬を、ここぞと煽る。


「は、はは……ハツラツ!」


 喉を潜るや否や、瞬く間に活力が体にみなぎり、疲労と苦痛とを吹き飛ばす!


 その勢いのまま、のぞみは両手を机にぶつけ、再びのダンジョンジャックを仕掛ける!


「う、ぐ、く……!?」


 秘薬効果でシャキッと目覚めた脳髄にも、負担は軽いものではない。


 ニューロンを走る電気信号が、まるでバチバチと音を立てているかのようにのぞみの頭蓋骨は内側から揺さぶられている。


 その痛みに涙をにじませながらもしかし、のぞみは目標を見失ってはいない。


 地上へ。地上で危機に陥ったパートナーと、協力してくれている人々のところへ。


 ただその思いで一直線に制御権を奪い取り続ける。


「ヘヒィ!」


 山道に届いた。


 パートナーの気配と共に掴んだその手応えに、のぞみの顔が笑みにひきつる。


 そして掴み取った支配権を振りかざして、ボーゾたちを取り囲むモンスターをごっそりと強制送還して消火。加えて近くに設置されていた落石の罠たちを排除し、逆に回復の泉を湧かせておく。


 一変した状況に戸惑うボーゾと忍たち。


 無事なその様子にのぞみは安堵の息を吐く。


 だがその瞬間、急にのぞみはグン、と何かに引っ張られるような感覚に襲われる。


「ヘ? ヒィ、ヒィイイッ!?」


 それは渦潮か、あるいは竜巻か。そうとしか例えようのない強力な流れに巻かれて、のぞみは悲鳴を上げる間こそあれ、なす術もなく引きずり込まれていってしまうのであった。

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