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18:落とされて地下水脈

「う……うぅ……」


「おい! ……おい、のぞみ! しっかりしろって、おい!」


「うぅ……ボーゾ?」


 ぺちぺちと頬を叩く刺激と、パートナーからの呼び声に、のぞみは目を開ける。


「こ、ここ……どこ?」


 頭をふりふり身を起こして辺りを見回す。だが、のぞみの目に入るのは光る苔の類いが作る壁の輪郭程度しかない。


「分からん。別階層にまで落とすタイプの落とし穴なんだろうが……あ、変に動くなよ? 水の流れる音が近い」


「う、うん……みたい、だね、ヘヒヒッ」


 なるほど確かに言われてみれば、せせらぎの音と湿った匂いがしている。


「と、とにかく、ここは……明かり一択……暗いとこは落ち着く、けど……これは、暗すぎ……ヘヒヒッ」


 暗闇の中、のぞみは甲高い笑い声を溢しながら手のひらにマップを展開。


 その下からの明かりが、のぞみの引きつり笑いを闇の中に浮かび上がらせる。


「うおぉぅうッ?!」


「ヘヒャヒィッ?! な、なにッ!?」


 突然に現れた不気味に笑う女の顔に、ボーゾが飛びはね、釣られて肩を震わせたのぞみが何事かと辺りに手のひらを向ける。


「あ、いや、悪い……いきなり明るくなったんで、驚いただけだ」


「そ、そうなの? ヘヒヒッ……お、脅かさないで、欲しいな……ヘヒ、ヒヒヒッ」


「……おう」


 暗闇に現れたお前の不気味笑いに驚いた。とは、ボーゾにしても残酷過ぎて言えなかった。


 ともあれのぞみとボーゾは、手のひらの明かりを頼りに荷物からLEDランタンを取り出し、より強いその光を周囲に向ける。


「……やっぱり、地下水脈か」


 そうして照らし出した景色は、地下水の流れに沿って広がったらしい空間であった。


 のぞみのいる岸からさほど離れていないところ。大股に一歩程度のあたりに流れる川は、ささやかな音のとおりに緩やかではあるが深そうで、もし直にここに落ちていたとしたら、上も下も分からぬままに溺れていた事だろう。


 のぞみは、そんなもしもの想像にブルリと震えて、念のために天井にも光を向ける。


「やっぱり、穴は無い、ね……ヘヒヒッ」


 しかし、さすがはダンジョンと言うべきか、上にいるはずの忍と悠美の姿どころか、落ちてきたはずの穴も何もない岩肌しか見えなかった。


「そ、そうだった! 二人は!?」


 のぞみはそこで、落とし穴で分断された同行者二人はどうしたのかと、手のひらのマップを覗く。


 慌ててついついと指を走らせ呼び出した第一階層のマップには、味方を示す光点がふたつ。ちゃんと並んで健在であった。


「よ、良かった……む、向こうは、無事……ッ! ダンジョン探索、続行中……ッ!」


 忍と悠美までは分断されていないということに、のぞみは安堵の息を吐き、ステータス面にも異常がない事を調べて、その豊かな胸に手を置く。


 しかし、のぞみが自分で踏破していない範囲に入ってしまっているためか、映像を呼び出すことはできない。


「し、心配させてるだろうし……どうにか、無事は伝えたい……けど……」


 どうしよう。と、のぞみはパートナーへ目を向ける。


 そのすがるような目に、ボーゾは苦笑を浮かべる。


「ゲッコーでも出せばいいんじゃねえか? 密書でゴザルよニンニン、ってな感じでよ」


「……それだ!」


 のぞみはそれいただき、と膝を叩くと、一階層で踏破済みのところへゲッコー・ドローンのクノを出現させる。


「先に行ってる二人に、私は地下水脈エリアに落ちたけど、とりあえず無事っていうか、とにかく生きてるって……ヘヒヒッ」


 ごちゃごちゃとした伝言ではあるが、クノは承知との声無き返事を返して、主人の言葉を伝えるべく動きだす。


「これで間違って叩かれるか、どっちかがトカゲのたぐい大嫌いでもなきゃ伝わるだろ」


「そ、そんなフラグじみたの聞くと……ふ、不安、不安になる……ッ!」


 相棒の楽観的な言葉に、のぞみは逆に青ざめて、クノの見ている物をマップから空間に投影する。


 しかしのぞみの心配をよそに、二人に追いついたクノは警戒をされつつも、のぞみの無事を忍たちに伝えてくれる。


 だが、言葉を託したイモリくノ一が誤解無く合流できた事に安堵したのもつかの間。忍から告げられた言葉に、のぞみはめまいを覚える。


 曰く――。


「俺たちは地下水道? いや地下水脈か? とにかくそのエリアは知らない。行き方もさっぱり見当がつかない」


 根付きが深まり、新たに生じた場所だとでもいうのか。

 のぞみはいま、ここの探索経験のあるプロも知らないエリアに落とされているということであった。


「つまり、ただじぃっと助けを待ち続けてたって、どうにもならんってことだな?」


「あぁ……うぅ……」


 ボーゾが容赦なく突きつけてくる現実に、のぞみは壁に手をついてふらつく体の支えにする。


「おいおい。しっかりしろよダンジョンマスター。お前は何が欲しくてここに来たんだっけ?」


 ボーゾはそんなのぞみの肩に飛び乗ると、耳たぶをぷにぷにさせながら言葉をかける。


「な、何が……って」


 言うまでもない。のぞみはこのダンジョンのコアを求めてきたのだ。


 コアを奪う、ということはダンジョンを支配するということ。


 そんな目的で潜りに来ておいて、ダンジョンの方に圧倒されるな、呑まれるな。と、奮い立たせてくれているのだろうか?


 そんな思いを抱いて、のぞみは答え合わせを願うようにパートナーに目をやる。


 だがボーゾの答えは「NO」であった。


「ど、どゆこと……? かな、へヒヒッ?」


 そうじゃあない。と首を横に振る相棒に、のぞみは引きつり笑いのまま、その真意を求める。


「コアが欲しくてここに来たってのはそうだが、そりゃ本当に欲しいもののために、だろ? 言ってみりゃ、遊び道具買う金のための仕事ってとこだろうが?」


 舌を鳴らしつつ人差し指をふりふり。そうして与えられたヒントに、のぞみは改めて考えを巡らせる。


 コアを手に入れてどうするのか。何のために手に入れようとしてるのか。


 それはもちろん自分と仲間たちの居場所、スリリングディザイアのために、だ。


 ダンジョンパークを深く、広くして、積み上げてきた評判を守るために、ここのダンジョンコアを頂戴しに来たのだ。


 のぞみがそこに思い至ると、困難に折れてしまいそうになっていた膝に力が入る。


 癖のついた猫背はそのままながら、膝は伸びて顔が上がる。


「お、いいぞいいぞ。欲しいモンが見えたら頑張れるってモンだよな」


 気力を取り戻したのぞみを見て、ボーゾは満足げにうなづく。


「ヘヒ、ヒヒッヒッ……私は、現金で……単純だし……ヘヒヒッ」


「なら、やることは決まってるよな?」


「う、うん……自力で脱出……! 犬塚さんたちに、合流……へヒヒッ」


「おお、その意気だ! さすがは俺たちのダンジョンマスター!」


「そ、そう! そうだよ、私はダンジョンマスター! できることをやったなら、きっと何とかなる……よね? へヒヒッ!?」


「……そこは断言する所だろうがよ」


「へヒヒ……ご、ごめんね……へヒヒヒ、ヒッ!」


 まんまとその気にさせられた形ではあるが、そこはさすが欲望の魔神とパートナーを称えて、のぞみは奮い立った意欲に素直に従い歩き出す。


「て、手始めに……偵察を……」


 水の流れに逆らう形で進みながら、のぞみはコンソールをタッチしてクノとは別のゲッコーたちを呼び出して斥候に放つ。


 その斥候はもちろん前に限らず後ろにも。どちらに脱出路があるかも分からないし、どこに敵対的なモンスターが潜んでいるかも知れないのだ。


「で、出来れば……水の中にもやりたい……けど」


「小さな手塚忍軍はヤモリで、両生類のイモリじゃないからな」


「ヘヒッ……追加するなら、い、イモリに限ることない……けども、ヘヒヒッ」


 今から水中対応のタイプを作れなくもないが、味方モンスター召喚にも魔力を持っていかれる。限られたリソースを割いて今すぐ呼び出すのは躊躇われる。


「と、とにもかくにも……まずは、こもれる場所を見つけて……それから……全部はそれから……ッ! ヘヒ、ヒヒヒッ」


「おう。いつもどおりな」


「そう、いつものとおり……安全、確実……ッ! 臆病でちょうどいい、のよね……ヘヒッ、一回言って見たかった……ヘヒッ!」


「なんのこっちゃい」


 妙なテンションになってにやけるのぞみに、ボーゾはため息をひとつ。そうして定位置である胸の谷間に埋もれて収まる。


 だがその瞬間、のぞみのすぐそばの水面が音を立てて割れる。


「ヘヒャイッ!?」


 足首にかかるひやりとした感触に、のぞみは悲鳴を上げて下を見、凍りつく。


 色素の抜けた真っ白い手。


 ぬらぬらと濡れた、両棲類じみた感触のそれが、のぞみの足を捕まえていたのだ。


 その腕の根本には、やはり真っ白い肌をした顔がある。


 のぞみを覗き見る顔は口が広く、偏平で、おおよそのところはカエルに似ている。しかし、ならば目のあるはずのところには何もない。


「ヘヒッヒィッ!」


 そんな目玉の無いカエル人間の顔に、のぞみは悲鳴を短くもうひとつ。

 少しでも離れようと壁に背をつける。


「おいのぞみ、落ち着けッ! 落ち着けって!」


 怯え慌てるのぞみをなだめようと、ボーゾが胸から呼びかける。


「ヒィッ!? ヘヒャヒィイッ!?」


 だが言われて落ち着けたのならば苦労はない。


 無理のないこととはいえ、動揺の収まらぬのぞみの様子に、ボーゾは苦々しくうめくや、パートナーを掴む不埒者へ向けて跳び――。


「誰の相方脅してんだコラァッ!?」


 色素の無い脳天へ木刀を突き刺した!


 刺されたの痛みに、白カエルはたまらずのぞみの足を手放して仰け反り喚く。


 そのまま白カエルは激しく音を立てて水中へ逃げていく。


 が、ボーゾはそれに引っ張られる間抜けではない。

 ひらりと宙返りにのぞみの胸元へ舞い戻って見せる。


「な……ナイス、一寸法師!」


「ハハン! ま、腹の中には入らなかったけどな!」


 乱れた息と心を整えながら称えるのぞみに、ボーゾもまた親指を立てて応えて見せる。


 だが危機を脱したと思ったのも束の間のことだった。


 地下道の中にいくつもの水音が重なり響き、ランタンの明かりでさえ貫けてしまいそうなくらいに白い影たちが水面に現れたのだ。


「ヘヒィイッ!?」


 逆襲を受けた仲間の落とし前のつもりか、群れを成して現れた白カエルを見るや否や、のぞみは水を跳ね上げ逃げ出す。


 魔法のマップを片手にバタバタと走るのぞみ。だが、手のひらのマップ周りに展開した映像の中に、見過ごすことの出来ない光景を見つけてしまう。


「い、いぬ、づかさんたち、がッ!?」


 それはクノの目を通して見た忍と悠美の姿。

 彼らが狭い獣道で、背中合わせに挟み撃ちに立ち向かっている様子だった。


「ぼ、ボーゾ! 二人を……た、助けて……!」


「な!? おい待てッ! そしたらお前は……」


 のぞみは救援を送ると決めるや、ボーゾが口を挟む間もなく、クノを目印に転送してしまうのであった。

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